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もう一人の転生者/東出さん視点

私は高校入学前の春休み、手術のために入院をしていました。

お医者さんが言うには、勉強を頑張りすぎて、どうしようもなくストレスが溜まっていて、病気になってしまったようです。

だけど、手術で失ったものは、私にとって一生を左右するものでした。


私は、子供を産めない体になってしまったのです。


当たり前のように結婚して、当たり前のように子供を産んで当たり前のように老いていくはずだったのに。

当時、高校生だった私はこの理不尽な仕打ちを消化する術を知りませんでした。

どうして、頑張った代償がこれなのかと、私は声を殺して毎日泣いていました。


家はいわゆる「お金持ち」で、家のため、父のため、母のため、必死で努力を重ねていました。

口答えせずに、期待どうり、「理想のあかり」になるために生きていく事だけを考えて生きてきました。

ですが、私が子供を産めない体になったと知って、家族達は手のひらを返したかのように、私に無関心になりました。

妹は、私に下働きを押し付け、断れば親が私を叱りつけます。「子供も産めないくせに」、と視線で語りながら。


学校では、何事もないように日々は過ごすことができました。

みんな、私が子供を産めない事を知らないから、私を頼りにしてくれて、私に優しくしてくれます。

だけど、それすら私は疑ってしまいました。

もし、私が子供を産めない事を知ったら、家族のように見放されてしまうのではないか、と。


実際、桃園はそういう場所でした。

家柄が良ければそれだけで人格者とみなされ、そうじゃなければ陰口を叩かれる。

一般的な家庭の出の子が少しでもでしゃばれば、いじめの標的になってしまう。

年頃の私達が通うには、親の事情や嫉妬が絡み合った、余りにもドロドロとした学校でした。

だから、私は世継ぎを産めない体と知れることを恐れて、毎日ビクビクしながらその日の学校が終わる事を祈っていました。



疑心暗鬼に陥った私は、自暴自棄になっていました。

だから、あんなバカな事をしようとしたのでしょう。


隣駅の古びた喫茶店で、私は俯いたまま、目の前の男の質問に微かに頷いていました。

男の名前はさっき知りました。その名前が本名かどうかはわかりません。

ですが、「桃園の子とヤれるなんてラッキー」とか、下品なことばかりを言って、私は嫌悪感を堪えるのに必死でした。

私は、インターネットで知り合ったこの男の人に、体を売ろうとしていました。

お金が欲しかったわけではありません。

私は、ただ居場所が欲しかったのです――


怖くて怖くて仕方なかったけど、踏み込んでしまったのは私だから。

そう思って、震えるのを必死でこらえていました。

ですが――


「やめな」


男が突然立ち上がり、怒ったみたいな声をあげています。

一体何が起こったのでしょうか、と私は顔を上げました。

男の腕は、スカートの長い制服を着た、黒髪を後ろで束ねた女の子に捻り上げられていました。

この異様な出で立ちの女の子――彼女は私のクラスメイトの井生野百合子さんでした。

井生野という学園内でトップクラスの良家に生まれたにも関わらず、誰とも群れずに一人で行動して、変な格好をしている子です。正直、「浮いている」という言葉がぴったりとくるのでしょう――


男の罵詈雑言や攻撃やらを受け流し、百合子さんは自分より大柄な彼を間に締めあげて、背中に馬乗りになり、手に取ったケーキフォークを首筋に当てて言いました。


「とっとと失せな。じゃなかったら、警察に通報しちまうかんな」



その後、男はしっぽを巻いて喫茶店から逃げていきました。


「あの、ありがとうございます。井生野さん」


私はひたすら井生野さんにお礼を言いました。

ですが、この時の私は「井生野さんがこの事をクラスにバラしてしまうんじゃないか」と不安で仕方ありませんでした。


「え、何でアンタ、アタシの名前知ってんの?」


ですが、井生野さんは意外な反応で答えました。

驚きました。もう既に6月ですし。


「だって、クラスメイトですし……」


気まずそうに井生野さんは頭を掻いています。


「ごめんね、アタシ10人以上のクラスとか初めてでさ。……クラス、まださっぱり覚えてないや」


そう言った井生野さんの照れ笑いはなぜかとてもキレイで、私は見惚れてしまいました。

私は――この人の友達になりたい。

そう強く思いました。


こうして、次の日から私は例の喫茶店で井生野さんを待ち伏せては、一緒にケーキを食べたりするようになりました。

そして、気づけば名前で呼び合うような大親友となり、学校でも一緒に行動するようになりました。


いつかの日、百合子さんも私と一緒で、家での居場所がない、と苦笑いしていました。

噂でも聞いています。百合子さんは「野蛮な娘」と言いがかりをつけられて、出戻りのお姉さまに所構わず罵られていると。


学園一のガリ勉の私と、学園一の運動神経を持つ百合子さん。

学園での私達は真逆なのに似たもの同士で、無敵で、怖いものなしでした。

今思えば色々とやんちゃもしたものです。


私の居場所は、百合子さんの隣でした。

あの頃も、そして今も。


百合子さんは卒業の日、彼女の憧れのロマンスグレー・江次さんと婚約を結びました。

実は江次さんは百合子さんのお姉さまの婚約者でしたが、百合子さんのお姉さまは「あんなオヤジと結婚だなんてごめんだわ」と何度もおっしゃっていたそうです。

それを知らなかった私達は、百合子さんがあんなに褒めちぎってた『喫茶店に舞い降りた奇跡のロマンスグレー』なのに勿体無い、笑い合っていまいた。

当然、井生野の家では色々とゴタゴタがありましたが、その時から既に、私は腹を決めていました。


そして、私は遠い親戚の苗字・東出を名乗り、広陵院のお屋敷のメイドとして召し抱えられる事となりました。

百合子さんの嫁入り道具も同然の気持ちでした。

それ位、私は百合子さんに恩を抱いていました。

百合子さんにお願いされて、大学だけは通いましたが、すぐに生まれてきた双子に、私は心を奪われてしまいました。

大親友の百合子さんが子供を2人も授かってくれたなんて、と私は涙を流して祝福したものです。


特に、百合子さんが抱えきれなくなってしまった、エリコ様のことは必死で支えてきました。

思えば、私はエリコ様に並ならぬ執着をしていたと思います。

自分が子供を産めないから、という事もありました。ですが、それだけじゃない。

言葉を覚えたての頃、「はんぶんこ」を口癖にしていた彼女の事を、ずっと昔、どこかで見た事がある気がしていたからです。


そして今日、熱を出してしまったエリコ様の風邪が伝染ってしまった百合子さんを部屋で運ぶ時、百合子さんは言いました。


「ありがとね、あかり」

「はい?」

「エリコのこと。ずっと育ててくれて。アタシがエリコから目を逸らしたのに、あの子が変な風に歪まなかったのは、アンタのおかげだよ」



結局その夜、私も熱を出して寝込んでしまいました。

そして、不思議な夢を見ました。


娘が30を迎える前に死んでしまった、50代くらいの女性の夢でした。

娘の遺したゲームを、夢中になってプレイして、涙を流す女性。

そして、彼女は豚汁を作り、仏壇に七味を一振り入れたお椀をお供えをしていました。



そして週末、『豚汁パーティ』を開催した時、私は何かに駆られたように味付け係を買って出て、エリコ様のお椀だけ、七味を一振り入れてみることにしたのです。

なぜか罪悪感がして、背中には嫌な汗をどっとかいてしまいました。


百合子さんには到底言えず、私はかけだして広陵院の屋敷にある使用人控室のスミで固まっていました。


「何してんのよ、あかり」


百合子さんです。

私はなぜか泣いていました。

言える訳がない、と思い膝を抱え込みます。


「アンタが泣くなんて、初めて見たよ」


そういえば、あの喫茶店でも、私は泣きませんでした。

今思えば涙が枯れてしまったのかもしれません。



「ごめんなさい……百合子さん……私……」


結局、百合子さんには夢で見たことをすべて話してしまいました。

そしたら、百合子さんはドッと笑います。


「もしかしたらアタシ、あかりの分の子供も産んじゃったのかもね」


百合子さんは優しい笑顔で私の手を取ってくれました。


「エリコは、私の子でもあるけど、正真正銘、アンタの子だよ」


また涙が溢れました。

だけど百合子さんはバツの悪そうな顔で続けます。


「でさ――今度から江次さんとデートとか定期的にする事になったし、できれば時々コースケもアンタの子にして欲しいんだけど――」


こういう所は百合子さんらしくて、私はうふふ、と笑ってしまった。

やっぱり、この人には敵わない。


「ええ、子供を持つのならいくらでも」



私は今、身に余る程のと幸せにあふれています。

きっと、私は百合子さんとエリコ様を守るためならどんな事だってしてしまうでしょう。

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