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(21)彼との時間と栗まんじゅうの誓い

私が泣きだしてしまった事に真っ先に気づいたのはコースケでもつぐみでもなく、桐蔭くんだった。

彼は私をじっと見た後


「パリ甲賀流秘術……コート隠れの術」


ブツブツ呟くみたいに言って、羽織っていた薄手のコートを私の頭にすっぽりと掛ける。

唖然とするつぐみとコースケを無視して、彼は視界を遮られた私の手を引き、どこかへずんずんと突き進んで行く。

当然私は何も見えなくて、だけど、桐蔭くんの手はあったかくて、離れるのが怖くて、わけがわからなくて、涙が止まらなかった。


「どうした、エリコ」


手はつないだまま、桐蔭くんにコートを剥がしてもらう。

連れられたのは中庭で、人目のつかないところに連れてきてくれたらしい。

桐蔭くんって、意外と優しいのね。


ううん、最初から分かってたわ。

わがままでストーカーまがいの事までした江梨子のことを、特別な友達だと思ってくれた、とっても優しい子。

そういう子なの、桐蔭くんは。

あの日、桐蔭くんを怒らせてしまったのだって、裏切ったのは私の方だもの。

私が、江梨子じゃなくなったせい。


「ごめんね、桐蔭くん」


そう思うと、また涙が出た。


「桐蔭くんが大切にしてた江梨子を奪っちゃって、ごめんね」


桐蔭くんはぎゅっと、もっと強く私の手を握ってくれた。


「よくわからないが……俺はずっとエリコが大切だ」


そして、彼は私を抱き寄せた。

ドクン、と血の巡りが早くなって、身体が良くわからない熱に支配される。

そして、心に名前の知らない気持ちがあふれだす。


「エリコ、だから、泣かないでくれ。俺はエリコが笑ってくれる方が嬉しい」


桐蔭くんに胸を預け、私はしばらく泣いていた。

お母さん――お母さん。

あの味を思い出さなければよかった。あの味を思い出してよかった。

2つの感情が入り混じって、心が細いハリのように揺れる。

なのに、桐蔭くんのあったかさに包まれて、私は心のどこかで安心を覚えていた。


「姉さん!」

「リコちゃん」


大分落ち着いてきたころ、私達のことを探してくれたのか、コースケとつぐみがこちらに駆け寄ってきてくれた。


「どうしたの、リコちゃん……目が真っ赤だよ」


桐蔭くんから慌てて離れた私は、心配そうな顔をしたつぐみに顔を凝視される。


「まだ風邪なんじゃない? 屋敷に入ろうよ」


本気で心配してくれた3人に、私は堪えきれなくなってまた泣いてしまった。

この事は、誰にも教えられない。


「ううん、大丈夫。桐蔭くんのお陰で落ち着いた」


そう言うと、コースケは眉間にシワを寄せる。

あれ、この子、こんな表情したりするの?


「聖くん、姉さんに変なことしてないよね」


あら嬉しい! もしかしてヤキモチ?

やっぱり可愛いわね、コースケって。


「何もしていない」


きっぱりと否定されるのは、どこか寂しかったけど、しょうがないわよね。

あの時間は特別だったけど――何って訳じゃないもの。

あれ、私どうしてそんなこと思ちゃったのかしら。


「うう、……つーちゃんと俺だってまだなのに」


コースケは何かをブツブツ言っている。


「なあ――エリコ。伝えたいことがある」


桐蔭くんは私の手を取って、じっと目を見つめた。

なぜか、いつも寂しげだったブルーの瞳には熱がこもっていた。

え、やだ。こんな所で?

コースケとつぐみが見てるじゃない!

どうしよう、心の準備が――心臓がバクバクする。止まらない。


「俺も、3人の仲間に入りたい」

「ふえ?」


私は拍子抜けしてポカンと口を開けてしまった。


「西条の屋敷の桃の木の上で、俺は3人が誓いをするところを見てた。正直……羨ましい。俺も今から仲間に入れて貰えないか?」


そっか――あの日の桃の木から感じた視線って桐蔭くんだったのね。


だけど、どうしてあんな事考えちゃったんだろ。

まるで私、桐蔭くんを――いやいや、ないない。

だって桐蔭くんは9歳だし――。

こんなの一時の迷いよ。ないない、かけてもない。絶対ない。


「でも掲げる盃がないし――」


そう言ったコースケに、つぐみはニコっと可愛い笑顔を浮かべてポシェットを探った。


「あるよ、今度は栗まんじゅうだけど」


ヴァイオリンのような艶肌と曲線美に私は目を光らせた。

栗まんじゅう! これも私の大好物よ!

さっすがつぐみ! やっぱりつぐみこそナンバーワンね!


「まさか――手作り?!」

「違うよー。お茶菓子にってお母さんが買ってきてくれたのー。まさかこんなに参加してる人がいるなんて知らなくて」


と苦笑いを浮かべるつぐみはやっぱり世界で一番かわいいのでした。





「我ら4人、生まれた日も身分も違うけどずっと親友です! 正義を貫いてご飯は一日三食残さず食べます! ごはんの時は、みんな笑顔! ご飯中はもう二度と泣きません!」


栗まんじゅうを掲げ、私は言う。


「今はわりと身分も一緒だし後半は一体何?」


と、コースケが苦笑いする。


「もういいのよ。ノリって何回言わせるの! それじゃあ名前よ、名前!」 

「広陵院コースケ」

「広陵院エリコ」

「花巻つぐみ」

「――桐蔭聖」



その後、庭に戻った私達は、冷めてしまった豚汁を飲み干して、またおかわりをしてもう一度飲んだ。

3人の親友と飲む豚汁は本当に、本当に、かけがえのない味だった。

宝物みたいだった。



最初は気づかなかったけど、私の分だけちょっとだけ七味がかかっている。

きっとこれが「前世のお母さんの味」に近かった理由なんじゃないかと思うの。

3人に聞いても、「辛くないよ?」っていう答えが帰ってきて、余計に私は混乱した。


これは前世の私の食べ方と一緒。

どうして、私が七味をかけて食べることを知っているのかしら。

一体誰が、この豚汁に七味をかけたの?


やっぱり――お母様よね。後で聞いてみるわ。




謎は残るけど、春からつぐみは「次期社長の娘にふさわしいように」という理由で桃園学園に転校することになったらしいわ。

これから、一緒につぐみと学校に行けるなんて、楽しみで仕方がないわね。

だけど、今度こそつぐみは嫉妬にさらされると思うから、訓練も怠らない!

いっぱい食べた分は全部筋肉に変えるつもりよ!


そうそう、前々から考えてた座右の銘は『みんな笑顔でごはん』に決定したわ。

年明け早々に書き初めで書いて、今は部屋に飾っている。

そんなにうまい字じゃないけど、「アンタらしいよ」「とってもステキですわ」「バカっぽいね」と、お母様と東出さん、そしてコースケは次々に褒めてくれた。ってあれ、コースケ?!



最近、私は思ってる。

江梨子の人格を私が奪ってしまった事を申し訳ないと思うなら、江梨子が果たせなかった幸せをつかめばいいんじゃないかって。

この人格のどこかに江梨子がいるんなら、喜んでくれるんじゃないかって信じてる。

身勝手かしら?

だけど、これ位しか、私にできる事はないもの。


明日から新学年。私は小学四年生になる。

そして、つぐみが転校してくる。


課題は山積みだけど、心は晴れやかよ。

私は江梨子に生まれ変わったおかげで、親友ができて、家族が仲良しで、とっても幸せだから!



ただ――気がかりな事は残ってるの。


思い出してしまったの――広陵院江梨子がゲーム中、死んでしまうルートが存在することを――。

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