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(19)喫茶店とロマンスグレー

楽しい宴会も、3時間経てば、すぐに地獄へと変わった。

最初につぐみのパパが倒れ、次は「昨日あんまり寝てない」と言ったコースケが寝て、そして今、お父様が倒れた。


「何だよ男性陣。もっと飲めよ飲め飲めーーーーあーはっはっは」


そう言ってお母様が一升瓶をラッパ飲みする。

やっぱりっていうかなんて言うか、お母様、めちゃくちゃ酒癖悪い……。


おじいさんことゲンさんは黙々とお酒を飲み続けてるし、そよちゃんは気づいたらどこかに消えてしまった。

そよちゃんともお話したかったんだけどなー。

東出さんはお酒を飲んでいない。いくらお母様に強要(おすすめ)されても、「メイドですから」の一言で一蹴していた。

東出さんも休まなくていいのかな。昨日のことで疲れてると思うんだけど。


「なんだよー。ったく、付き合いわりーなー。ね、ゲンさん」


ゲンさんは何も言わずに倒れた3人を見てグラスを運ぶ手を止める。


「程々にしときなさい」


そう言われて、お母様は肩をすくめた。


「百合子さん、江梨子様、よければ少し酔い覚ましに出かけませんか?」


そう言われ、やってきたのがここ。

見晴らしの良い場所で、そこからはふもとにある集落が見えた。

私達は岩の上に腰掛ける。お母様は酒瓶を片手に持っていた。

全然酔いを覚ます気配がない!


「エリコ、あんたがここに住みたいって言ってくれて、嬉しかった。でも、アタシ、ちゃんと屋敷に帰るよ」


若干怪しい口調で言って、お母様は私の頭を撫でてくれた。


「今度はアタシのままで勝負する。江次さんもああ言ってることだし、逃げたりするつもりもない」

「跡取りの件ですか」


東出さんに言われて、お母様は頬を緩める。


「そ、やっぱりね。プレッシャーがキツかったし」


だけど、すき焼きを食べてるとき、コースケは習い事はやめないって言ってた。ドサクサに紛れて私も「体操教室に行きたいです!」と言ったらお母様は豪快に笑って「ガールスカウトとかもよくない? アタシが捌き方教えてやるよ」って笑っていた。そこでお父様が言ったのが「いいか、エリコ。百合子はアレだから、東出さんを手本にしなさい」って言っていた。(そしてその後大量の酒を飲まされて倒れてしまった。)

なるほど、初めてのマグカップ会でお父さんが「エリコも東出さんみたいなステキなレディになるんだぞ」って、こういう事だったのね。


だけど、もう手遅れね。私の理想はお母様だわ。


「そういえば、お母様はどうしてお父様と出会ったの?」


お父様はお母様を「最愛の(ひと)と出会った」って言ってたけど、良家の人って政略結婚みたいなのをされるんじゃないの?


「あー、それ聞いちゃう。ちょっと長くなるよ」


お母様は、ヒッヒとちょっと怪しい笑い声を漏らす。


「ショートバージョンでお願いします」


東出さんはすかさず言った。


「まずはアタシがどんな学生だったか、だね。ま、山育ちのアタシはバリバリのお嬢様おぼちゃまに馴染めなくてさ。努力した結果――スケバンになっちまったとさ。アハハ」


そっかー。スケバンかー。よく頑張ったね、お母様! すごいや。

ってええーーーーー?!


スケバンってスカートが長くて鞄に鉄板が入ってて髪の毛とかちりちりにパーマ当ててる人じゃない!

要するに不良ってことよね。

それに不良にしたって、今はギャルとかになるのが普通じゃない。

お母さんの時代ですら、スケバンとか時代錯誤すぎて絶滅しちゃってるはずだし……普段はザマス系のお母様が元スケバン?!


「で、浮きまくったアタシは学校で友達すらできなかったんだけど、色々あってあかりと仲良くなってさ」

「言っておきますけど私はスケバンじゃありませんでしたから」


念を押すように東出さん。


「酒とかタバコとかには手を出さなかったけど、フケて喫茶店(サテン)に行ったりしたなぁ」


それにしたって、喫茶店とかいつの時代のたまり場よ。

お母様はズボンのポケットをまさぐって、1つのブローチを取り出す。


「これはあかりから貰ったものなんだけどさ」


あ、これ見たことある。

お母様がザマス系の格好をしていた時にもひっつめ襟の胸元に付けていたものだ。

カメオっていうのか、女の人の横顔が浮き彫りにされている。

もしかして、これっていい話始まっちゃう?


「うちらの同級生に、カイザー高崎ってのがいたんだけど”卒業前にアイツに彼女ができるかどうか”で賭けをしてさ、ゲットした品がコレなわけ」


あ、これ全然いい話じゃなかった。

お母様! 授業サボった上になんて事してるんですか!

っていうかカイザー高崎ってどんな名前ですか!


「高崎くん、とってもにカッコ良いから絶対彼女できると思ったんですけどねー……」


はあ、と東出さんはため息をついた。

この人もノリノリだったのかしら……。


「そういう事ばっかしてゲラゲラ笑ってばっかいたんだけど、サテンに通ってたのは理由があってさ」


お母様はそう言って頬を染めてほんのりと赤く染まり始めた空を見上げる。


「夕暮れ時のサテンに、常連さんが来てたんだよ。ちょうど、今みたく空が染まってる時間になるとさ、カランコロンってドアにつけたベルが鳴ってさ。ロマンスグレーの紳士が入ってくるんだ。いっつもホットコーヒーを頼んでて、英字新聞を読んでた」


お母様は恥ずかしそうに頭を掻く。


「思えばあれ、ひと目ボレだったんだよね。アタシの好みド真ん中でさ」

「百合子さん、昔からおじさんが大好きなんですよ……先生とかもおじいちゃんが好きで。あはは」


ええーーーー!

お母様ってロマンスグレーの人が好みなのね。

でも、そういう趣味の人ってよくいるわよね。私の友達も、『花カン』をプレイして、「なんでおじさんと恋愛できないの~」って全力でキレてた。あれは一体何と戦ってるんだか分からなかったけど、抗議メールを出しまくる友人の目は本気だったなー。


「正直、鼻血が出る程かっこよかった。あの人の姿を見るためにフケて喫茶店で待ち構えたり、いつもの席を移動して顔のよく見える席陣取ったりしてさ。で、我慢できなくて告白しちゃった。まあ無事振られたよ」

「あの時は涙で目を真っ赤にしちゃって、酷かったですよね」


お母様と東出さんは顔を合わせて笑い合う。


「でもさ、諦めきれなくて何度もトライしたよ。それで、高校を卒業したその日の夕暮れどきに紳士が大きい花束を持って私の座ってる席に来てくれた――」

「それがお父さまね!」


お母様はうっとりとした表情で頷く。


「あの時の江次さん、すっごくステキだった。それにすっごく嬉しかったよ。アタシ、女として見られてないって思ってたし」


そうなんだ。お母様から惚れたのね。そしたら両想いじゃない!

なんだか、この話を聞けてよかった。

心があったかい気持ちになるわ。


「恥ずかしいからコースケには言わないでね」お母さまに念押しされてしまった。



それから、ゲンさんの家で一泊させてもらった後、私達は屋敷に帰った。



そして……車に乗ってる段階から怪しかったけど、私は熱を出して寝込んでしまった。

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