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(2)焼き芋を分けてもらいました

「ふっふーん、もらっちゃったー」


持ち手を英字新聞(どうしてそんな気の効いたものがあるのかしら)でくるんだ焼き芋を掲げてみる。

こんがりと焼けた形のいいさつまいもは、ホカホカと美味しそうな湯気を立てていた。

「自分は栗原です!」と直立敬礼で名乗ったスープのお兄さんに「あのスープ、本当に感動したので、握手してください」ってお願いしたら、どくどくと涙を流しながらこれをくれた。

隙のない私は、「さつまいものお味噌汁が飲みたいです!!」としっかり伝えておいた。今日のご飯に出てくるかもしれないわ。あーーーん、楽しみ~!


これから栗原さん達と仲良くなれるといいんだけどなぁ。



それはいいんだけど、これを全部食べたらお昼ごはんが入らなくなっちゃうわ。

せっかく栗原さん達に「完食宣言」したのに、言った傍からご飯を残してたらガッカリされちゃうじゃない。


うーん、誰かと一緒に食べればいいんだろうけど。

栗原さん達は泣いたり叫んだり「祝杯の準備だ! 今日は記念日だぞ!」って騒いだりでそれどころじゃなさそうだったし。


あ、そうよ。そうだわ! 江介に分けてあげましょう。


お散歩を続けていたらゲームの記憶も色々思い出してきた。

江介はゲームでは学園の高等部の不良生徒として登場する。

主人公とは同い年。


あの子が不良になった原因は、江梨子のせい。

正直、「ああやっぱり」ってカンジよね。


二人が小学生の頃、江梨子にあっつい紅茶の入ったティーポットを投げつけられて、江介は腕に火傷を負ってしまったらしい。そのせいで、江介は家族から傷物扱い。年中長袖を着て他人の視線を怯える毎日を送ることになるの。

家も外でも居場所のなくなった彼は結局、中学から留学。要するに、体裁の良い家出をして――帰ってきたら。見事グレてしまった。ちなみに、不良の彼はとてもイケメンだったの。

前世では、彼のあまりのかっこよさに、何度も何度も布団にくるまって悶えたわ。


それにしても、何て最低なの、その江梨子ってヤツ!!!

あんないたいけな弟にどうしてそんな事ができるのよ! 顔が見てみたいわ!


って、私のことなんだけどさ……。

はぁ、がっくり。


だけど、今の江介に火傷は無い。

これってチャンスじゃない?

だって、決定的な亀裂が走る前に江介との関係を冷静に考えることができたんですもの。


ああ、前世のお母さん。そして栗原さん。私にこのタイミングで前世を思い出させてくれてありがとう!


とにかく、手遅れになる前に姉弟の関係を修復しなくちゃ!

まずは美味しいお芋を一緒に食べて仲直りよ。


私の将来のことなんて、後で考えればいいわ。美味しいごはんを食べてたらそのうち思いつくわよね、きっと!



それにしても、広陵院(ウチ)には笑顔が少ない。

さっきの食事も、誰もが一度足りとも話題を提供しなかったし、誰も笑顔じゃなかった。皆が暗い顔や怒った顔をして、カチャカチャと食器の音だけが聞こえる食事。

ねえ、そんなのつまらなくない?


前世はもっと違ったわ。

家族全員、バカな話をしたりして、楽しく笑ってた。


今日の食事中も、江介はずっと俯いていた。

ご飯もあんなに美味しいのに残してたし。


いえ、江介はいつもそうだったのよ。常に俯いていて、いつも、我慢していた。

きっと、江梨子に怒鳴られたり殴ったり蹴られたりしてたから、怖かったのよね。

だから、感情を押し殺して、主張を控えて、なるべく存在が消えるように暗く俯いていたのよ。


前世の記憶を取り戻すまでの私は、男に生まれたというだけで、ちやほやされていた弟に嫉妬していたわ。そりゃあもうみっともなく。そんなことで、私は世界でたった一人の双子の弟にきつく当たっていたのね……。


なんて酷いことなの!


前世の私が9歳の時なんて毎日のお母さんの作るご飯が楽しみでいつも浮かれてたのに!(死ぬまでそうだった事は今は関係ないわよね!)


周りの大人にとって、幼い子は楽しくて笑ってる事方が絶対に良いはずなのに。

今の江介がちっとも楽しそうじゃないのは、絶対に間違ってる!

それに……原因は絶対に私のせいだ。

とにかく、江介に謝らなくちゃ!


私は急いで自室の向かい合わせの部屋――江介の部屋へと向かった。

あの子が今ここに居るっていうのは、メイドさんから聞いて確認済みだった。

もちろん、丁寧に聞いたわ。もちろん、気味悪がられたわ。

ふん、いいわよ別に。そろそろ慣れてきたわよ!


「江介くん、居る? お姉ちゃんなんだけど」


決意とは裏腹にノックは控えめだった。

改めて前世の記憶を持ってみると身近な人も他人行儀になっちゃうわね、ぐぬぬー。

江介に気味悪がられてそうだわ。


数秒待った。

ドアにぺったり耳を付けて待ったけど、シーンとしていて何も聞こえない。

無視……だと思う。

そりゃそうよね。あんだけ意地悪な姉がイキナリ部屋に来るだなんて、9歳児だっていろいろ悟るわよ。

きっとドアの向こうで震えてるのかもしれないわ。


「江介くん! お姉ちゃん、大事なお話がしたいんだけど」


また無視。

こうなると、本当に今までの事が申し訳なくなってくる。


えーい、こうなったら真っ向勝負で誠意を伝えるわ!

今度はハッキリと音を立てて三回続けてノックをした。


「江介、おねえちゃん、謝りたいの。今まで本当にごめんなさい」


扉の向こうで戸惑ったような様子の、ガサゴソという音がした。

多分、江介がドアの方に向かっているんだと思う。


正直、ホッとした。

このまま無視を決め込まれて夜まで引きこもられる事を覚悟していたから。

そしたらお昼ご飯が一緒に食べられないじゃない!



私は前世の記憶を通してこう思っていた。

確かに浮かんでくるのは食べ物の記憶ばっかりだけど、いつかこの食べ物知識もいつかは底を尽きると思う。

人生のうちに食べられる食事の回数は有限なのよ。

子供の頃に食べられる食事の回数も決まってる。

食事の1回が、とても大切な1回なんだ。

メニューこそ一緒でも、その1回と同じ食事は、二度と来ないんだから。


いつか、江介が大きくなった時、思い出す食事が幸せならばいい。

それってとっても大事なことだと思うの。


だから、私は大事な江介に、一回でも多く、笑ってご飯を食べて欲しい。

次の食卓はどうしても江介に笑って欲しいのよ!


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