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(17)すき焼きを作りましょう!

その後、部位ごとに分けられて袋に入れられたシカさんを運んで、私達はまた歩いた。

たどり着いたのは小さな平屋。


土間を上がると、そこには囲炉裏(いろり)があって、ヒゲのおじいさんと、私と同い年くらいの色白で長い茶髪の女の子が正座してお茶を飲んでいた。わあ、可愛い子。お友達になれるかしら。


「おう、百合子。遅かったな。ああ、あかりさんも来てくれたんだね、どうぞ上がった――ってこの子は――」


アゴに白いヒゲを蓄えたおじいさんが私を見て目をまんまるにしている。


茶髪の女の子は、立ち上がり、駆け足でどこかに行ってしまった。

ああ、逃げられちゃったか、ちょっとさみしいな。


「ゲンさん、エリコがね、来てくれたの」

「――そうかそうか、獲物も捕れたみたいだし、今夜はごちそうだのう」


ふぁっふぁと笑うおじいさんは、シワだらけで少し怖い顔だけど、きっと優しい人なんだってすぐ分かった。


「百合子、いつも助かるよ。畑の被害がひどくて困っとったからな」

「いえいえ。じゃ、すき焼きの準備頼むよ、ゲンさん。あかりも手伝ってあげて」


お母様は、ブーツを手を使わずに脱いで、靴も揃えずに土間を駆け上がっていく。


「あらあら、とんでもないお母様ですね、エリコ様。絶対マネしないでくださいま――――」


東出さんが苦笑いを漏らした時にはもう遅い。

私も手を使わずにスニーカーを脱ぎ捨て、土間から玄関によじ登ってお母様におぶさった。


「ねえお母様、さっきの女の子とあそびたいー」

「ダメ。あの子は人見知りだから。アンタもあかりを手伝いなさい」

「お母様は何するのー?」

「アタシは一眠りすんの。朝から働いたから疲れちゃった」


お母様は私を払いのけ、その場でゴロンと寝っ転がった。

そして数秒後、おうちに豪快ないびきが響く。




「うふふ、百合子さんってお屋敷では絶対防音の部屋で寝てるんですよ」


豪快ないびきを背景に、白菜を切りながら、東出さんはニコニコと笑っていた。

土のついた白菜は、一枚剥がすだけで魔法みたいに綺麗になって、私達がいつも食べてる緑と白の白菜になった。


「へぇ、なるほどー。それなら私達も聞こえないね」

「あのお部屋、施錠もできて、ストレスがどうしようもなくたまった日は銃の手入れなんかもしてたんです。私を呼んで散々、親戚の罵詈雑言を並べながらとか」

「えー! そうだったんだ」


そう言って東出さんは頬をふくらませる。


「だけど、百合子さん。結構頻繁にお茶会だの夜会だの、挙句の果てのはバカンスだの嘘をついてここに来てたんですよ!」

「えーーーっ!」


確かに外出は多いし、「母親って大変だなー」とか「お金持ちって凄いなー」とか思ってたのに、お母様ったら、まさかのここに来てたのね!


「ごめんなさいね、エリコ様。双子の事を置いてきぼりにして、出かけてしまうなんて……。お母様があんなのなせいで!」


東出さんは「あんなの」を強調する。

だけど、私はクスクスと笑ってしまった。

東出さんの言葉そのものはキツかったけど、お母様に悪意があるとは思えない。

確かに常識で考えれば、「子供を放っておいてどこかに行く女の人」って良い事とはいえないけど。

お母様の場合、こういうガス抜きがないと、ダメになってしまったと思うの。

そもそもお母様が留守の場合、東出さんがたくさん面倒を見てくれた思い出がある。


そこで私は江梨子の記憶を思い出した。

……すいません、お母様。怖いお母様より東出さんと遊べる日の方がうれしくって、「今日は夜会ないのね……」なんて思ったりしてました。


「猟師さん達の飲み会ではザルっておだてられたから調子に乗ってガブガブお酒を飲んで酔っ払ったりして! 迎えに来た時には会場にはいなくて、近所の神社の狛犬にお酒を強要してたんですからっ」


酒瓶を振り回して、狛犬さん相手に「オラオラ~もっと飲めよ~」とか言ってるお母様は安易に想像できる。

私は思わずニヤニヤとしてしまった。


お母様って、本当はそんな面白い人だったんだ。

それに、とってもかわいいじゃない。

そんな個性ってとっても貴重で、大事なものなはずなのに。

それを押し殺すなんて、私は絶対嫌よ。


「私、お母様のこと、すっごく好きだよ。もしお母様がお屋敷から出ていく気ななら、私は全力で止めるから」




すき焼きの準備がひと通り終わって囲炉裏の傍に鉄鍋を置いた。

ゲンさんが囲炉裏に火を付けてくれたみたいで、薪からはパチパチと音を立てて火が立っている。


お母様は起きたみたいで、寝ぼけた瞳で私を「じっ」と見ていた。


「どうしたの、お母様」

「あのさ、アンタの作文の話の事なんだけど」


そうだ。お母様は私の作文をきっかけにお家から出てってしまったんだった。

私の背中に緊張が走る。


「すっごく良かったよーーーー! アンタがあんな立派に自立すること考えてるなんて。アタシさ、すっごい感動しちゃった~。つい最近までワガママだったのに、最近色々頑張ってるみたいだしさ」


お母様は私をぎゅーーーって抱きしめて、ワシャワシャと頭を撫でてくれた。

え、意外!

でも……嬉しい!


「むしろ、アタシが頭にきたのはアンタんとこの担任だよね。あの立派な作文を頭ごなしに否定して、『広陵院の子がなぜ家督を継ぐ事を目指さずに公務員。しかも自衛隊に入ろうとしているんですか、どういう教育してるんですか』ってヌかすしさ。ほんっとあったまきた。ぶっ(ぱな)してやろうと思った」


お母様は私から体を離し握りこぶしをわなわな震わせる。

お母様! ブッ放つのは絶対洒落になりません!


「だけどさ、アタシの根がこういうのだから、エリコもコースケも育ててあげられないかも、これから世間と常識が違うのがどんどんバレて、2人がヘンな子になっちゃうかもって思ったら怖くなっちゃって。もうダメって思って、気づいたらここに逃げてた」

「お母様……」


そっか、お母様は「お金持ちの常識」みたいなのが嫌になって、こっちに逃げてしまったんだ。

やっぱり、お母様――屋敷には戻らないつもりなのかな……。


「まあまあ、湿っぽい話は後にして、ごはんにしましょ」


ニコニコと笑う東出さんがお釜からよそったごはんを持ってきてくれた。

つやつやしてて一粒一粒が宝石みたい!


「おいしいしそーーー!」


私はお茶碗に入っているお米をまじまじと見ていた。


すき焼きの準備をしてる間、東出さんがおかまでお米を炊いてたんだった。

私も手伝おうと手を伸ばしても、優しく私の手を取って

「赤子泣いても蓋取るな、ですよ」と笑顔で教えてくれた。


その時――

土間の引き戸が開かれる音がした。


「すまんが、私達も混ぜてくれんかね」


そこに立っていたのは――


なんと、お父様とコースケ、そして、知らない痩せた男の人だった!

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