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(15)お肉になっちゃった!

今回、動物を殺す場面があります。

描写は極力抑えていますが、苦手な方はご注意ください。

結局雨は降り止まず、サービスエリアで一夜を過ごすことになった。

翌朝の明け方にもう一度出発し、東出さんが車を駐めたのは、人気のまったくない細い道路。

そして、その右手に聳えるのは、山。

紅葉も終わりかけの、冬の気配の漂う山だ。


「ひ、東出さん?」

「なんでしょう」

「本当にお母様がここにいるんです?」


東出さんは余裕たっぷりの笑みを浮かべている。


「ここ以外にありえませんわ」


でも、もしここじゃなかったらどうするのよ。

っていうかこんな所でどうやってお母様を探すの?!


「エリコ様、お靴は準備してあります。それに履き替えて行きましょう」


私は言われたとおり、スニーカーに履き替えて車の外に出た。

吐く息は白かった。だけど、冷たい空気を吸うととても気持ちがよくって、寝不足だったのが嘘みたいに頭が冴えた。



山に入ったら、土で踏み固められた林道が続いていた。

そりゃそうよね。舗装された道路が出てきたらびっくりするわ、逆に。


随分歩いたけど、私はひそかに興奮していた。

植物の香りと、朝の爽やかな空気。

木が日差しを遮ってちょっとこわい気もするけど、ドキドキする。なのに安心しちゃう。


なんだか懐かしささえ感じてしまう。

足場が良いわけじゃないけど、こういう土でできた道を歩くと、なぜか落ち着くのよね。

きっと、普段お屋敷の舗装された道を走ってただけに、無意識のうちにこういう道が恋しくなってたんだわ。


東出さんみたいな育ちの良さそうな人なら音を上げそうな気もするけど、平気な顔をしてスイスイと進んでいる。

メイド服と山。とてつもなく不釣り合いね。


「良い場所ですね」


東出さんに言うと、少し驚いた顔をした後に、いつものようにニコニコと笑ってくれた。


「エリコ様はここ、好きですか」


あ、普通のお嬢様育ちや、元々の広陵院江梨子って、こういう自然に囲まれた場所って好きじゃないのかな。

確かに虫とかヘビとかも出るし、きれい好きだったたりしたら、嫌な子もいるかもしれないわね。

でも、私は――


「うん、空気がおいしくて、とっても気持ちいい。私、こういう所、好き」


そう言うと、東出さんは私の手を取ってぎゅっと握ってくれた。


「百合子さんに言ったら絶対に喜びますよ」

「うん!」


私が答えた声に重なって、大きく「ワン」と犬の鳴く声がした。

そして、それと同時に遠くの茂みが揺れて、痩せた中型犬が現れた!


「わー、わんちゃん」


吠え続けるわんちゃんに駆け寄ろうとする私に、東出さんが襟をつまむ。

そして、


「伏せてください」


私は為す術もなく、強引に地面に伏せる事になった。

その後、前面でパン、と運動会のピストルみたいな大きくて短い音がした。

大きな音に驚いたのか、木に留まっていた鳥たちが、バサバサと音を立てて一斉に飛び立っていく。


「え、ええええ」


私は心臓がバクバクしていた。

今のって――もしかしなくても鉄砲よね?


泥だらけになった顔を上げて、恐る恐る辺りを見回す。

すると――


「よーくやった、祐介(ゆうすけ)。いい子いい子」


後ろ姿しか見えないけど、すらっとした女の人が、さっきのわんちゃんを豪快に撫でている。

肩には猟銃。きっとさっき鉄砲撃ったのはこの人だ。

顔はわからないけど、後ろでひとつにまとめた腰まであるウェーブ掛かった茶髪がとってもキレイ。黒のTシャツとズボンの上にオレンジのベストはスラっとした体型にとても似合っている。

なにこの人。とてつもなくカッコ良いんですけど……!


鉄砲が撃てる女性なんて、強くてかっこよくて、最高よ。私の理想の大人じゃない! 振り返ってほしいなぁ、顔が見たいなぁ。


「よくやったじゃありません!」


バサっと立ち上がり、メイド服に付いた土を払いながら、東出さんはその女の人の所にズカズカと歩み寄る。

あれ、どうしてこんなに怒ってるの?

怖い顔してる東出さんなんて、はじめて見たわ。


「私達に当たったらどうするんですか!」

「え、あかり? アンタ、どうしてこんなトコに来たの。そんな怖い顔しちゃってさ」


女の人はワンちゃんから体を離し、立ち上がってこっちへ振り返る。

このつり目の顔に真っ黒な瞳は見覚えが―――っていうか!


お、お母様~~~~~?!


私は目を白黒とさせて鉄砲を持つ女の人を見ていた。

強くてかっこよくて鉄砲が撃てるかっこいい女の人が――あのお母様?!

待って、ほんと待って。現実が追いつかない。


「エリコ様も一緒なんですよ! 巻き込んだらどうするんです! 少しは気をつけてっていつもいつも口が酸っぱくなる程言ってるじゃないですか!」


だーーーってまくし立てる東出さんも、マシンガンみたいだった。


「は? エリコ? ってエリコーーーー!」


お母様は指をさして叫び声をあげた。

ムンクさんみたいな顔をしている。

え、っていうかこの人本当にお母様?

顔だけ似てる双子さんとかじゃないよね?


確かに元気系って聞いてたけど、まさか本当にこんなに元気だったとは――


「ま、まあとりあえずあっち帰りましょ。あかり、あれ背負って」


「あかり」と呼ばた東出さんは、お母様の指した先を見て、にが~い薬を飲んだみたいな顔をした。


「嫌ですよ、あれ、意外と重いですし。っていうか今からアレするんでしょ? 絶対無理」

「ちぇっ、メイドの癖に。肉運ぶ位いいじゃねーか」

「メイドの人権をなんだと思ってるんですか!」


私は気になったので、二人が見ている先に駆け寄ってみる。


「あっ、シカさんだ!」


少し遠くまで走ると、鹿さんが倒れていた。

東出さんは気にしてたけど、私達がいた方角と全然違うし、距離もある。お母様が打った鉄砲に巻き込まれる、みたいなのはなさそうね。


「ああ、エリコ様、怖いでしょ? あんまり見ちゃダメですよ」

「いいんだって。子供っつーのはさ、ちっちゃいウチからこういうの見とかないとダメなんだよ」


そういうお母様の口調はまるで別人(っていうか本当に別人なんじゃ……)のようだった。




こうして、川まで運ばれたシカさんは、お母様がナイフ一本でさばいてあっという間にお肉になってしまった。

その華麗な手さばきと、テキパキとした動作は、魔法を使っているみたいだった。


東出さんは「あんまり見るとトラウマになりませんか?」と心配してくれた。確かに目を背けたくなる程グロテスクな場面もあったけど、私は目を逸らさないように必死で耐えた。そうしているうちに、すっかり鹿とお母様に魅せられてしまった。


そっか、こういう風にしてお肉はできているのね。

私は改めて感心してしまった。

やっぱり、ご飯は残したら絶対にだめね。

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