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(13)乾パンを持ち歩くイケメンは好きですか?

『せいかつそうだんしつ』では、先生が来て「夢のありかた」についてのありがた~いお説教を散々聞かされた。

聞かされたけど頭には入らなくて眠くなってお腹がすいたわ。

私と桐蔭くんがようやく開放されたのは、私のお腹が空いて「ぐううう」という音を鳴らした頃。

その時には降っていた雨も上がっていた。


先生側の配慮で、私達がそれぞれ「どういう夢」を持っているのかは語られなかったけど、桐蔭くんがどんな夢を作文にしたのか、私はとても気になっていた。

っていうか私の作文があまりに模範的だから、「きみも参考にしなさい」って桐蔭くんに教えてあげるために呼び出されたんだって思ってたんだけど。先生に「特にエリコさん」って念押しされたのはどうしてかしら。



『せいかつそうだんしつ』から出ると、桐蔭くんが「これ」ってポケットから何かを手渡してくれた。


「これって乾パン……」


小さなジップ袋には、乾パンが3つ入っていた。

乾パンって、災害とか、緊急時に食べるアレよね。

何でこんなのを桐蔭くんが持ってるのかしら。


「お腹なってたろ、ぐーって。だからやる」


そう言って、桐蔭くんは私から目を逸らした。

うう……。あれ、バッチリ聞かれてたんだ。恥ずかしいなぁ。


だけど、ありがたくいただききまーす!

たま~に食べると乾パンって凄い美味しいのよね~。

それに、こういう「粗食」的なものってお嬢様生活じゃなかなかお目にかかれなかったし。


「桐蔭くん、ありがとう」


乾パンを摘んで、私は改めてお礼を言う。

久しぶりの乾パンだし、ニヤニヤが抑えきれない。きっと気持ち悪い顔になってると思うけど、しょうがないわね。だって乾パンだもの。


「ああ」


案の定、桐蔭くんは居心地が悪そうな顔をしてる。

でも貰っちゃったもんね~。返してって言われても食べちゃうもんっ。


「いただきまーす」


サクっとして意外とボリューム感のある食べごたえ、ほのかなしょっぱさ。

やっぱり、たまに食べれば乾パンってすご~くおいしい!

この水が欲しくなるようなパサパサ感も癖になるのよね。

ザ・小麦系炭水化物って感じがするじゃない。

やだ、後引いちゃいそう。


「うーん、おいし~」


頬張って舌鼓を打つ。

やっぱりこういう高級じゃないおやつは生活の癒やしね。

貧乏舌? そんなの元・庶民なんだから当たり前じゃない。気にしないわ。


「乾パン、好きか」

「うん。大好き! 特にたまに食べると最高よね」

「……そうか」


桐蔭くんがつぶやくように言う。あれ、どうしてそんなに嬉しそうなのかしら。

もしかして、桐蔭くん。乾パンが好き?

なるほど、だから持ち歩いてるのね。


桐蔭くんは鬼ごっことかくれんぼと乾パンが好きなのね。よし、覚えたわ。


「ねえ、そういえば桐蔭くんの夢って何?」

「うっ」


桐蔭くんは分かりやすくうろたえた。

その後、すぐに世界中の悲しみを集めたみたいな、あの寂しい目で廊下を見つめてしまった。

しまった、とてつもなく悲しそう!


「あ、別に! 大丈夫よ?! プライベートな話とかなら無理に聞くつもりはないからっ」


私は慌てて取り繕う。

だけど、桐蔭くんは顔をあげて、私をじいっと見つめていた。


「……エリコになら話してもいい」

「え、聞いていいの?」


桐蔭くんはコクンと頷く。

え~、桐蔭くん、私のこと名前で呼び捨てにしてるんだ。

そっか。広陵院は双子だから皆、私達を下の名前で呼んでるもんね。


「俺の夢は、じいさまの家を継ぐことなんだ」


そう言って、桐蔭くんは真剣な眼差しでポケットから何かを取り出す。


「そうなんだー」


そういえば、ゲームでも桐蔭聖の母方のおじいさんはフランス人なのよね。

父方のおじさんは桐蔭くんが生まれる前から死んじゃったって設定なのよ。


そっか、桐蔭くんはクオーターだから、こういう日本人ばなれした容姿をしてるだわ。


「今から話すことは絶対に秘密だ。誰にも言わないでくれ」

「もしバラしたら?」


だって私、おいしいものと引き換えに「桐蔭くんの事教えて」って聞く女子とかが現れたら絶対バラしちゃう自信があるもの。


「消される」


えええーーー!


「えー、桐蔭くん、私その話聞きたくない……」

「俺のじいさまは一代で日本に渡って一財産を築いた。とても尊敬している」


どうしよう、桐蔭くん、完全に自分語りモードじゃない!


「だが、桐蔭の会長であるじいさまはあくまで仮の姿だ。その正体は――」

「その……正体は?」


淡々と語る桐蔭君を尻目に、私は固唾を呑んで消される覚悟を決めていた。

ごめんね、私、消されちゃうかも。

コースケ、つぐみ。守ってあげられなくてごめんね。

無理にでも中断させる事も考えたけど。

この話の続き、若干気になるのよ~~~。


「忍者だ」

「え」

「忍者だ」


ねえ、何で2回言ったの、桐蔭くん。


「俺のじいさまは江戸時代から続くパリ甲賀流の忍者の血を引いているらしい」


桐蔭くん! 多分それ、年寄りのホラ話よ。

パリで甲賀流なんて聞いたことないもの!

しかも、血を引いてるらしいって……江戸時代って鎖国だったじゃない!

フランスに渡った日本人なんて聞いたことないわよ~~~!


「つ、つまり桐蔭くんの夢って――」

「忍者だ」


ですよねーーーっ。

桐蔭くんは「きっぱり」っていう表現がとっても似合う凛々しい表情で言い切ってくれた。

背筋をピンと伸ばしてハキハキと語る桐蔭くんはとてつもなくカッコ良い。

もちろん、内容さえ聞かなければ。


「俺はじいさまを継いでパリ甲賀流の跡継ぎになる」


こういう話も無駄にイケメンだからなんとも言えない気持ちになるわよね。

鼻水たらした貧乏くさい子とかが言ったら笑い飛ばしておしまい!ってできるんだけど、相手は正真正銘のおぼっちゃまだし……。


「だけど、それを話すと父さまも母さまも悲しい顔をするんだ」


ここで桐蔭くんはあの悲しい目になった。

もしかして――桐蔭くんがいつも悲しそうなのって、「忍者になる」って夢を認めてもらえないせいなのかしら。

更にもしかして――ゲームの桐蔭聖がいつも憂いを帯びてて、退屈そうに日々を過ごしてるのって――幼少期に忍者になる夢を完全否定されたせい?!


私の頭の中で、前世の超スーパーお金持ち完璧イケメン超人・桐蔭聖像がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。


桐蔭くんって……

桐蔭くんって……

アホだったのね!!


間違いないわ。桐蔭くん、こんなにお金持ちでイケメンじゃなかったらどっちかっていうとモテないタイプよ!

この子ね、多分あのタイプ。学校の休み時間にひとりでひっそりとカーテンにくるまってる変な子よ!


「っていうか実際に隠れて私を監視してたのって……忍者の修行のつもりだったの?!」

「ああ、そうだ。エリコから逃げるのは良い修行相手だと思ってる」


この子……忍者バカなのね。


桐蔭くん、ガッカリイケメンだわ!



でも、きっと忍者だから乾パンみたいな非常食を持ち歩いてるのよね。多分。なんで乾パンかはよくわかならないけど。

もしかして、お願いしたらまた乾パンを分けてくれるじゃないしら。

だったら、桐蔭くんの夢、応援したいな~。


そうね、ものは考えようよ。

桐蔭の家の財産さえあれば、どんな夢だって叶え放題だし、外国人向けの忍者ビジネスってなんだかうまく行きそうな気がするわ。

そうよ、それよ!


外国人向けに忍者教室とか大規模に始めたらきっと大成功間違いなしよ!



そうだ、ひらめいた!


私は桐蔭くんの両手をがっちりと取る。


「桐蔭くん。大丈夫よ。”忍者でお金儲けします”って言ったら皆認めてくれるわ!」

「……!」



悲しみに染まっていた桐蔭くんの瞳がだんだんと輝きを増していく。


「エリコは俺の夢、応援してくれるのか?」

「もちろんよ! 一緒に夢に向かってがんばりましょ!」


桐蔭くんはそっと私の手を握り返す。


「エリコ。俺がんばる。皆ががっかりしないんなら、お金儲けと忍者、がんばってみる」

「うん! 応援してるわ、桐蔭くん」



その後、私は桐蔭くん相手に私の夢を思う存分語った。

桐蔭くんには「なんだそれ」って笑われたわ。

いいのよ、桐蔭くんは変な子でお子様だから、まだわかんないのよ。

それに、私の話で笑ってるあの子、すっごく楽しそうだったし。


笑ってる桐蔭くんは、あの悲しげな顔よりも、ずっとずっとキレイだもの。



数日後、新たな夢を胸に作文を再提出した桐蔭くんですが……


結局『せいかつそうだんしつ』に呼ばれてしまったのでした。めでたしめでたし。



え、私は『せいかつそうだんしつ』に呼ばれなかったわよ?

そのかわり、お母様が学校に呼ばれたから。



お母様と先生が何の話をしてるんだか、私にはわからなかった。

けど、先生からの電話を受けた後、家に居るときからお母様はずっと怖い顔をしてた。

帰りのリムジンは一緒だったのに、その間、私と一度も目を合わせてくれなかった。


バカな私でもわかる。お母様、すごく怒ってる。


「お母様、私の夢。反対してるの?」


お母様は何も答えてくれなかった。


「……東出さんは大賛成してくれたのに」


その時、確かにお母様は一度だけこっちを見た。

そして、ギリ、と奥歯を噛み締め、何かをこらえているみたいだった。



その夜、お母様は夕飯に現れず、屋敷から姿を消してしまった。


降りしきる嵐の中、一体どこに行ったのか。

連絡もつかなくなって、お父様やコースケは狼狽えていたけど、私はある確信を持って”あの人”の所へ向かった。

絶対に、“あの人”ならばお母様の居場所を知っている。



名前を呼ぶと、彼女は振り返り、いつものように柔和な笑顔を見せる。


「安心してくださいませ、エリコ様。奥様はそのうち――」


稲光の後、雷鳴が轟いた。停電が起き、屋敷から光が消える。

彼女の顔も見えなくなる。

多分、彼女は今、笑っていない。


「お願いです。お母様がどこに行ったか、私に教えてください――東出さん」

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