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(11)宿題奴隷と角砂糖

あれから数日。

宿題奴隷と化した私の地獄の昼休みはなかなかは順調よ。



最初は自分の席でやっていた宿題も、コースケに誘われて中庭のガーデンテーブルで2人でやる事になったの。

コースケ曰く、「姉さんのクラスを覗いたら、一点だけ邪悪なオーラを感じた」とか「クラスの皆が怯えていた」とか散々な事を言われたりもしたわ。



そうそう、毎回、東出さんが中身を変えて持ってきてくれる『マグカップ会』で、どうしても消化できない宿題と戦っていたんだけど、思わぬ援軍が現れたの。


それはなんと、つぐみ! つぐみが勉強を教えてくれたのよ!


実はコースケだけじゃなくて、つぐみも勉強が得意みたい。 

通ってる小学校でも「先生によく頑張ってるね、って褒めて貰うとうれしいから」って、照れくさそうに俯きながら微笑んでいたわ。

そう言って顔を赤くするつぐみは、控えめに言うと宇宙で一番かわいかったわね。

だけど、つぐみの言葉を聞いて「先生に褒められるなんてうらやましいよ~」って思ってしまった自分がちょっと情けなくなったわ。

仮にも20数年+9年の人生を生きてるっていうのに、中身はまるで小学生のままみたい、私って……。


勉強を教えてくれるつぐみは、時々いつものふにゃっとした笑顔をやめて、うーん、と真剣に悩みながら教科書の行をなぞったりしている。正直、この顔もめちゃめちゃかわいい。

私ったらきっと、世界で一番の幸せ者なんだわ。


まあ、思わぬラッキーというかなんというか。この時ばかりは宿題をたくさんくれた先生に感謝のし通しだったわ。

正直、こんな感じで「皆でやるお勉強なら悪くないかな」、って思ったりしてるの。


私がつぐみに勉強を教えて貰っている時、コースケはなんだか複雑そうな顔でこっちを見るけど、もしかして、大好きなお姉ちゃんを独り占めするつぐみにヤキモチかしら? 


それとも逆に可愛いつぐみを取られちゃって私にヤキモチ? 


どっちにしたっていいじゃない。


コースケって素晴らしくかわいい所があるわよね、ホント。自慢の弟よ。



初日はさっぱりだった授業にも少しずつ付いていけるようになってきたし、これもコースケとつぐみに感謝。

今では、教科書に偉い人の写真が出てきたらすかさず落書きをする位余裕もあるのよ!

最近では、先生に問題を当てられても5割位の正答率をたたき出してて、ドヤ顔を抑えられないわ。


夕方のランニングも毎日続けてる。三日坊主だけが心配だったけど、今回の決意は、私にとっては今までのそれとは余りにも意味が違うものだったみたい。


お父様のあの事もあったし、できるだけ早く、強くなりたい。

つぐみとコースケを「守りたい」っていう意志は日に日に深まっているわ。




さて、そんなある日の昼休み。

その日も例のごとく、コースケと2人きりでの勉強会をしていた。


「疲れたーもうだめー」


正確には、私が音を上げているのを、コースケが苦笑いして見ていた。


「言うと思った。姉さん、これあげる」


そう言って、コースケが取り出したのは、オーロラ色のフィルムに包まれた角砂糖。


「なーに、これ」

「あたまが疲れた時は甘いものがいいんだよ。それにお菓子だと先生に没収されちゃうから」


そう言ってコースケは肩をすくめる。

気が利いてるわね、流石自慢の弟!


私は嬉しくなってリボンをほどいてフィルムをはがし、角砂糖を口に運んだ。


うーん、サッと溶けてく砂糖が甘くておいしい~!

あっという間だったけど、打ち上げ花火みたいに、一瞬なのも風情があるわね。

シンプルな甘味が五臓六腑に染みわたって血液が奮い立ってきたわ。


「コースケ、ありがとう。よーし、続き頑張るわ!」

「おい」

「へ?」


そう言って腕まくりしたところで、いきなり腕組をした男の子が私達の前に立ちはだかった。


「どうして俺を無視する」


男の子は、むすっと口をへの字にして呆然とした瞳で私を睨んでいる。

とてつもなく美しい子だった。

余りのキレイさに、一瞬思考が停止したもの。


日本人ばなれした白く透きとおった肌に、夜の海みたいなブルーの目。日の光に透けてキラキラしている髪。


だけど、それは世界中の悲しみを集めたみたいな、とってもさみしい美しさだとも思った。

似ているとしたら、私が前世の記憶を思い出す前のコースケの、俯いていた顔だと思う。


「あ、(ひじり)くん。ごめんね。姉さんは色々忙しくて……」


そう言ったのはコースケ。


その間、私はない頭で記憶を巡らせていた。

クラスの子かしら。記憶が曖昧で、顔と名前が一致しないし、一体誰だったかしら。


こんなにカッコイイ子なら絶対覚えてる気もするんだけど、ここ数日を思い返しても算数の事と給食の献立の事しか思い出せない。ああ、うっとりするほど美味しかったわあ、自家燻製したノルウェーサーモンとオマール海老のムースのキャベツ包み蒸し。


あ、もちろん給食の献立はきっちり暗記してるわ。


それに聖くんって名前もどこかで見覚えが――あ!


桐蔭(とういん)(ひじり)くん!」


私は思い切り桐蔭くんを指さして大声をあげてしまった。


どうして気付かなかったの、なんて野暮な事は言わないわ。

授業、宿題、先生の出した「特別な」課題。唯一の娯楽は給食だけ。っていうか脳みその記憶領域は給食の献立暗記に全振りしてたし。


ここのところ、学校にいる間は常に頭の中でプスプスと音を立てながらテキストか教科書にかじりつくのが当たり前だったし、給食の時間はそんな鬱憤を晴らすかのように夢中でごはんを貪ったわ。


奴隷がご飯を食べるってきっとこういう状態ね、と思った位必死だったわ。

白状しちゃえば、最低でも一品はおかわりもしたのよね……。だっておいしいんだもん!


そんな恥もかいている暇すらないギリギリの状態で、クラスメートの顔を覚えたり確認する余裕なんてあるわけないじゃない! 



話はそれたけど、桐蔭聖は乙女ゲーの攻略キャラクターなの。


それも、江介含める全キャラクターを攻略した後じゃないとトゥルーエンドを迎えられない、プレイヤーの最終目標とする男の子。『花カン』の看板キャラクターよ。

もちろんお金持ちで、広陵院と肩を並べる程の名家なのよね。

当然、人気も一番で、私も江介の次に好きなキャラクターだったわ。



そういえば、「エリコ様、いつもの殿方はいいんですか?」って前に東出さんが言ってた気がする。


きっと記憶を思い出す前の江梨子は桐蔭聖が好きだったのね。

結構失礼なことをしてた記憶がぼんやりと浮かんでくるもの。


「今まで迷惑かけてごめんね。桐蔭くん」


桐蔭くんはむっつり顔のまま、私をじっと見ている。

ど、どうしよ~~~そんなキレイな顔で見られたら緊張しちゃうよ~~~。


「俺に言いたいことはそれだけか」


こ、怖い! 綺麗なだけあって迫力もすごい。

わずか9歳の子供に本気でビビってしまった私はコクコクと頷く。


「ずっとお前を見張ってたのに!」


そう言い残して、桐蔭くんは怒りながらどこかに行ってしまった。

「見てた」じゃなくて「見張ってた」?

どういうことだか意味がわからなくて首を捻る。


「うーん。桐蔭くん、どうして怒ってるのかしら」


コースケに聞いてみた。


「え、姉さん、聖くんの事追いかけなくていいの?」

「えー。お勉強の続きしましょうよ。今はそれ以外は考えられないのよ……早くこれを片付けて奴隷生活から開放されたいの」


コースケは、なぜか気の毒そうな目で桐蔭くんの去って行った方を見ている。


「それはひどいんじゃない?」

「え、どうして?」

「だって姉さん、いっつも桐蔭くんにくっついて歩いてたのに」


ええー! 

そんなのストーカーじゃない。

確かに失礼なことしてた記憶は残ってたけど、まさかそこまでだなんて。

そういえば、ゲームの江梨子って桐蔭聖に対する執着が半端じゃなかったものね。まさかこんな子供の頃から追いかけてたなんて……。

クソガキな上にマセガキだったのね、広陵院江梨子。


これからどうやって桐蔭くんに今までの罪を償えばいいのかしら。


はあ、なんだか先が思いやられるわ~。

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