(103)今度はパラレルワールド!? 聞いてないわよ!
「~~~~~~!」
飛び起きた。
ふかふかの感触。柔らかな布。清潔な香り。
へえー、ドラゴンの胃の中って思ってたのと違うんだな~。
豪華なシャンデリアも有るし、上を見上げれば天蓋、調度品もキラキラしててゴージャス。
まるで高級ホテル――いえ、THE・お金持ちの我が家ね!
「って本当にウチじゃない!」
そう、見覚えのある間取り、日当たり。
間違いなくここは我が家だった。
なんだ、帰ってこれたのね。
でも、皆はちゃんと帰れたのかしら。
ドラゴンの口の中から帰れるなんて、誰が想像できるのよ。
しばらく留守にしていたせいか、部屋の内装が変わっている。
あれ、珍しいわね。
いつもなら、少しは私に相談してくれるモノなんだけど。
なんていうか――家の中にお金持ちの趣味っぽい高級品が増えたような。
作業机にあるミシンと布は片付けられてしまってる。
作りたいお洋服があったから、また引っぱり出さないといけないわね。
「アンタ…………」
部屋を見回してると、扉の前に誰か居る事に気づいた。
いつも私を起こしに来てくれる東出さんかしら。
数週間帰れなかったから心配したわよね。
そう思って、視線を移すと、そこに立っていたのは――
黒髪のストレートヘアー、スレンダーな体つき、貧相な胸、お人形のようにかわいい女の子が、目を丸くして唖然としていた。
この女の子の名前は知っている。
広陵院江梨子――そう、私。
「誰よアンタ! 出て行って、私の部屋に何か用?! 今すぐ出て行きなさいよ! 人を呼ぶわよ!」
広陵院江梨子は、眉を吊り上げて自分の周りに落ちていた置物を手当たり次第投げつける。
うわ、なにそれ! 当たったらシャレにならないじゃない!
腕でガードしようと思ったけど、それは虚しく私の体をすり抜けてガシャンと砕けてしまった。
「な、なんなのよアンタ……気味が悪い……なんで私の顔をして半透明なのよ!」
半透明?
そう思って、自分の手を見てみる。
なるほど半透明。確かに私は半透明だった。
まるで幽霊じゃない。
じゃあ――私、ドラゴンに飲まれて死んじゃったの?
不安にかられて頬を抓る。普通に痛かった。
なにこれ、半透明なのに痛いの?
こういうのって夢や幽霊なら痛くないはずじゃない。
じゃあ、なんでこんな所に来ちゃったの?
どうすれば帰れるの?
桐蔭くん、玉ちゃん、つぐみ、コースケ、倉敷くん、そよちゃん……もう皆と会えないの?
なんか、もう一人居た気がするけど名前が出てこない…………村人Aとももう会えなっちゃうの?
不安で不安で胸の中をぎゅっと押しつぶされたような心地がする。
「な、何やってるのよアンタ……」
江梨子は、不気味なものでも見るかのように歯をカチカチと合わせて自分を抱きしめている。
もしかして――この子って、昔の玉ちゃんなの!?
玉ちゃんが生まれ変わる前の、乙女ゲーの本編中の江梨子なのかしら――
江梨子はその場に崩れ落ちて顔に手を当ててわんわんと泣き始めた。
「どうして私が」なんて嘆きながら、さめざめと語る。
「もう私、学校に行けないのよ。……バチが当たったの。私は要らなくなったの。いいえ、最初から要らなかった!」
そう語る江梨子のセリフから、なんとなく何があったか察してしまった。
江梨子は、断罪されたんだと思う。
『花カン』の終盤には、断罪イベントがある。
江梨子は好き勝手つぐみをいじめていたけど、生徒会の桐蔭聖(忍者とはまるで別人)と、不良の頭をしている江介くん(愚弟とはまるで別人)が悪事の証拠を掴んで、大勢の生徒の注目を浴びる中で悪事を暴かれて断罪されちゃうのよね。
その後、江梨子は学校に行けなくなってしまうんだけど――。
乙女ゲームのお話の中では描かれなかったけど、そりゃあ凄く苦しいわよね。
今まで考えてもみなかった。
家族も、友達も、恋だってうまくいかない。将来の事は不安だらけ。
江梨子は何もかもが上手くいかないままここまで来ちゃったんだわ。
「私は貴方が必要だわ。だから、元気出して」
私は江梨子に近づいてそっと頭に手をのばす。
跳ね除けられた。普通に痛い。
江梨子は鋭い視線で私を睨みつけた。
「アンタなんかに同情されても嬉しくない!」
半透明だけど、食らうダメージは食らうのね。学んだわ。
結局、子供のように声が枯れるまで泣きわめいた江梨子を体育座りで見守りながら、時間が過ぎるのを待っていた。
ノックの後に、メイドさんが深々とお辞儀をする。
知らない人だった。東出さんじゃないのね。
「江梨子様、お客様です。学校のお友達のようです」
「……帰って貰って」
疲れ果てた様子で、江梨子は言う。
その腕を掴み、私は言った。
お客様――きっと桐蔭くんよ! だって、桐蔭くんってなんだかんだ言って私の事をずっと心配してくれるし。
本当はとっても優しいんだから!
「やっぱり行きます!」
声、届かないかもしれないけど!
江梨子は私を無言で睨みつける。
「わかりました。お着替えをお持ち致します」
私の声が届いたのか、メイドさんは一歩下がって深々とお辞儀をした。
「な、私は何も――!」
「ねえ江梨子、桐蔭くんかもしれないよ。だからさ、期待して待とうよ」
江梨子は何も答えない。ただ、悔しそうに唇を噛んでいた。
まるで四葉のクローバーを探しに出かけて一本も見つけられなかった少女のような。
そんな、幼さを滲ませた顔に胸の中がえぐられる。
「……ねえ、アンタ。私ならわかるでしょう」
その時、悟ってしまった。
多分、桐蔭くんは来てくれない。
きっと、江梨子は桐蔭くんに見限られてしまった。
そうじゃなければ、彼女はこんな顔を見せない。
私は、今のところ何不自由なく生きてるけど――。
玉ちゃんは、全てを諦めたような絶望を味わってるなんて――私、全然理解してなかった。
まだ、高校生なのに。こんな顔をさせてしまうなんて。
何もかもが手に入れないと諦めるのは、もっと後でいいはずなのに。
全部が手に入ってしまった彼女は、それをちょっとずつ知ることもできなかった彼女は、こうして立ち直れない程に落ち込んでしまって――。
確かにいじめっこだし、わがままで救いようが無かった女の子かもしれないけど。
それだって、彼女にはそんな試練は早すだよ。
「……ごめん」
短く謝って、無理やり笑顔を作る。
「とにかく、行ってみよう」
結果として、それは失敗だったと思う。
男女5人が集まって、江梨子を責めた。
乙女ゲームの中のつぐみは学園中でいじめられてたわ。
まるで学園の生徒全てが敵だった。
多分この子達はつぐみのいじめに加担してた子達のはずなのに、知らんぷりをして。
「全部広陵院さんに言われたことだったし……」
「広陵院さんに脅されたから」
「広陵院さんのせいでどれだけ花巻さんが苦しんだと思ってるの?」
なんて、皆が口々に言う。江梨子のせいにしようとしている。
私は、どうやらその5人には見えないみたいで、ずっと江梨子の肩を抱いていた。
大丈夫、一人じゃないよ。
今から私がズルい子達をやっつけてやる。
そう決意して拳を握りしめたその時――
メイドさんに案内されてやって来た、見覚えのある男子生徒。
「ちょりーっ。ごっめーん、遅れちゃった」
倉敷くんだった。
ふんわりとしたウェーブを描く髪を揺らして彼は手を振る。
「なになに、皆辛気臭い顔して~。あ、江梨子ちゃん大丈夫だった? こいつらにいじめられてない?」
なんて冗談っぽく言いながら、ソファの一つに腰掛ける。
5人の生徒の注目を一手に集めて、彼はにまっと笑った。
実に、いつもの倉敷くんだった。
さっきまで江梨子を責めていた子たちは居心地が悪そうにそわそわし始めている。
だけど、江梨子は唇を噛んで俯いていた。
いつもの玉ちゃんなら蹴りの一つでも入れてそうだけど――
(ねえ、いつもみたいに倉敷君を引っ叩いたりしないの?)
(は? する訳無いでしょ?! アンタ何言ってるの)
小声でひそひそと会話をする。なにやら、江梨子時代の玉ちゃんは倉敷くんに暴力はしなかったみたい。
「……帰って頂戴」
江梨子は震える声で言う。
「倉敷くん、貴方は私のこんな姿を見て笑いに来たんでしょ?」
「随分な言い方だなぁ。江梨子ちゃんはどんな時だって可愛いと思うんだけど」
「……」
江梨子は更に唇を噛んだ。
「ちょっと二人きりにさしてくんない?」
倉敷くんはにっと微笑み、言った。
え、私も立ち去るべき?!
と思った所で、江梨子の手が私の腕へと伸びる。
その手は、かわいそうになる位震えていた。




