(102)エリコ様ご一行、竜と戦う
「い、行き止まりか?」
今治くんがビクビクと体を震わせながら言う。
モンスターを倒しつつ洞窟を進んでいくと、大きな影がそびえていた。
「いや――」
桐蔭くんと倉敷くんはそれぞれ武器を構える。
キクチさんは今治くんを守るかのように立ちふさがり、私も一歩退いて武器を握り直した。
手にかいた汗のせいで、二刀流の巨大ナイフとフォークを持つ手が滑る。
この武器は余りにすべるせいで、柄の部分に布を巻いたのよね。
たった一週間ちょっとの旅だったけど、旅の始めに巻いた時新品だった布は、今はもうボロボロ。
ついに――帰れるのね。
帰りたくない? そんな訳ないじゃないの。
帰りたいに決まってるわ。
立ちはだかる影、対する私達へと吹き込む生暖かな風が不気味さを誘う。
その時、影が動いた。巨大な影。
ギラギラと怪しく輝く真っ赤な瞳が私達を穿つ。
背筋に緊張が走り、恐怖を噛み殺して私は足に力を入れた。
美しい白銀の鱗に覆われ大きく優雅で美しいその姿を見せる。
私達の住む世界には存在しない、伝説の生き物!
「竜だ!」
震えた声で今治くんが叫んだ瞬間。
倉敷くんの足元に魔法陣が展開してエメラルド色に輝く。
「てえええい!」
彼は、足元から煙を放ちつつ人とは思えない跳躍力を発揮して天井まで高く飛び上がった。
栗色のふんわりとした髪の毛が風の流れに沿って揺れる。
これは風の魔法で、倉敷くんが一番得意としている属性よ。
ええ、自分でも何を言ってるかわからないわ。
異世界に来てから、倉敷くんはもはや無双状態だった。
イケメンな風貌も相まって、まさしく「勇者」その物だわ。
こうして戦ってる姿を見ると、やっぱり綺麗な顔をしているわよね。
中身がチャラくて残念じゃなければ、高嶺の花だったんだろうけど――。
いえ、きっとこのキャラクターが彼が人気を集めてる要因の一つなんだわ。
コースケが手に入らない高嶺の花なら、倉敷くんはご近所の可愛い男の子。
まさか異世界に来て気付かされるなんて思ってもみなかった。
「ハッ」
続いて、桐蔭くんは竜の攻撃を持ち前の身軽さで避けながら、手裏剣を投げつけてる。
この手裏剣には毒が塗られていて、並のモンスターならば一撃で倒す事ができるわ。
慣れてるニンジャスタイルだけど……こうして見ると……やっぱり桐蔭くんって――。
ううん、今は戦闘に集中しなきゃ!
ちなみにこの毒は私の「食材召喚能力」で呼び出した物だったりするんだけど……。
指から毒が出るって、フツーに恐怖よ?
「喰らえ!」
キクチさんはロケットパンチ!
っていうか、そよちゃんはこの世界に来て本体が消えてゴツいボディだけで生活してるんだけど……。
よく音を上げないわよね、この子。ある意味一番凄いわ、この子の存在が。
今治くんは岩陰に隠れてぼーっとその姿を見ている。
彼は一般人だからしょうがないわね。
危ないもの。懸命な判断だと思うわ。
と、考えていたその時、竜が動いた。
長い尻尾が私の足を捕らえて転ばせる。
そして、大きな前足で私の体を掴んで持ち上げた。
体が浮き、視線の高度がどんどん上がっていく。
「エリコ!」
桐蔭くんが目をまんまるにして私を見た。
「くっそ!」
倉敷くんが剣を構え直すが、桐蔭くんがそれを阻止する。
「お前の攻撃ではエリコを巻き込む。ここは俺が!」
そう言って桐蔭くんは目にも留まらぬスピードでクナイを投げる。
だが、毒が塗ってあったところで竜はびくともせず――。
私の視界に大きく陰が落ちた。
どろりとした液体が私を濡らす。
上を見上げると、薄暗い闇の中で粘膜が不気味に光っていた。
この子、私を――口に運ぼうとしている?!
「きゃあ~~~~~~私を食べても美味しくないわよ~~~」
私はじたばたしてみるけど、悲しいくらい効果は無かった。
そして、桐蔭くんの奮闘も虚しく、私はあっさりと竜の手から開放されて、深い深い闇―竜の胃袋ツアー―へと落ちて行ったのです――




