(101)私は異世界で醤油チートで無双……できないわよ!
「ああ、醤油って言って俺たちの故郷の調味料なんです」
さすが、コミュ力の高い倉敷くんはこういう時に絶対動じない。難なくスラスラと答えちゃう辺りが尊敬だわ。
ホントにさすが倉敷くん!
「俺らは肉や魚、野菜、何でも合わせて食べちゃいますね。味見してみます?」
「いいのですか?」
冒険者さんは遠慮がちに言うと、おっかなびっくり、差し出された醤油の小皿に指をつけて、ぺろりと舐めた。
「ん、んまいですなあ! 何だか優しく懐かしい味がしますぞ」
冒険者さんは、感動に打ち震えてる。
ふふん、私達の世界の事を褒められてる気がして、なんだか得意な気分ね。
「そこのグルメハンターのお嬢さんが呼び出す調味料ですから、絶対に旨い事は分かっておりましたが、よもやそこまでとは」
「呼び出す?」
そこは私が聞いてしまった。
「おお、お嬢さん! ご自分でご自分の能力をご存知無いとな!」
冒険者さんは体をのけぞらせる。
なんだかリアクション過多で……失礼な感想になっちゃうけど鬱陶しいわね……この人。
「まずいよ広陵院さん。こういう時は自分の事情は隠すモノなんだよ。ソースはWEB小説だけど」
心もとないソースで私の不安を容赦なく煽る倉敷くん。そんな不明瞭なソースなら教えてくれなくっていいわよ~!
「む、倉敷。今はソースじゃなくて醤油の話だ」
「桐蔭くんはそういう事言わなくていいから!」
「お前、顔はいいけどホント残念なヤツだな」
キクチさんが表情の変わらないキグルミで心の底から不憫そうに噛み締めた。
それはちょっと……その……ホント残念なヤツに何年も片思いしてる私も傷つくっていうか……。
何よ、アンタだってその辺のモブと大差ない一般人とラブラブしてる癖にキイイィ!
「ソースと呼ばれる調味料もあるのですか! 良ければそちらも召喚してくれませんか?」
「ええっ」
倉敷くんのソースが不明瞭な発言のせいでソースを出せとか言われちゃったわ!
「ええ……ソースなんて出し方分からないわよ……冒険者さんはグルメハンターならできて当たり前的な雰囲気醸し出しちゃってるけど知らないわよそんなの!」
「ほら~広陵院さん、能力隠さないからこういう事になっちゃうんだよ~厄介事増えちゃったじゃーん」
普段なら何とも思わないけど、異世界だと倉敷くんの無責任な言い方は少しムカつくわ。
これが玉ちゃんなら軽く数回手が出てそうね。
乙女ゲーでも奔放な言動が目立ったけど、実際にこうテキトーな事ばっかり言う友人が居るっていうのも考えモノね。
「そこは醤油でごまかせば良いんじゃないか?」
キクチさんが言うけど、それじゃ弱いような……
「うーん、じゃあ広陵院さん記憶ないフリしよう!」
と、言ったのはミスター無責任・倉敷くん。
「ええっ?!」
「こういう時は演技力をつかってごまかすに限るよ。ソースはWEB小説だけど」
「心許ない!」
私達がヒソヒソと会議をしていると、やはり気になったのか
「いやはや、本当にご自分の能力をご存じないのですか?!」
冒険者さんがまた大げさにのけぞってる。
この人、変に小物臭が漂ってるせいで、このポーズが異様に似合う。
っていうかタダで調味料をねだるなんてちょっと図々しくない?!
だんだん腹が立ってきたんだけど。
「え?! あ、いや……実は私、記憶無くしちゃって~醤油以外出し方わからなくって」
ええい、笑ってごまかすわ! しょうがないわよ。笑うしかないじゃない!
「ホント、この人記憶無いんですよ~あっはっは」
「ええー、あんた、記憶喪失だよ?! 重大じゃん! 何で笑ってんの! ノリが軽すぎ、むぐっ」
今治くんが余計な事を言いかけたのでキクチさんが俊敏な動きでその口にパンをねじ込んでいた。
なんていうか、ゴメンね、今治くん。暴力系ヒロインばっかりで……。
「すまぬ、案内人が失敬をした」
桐蔭くんが無表情のままで言う。
この瞬間、今治くんは案内人という限りなく一般人なジョブを得てしまったのでした――。
「ああ、そういう事なら。グルメハンターは念じた食材を呼び出す事ができるんですよ」
「は?! 何そのチート」
パンを噛みちぎり、今治くんが身を乗り出す。
「食材限定の召喚師って所ですかな。確かにマニアックな職業ですのでお仲間が分からないのも無理はない。世の中には凄い能力があるもんですな~ハッハッハ」
冒険者さんはあんまり深く考えない人みたいね……。
特に何かを疑うでもなく勝手に一人で感心してしまったみたい。
っていうか、食材を呼び出す?!
魔法みたいな能力じゃない。っていうか魔法なんだけど。
私はワクワクする気持ちを抑えながら、小皿の前に指を出して
(ソースよ。中濃ソースよ)
と、ディフォルト感漂う標準的な中濃ソースを頭に思い浮かべた。
すると、指から少しとろみのある黒い液体がちょろちょろとこぼれ始める。
「おお、ショウユと良く似ているようですがこれは……!」
「ソースです」
その後、冒険者さんは試食、仰け反るとコンボを繋げ、大変満足してくれた。
私は頼まれて瓶に醤油を注ぎ、それを冒険者さんに渡す。
そこで貰ったのがピカピカと輝く金貨がたっぷりと詰まった袋。
私達は自室に戻り、金貨袋を囲んでいた。
最初に出たのは、奇しくも全員が同じ言葉だった。
「いい人……だったね」
お金は大事! 当たり前の事よね!
さて、この後、私の「食材召喚能力」は大活躍して、食糧問題は一気に解消されたのでした。
もちろん、召喚を頼まれる食べ物は元の世界のモノばっかりで、食卓の異世界感はほとんど無くなってしまったのです。
うん、悲しい事ね。
もう問題を抱えてとっとと帰りたいわ、異世界。
何かグチャグチャ迷ったりもしたけど、家族や学校の皆とも会いたいし、ふかふかのベッドで寝たい。
それに――家で食べる「いつものごはん」が一番美味しいわ。
旅のごはんは私にはちょっと私には……合わないみたい。
そんなワケで――
「竜の洞窟までたどり着いたぞーーー」
「やったーーー」
「案外早かったな!」
「よーし、この調子で中西さんを助け出すぞーーー」
「おーーーーーーー」
現在地、竜の住む洞窟前。
武器を構える私達パーティ。
連携も抜群、腹は八分目。
準備は申し分なし!
次回、異世界編、ラスボスと対決編です!




