(100)異世界に転移したけどごはんはそこそこ美味しいからまんざらでもありません
ボンジュール、皆さん、広陵院エリコです。
さて、更に数日が経ったわけだけど、まさに今、事件が起きています。
それが今の馬車なワケなんだけど……
「キクチさん、今日は一体どこに行くのかな」
「そうだな……例の洞窟に一番近い村に着くだろう」
今治くんの質問に、キクチさん(異世界につき着脱不可能仕様)が地図を広げて答えてる。
まあそこまではいいけど……。
近くない?! 貴方達、なんだか近くない?!
「そっかぁ~村か~。俺だけ戦えないし危ないのが無いのは安心かな~」
「まあ、何かあっても私が守ってやる」
「キクチさん……!」
キュンって効果音が似合いそうな表情でキクチさんを見つめる今治くん。
これって……明らかに恋をしてる目なんだけど……。
っていうか、今治くんが好きなのって、そよちゃんだったわよね?!
何でキクチさんと仲良くしてんのよ!
まあ、そよちゃん=キクチさんなんだけど、やっぱり今治くんが好きなのはそよちゃんよね?!
いや、でも同一人物なんだけど……。
あ~もう! 頭がこんがらがってきたわ……。
っていうか何なのこの人の識別眼は!
玉ちゃんとは別の魔眼を持ってるんじゃないの?!
「いやあ~。他人のイチャイチャを見るは実に腹が立つね」
にっこりと笑顔のまま、倉敷くんが悠々と語る。
表情と言動がまるでかみ合ってないせいか、ちょっと怖い。
だけど、あの2人は既に自分達の世界に入ってるみたいで全然気にしてない。
ちらりと桐蔭くんを盗み見る。
桐蔭くんはどこ吹く風という調子で、異色のカップルも、にこやかに怒る倉敷くんも気にしている様子がなかった。
――「もし、お前が死ぬ運命なら……この世界に篭もれば……きっと回避できるんじゃないか」
この間の桐蔭くんのセリフを思い出して顔がほてる。
なんなのよ、もう。
なんなのよホントにもう!!
ダメに決まってるじゃない。
この件をどうにかしないと、つぐみだって力持ちのままだし、学校の皆も異世界に来ちゃて大変な事になってるはず。
外の世界ではニュースにもなってるかもしれないし……。
なのに……どうして返事ができないのかしら。
なんなのよ……ちょっとおかしいわよ、今の私。
「ねえ、倉敷くんは玉ちゃんがどうしてるか不安じゃないの?」
「別に? きっといつものように可愛く出迎えてくれるよ」
倉敷くんはニッコリと笑って言う。
うーん、いつものように玉ちゃんが出迎えるんなら、かわいく、じゃなくて暴力的に、の間違いだと思うんだけど……ま、そんな細かい事はどうでもいいわね。
「村だーーー!」
馬車から降りてうんと背伸びをする。
「とりあえずモンスターから剥ぎとった素材を売ろうか」
そう、この世界はモンスターを倒したら勝手にアイテムが落ちる便利世界じゃない。
ちゃんとナイフで剥ぎ取らないと、売れる素材が手に入らない。
それに、美味しいお肉だってモンスターから剥ぎ取らないといけないの。
資金面がそんなに裕福じゃない私達は、ちゃんと剥ぎ取りをして素材や食材をゲットしてるワケだけど。
ここで役に立つのが私の職業、グルメハンター。
グルメハンターの持ってる「解体」の能力のお陰で事無きを得ている。
頭の中で動物の肉質・部位が分かって、ナイフ遣いも現実の私より上手になってる。
伊達にナイフとフォークを背負って冒険してるワケじゃないのね……。
お母様の狩猟動物解体ショーを何度も見てきた地力な気もしないけど。
元の世界に戻ったら少しくらい料理をしてみようかしら。
って、やっぱり私は帰る気マンマンなのよね。なのに、どうして返事に渋ってるのかしら、ホントに。
「やったーー、ベッドだああ」
今治くんが目尻にうっすらと涙を浮かべながらベッドに飛び込む。
確かにベッドは久しぶりよね。
でも、体のいたるところを痛くしつつもなんだかんだ野宿に慣れちゃったわ。
「おいおい。女性陣は文句ひとつ言わないのにお前だけそれかよ、誠一~」
倉敷くんは苦笑いで今治の名前を呼び間違える。いつものヤツだった。
「星夜な!」
今治くんは唾を飛ばして猛反論する。
なんというか、日常ね。
よくわからない異世界に来て冒険なんてしてるけど、皆が居れば寂しくなんてないわ。
もちろん、つぐみの事は心配だけど、つぐみにはコースケが付いてる。
あれだけつぐみを想ってるコースケなんだから、きっと大丈夫のはず。
……ちょっとヘタレなのがたまにキズだけど。
だから、ちゃっちゃと玉ちゃんをどうにかして元の世界に戻らないと。
なのに――
あれ、どうして変な気持ちになってるのかしら、私。
よくわからないけど、何だかモヤモヤする。
なんだか……このまま帰っちゃったらいけない気がするんだけど……。
そんなワケないのに。
いけない、そんな事言ってる場合じゃないわ。私には大切な使命があるんだから。
それは私にしかできない事で――
「いや~、広陵院さんのお陰で大助かりだよ~」
言い終わったその直後、倉敷くんは肉を頬張って口をもぐもぐさせた。
みんなもカチャカチャとナイフとフォークを使って思い思いにごはんを食べてる。
今日はダチョウのようなモンスターのステーキだ。
この肉は凄く肉! ッて感じがして美味しいのよね~。野性味のある味。
肉質はちょっと堅いんだけど、噛めば噛むほどじゅわ~って肉の味がするの。
味付けは塩なんだけど……。
そう――私の私にしかできない大切な使命――。
それは――
「広陵院さんの手から醤油が出るお陰で、こんなにご飯が美味しくなるなんてさ~」
歌うようなご機嫌な様子で倉敷くんがいうと、彼は嬉しそうに醤油を使った和風のステーキソースをパンに付けている。
そう、私、広陵院エリコ、手から醤油が出るようになりました。
「醤油問題って、本とかで日本人が異世界に行ったら必ずぶち当たるのに、広陵院さんって凄いよね~」
苦笑いしながら今治くんが言う。馬鹿にされてる感半端ないわね。
「旨いな。肉はやっぱり醤油だ」
感心したようにキクチさんが言った。
「悪くない味だ。忍も日本文化だ。日本と言えば醤油だ」
表情には乏しいけど桐蔭くんも満足そうだった。
でもパリ甲賀流は日本文化じゃなくってフランス文化なんじゃないかなぁ。
手裏剣はユーロ紙幣、クナイはエッフェル塔だし。
でも今の桐蔭くんは完全和風仕様の忍だから気分は醤油なのかしら。
まあどっちでもいいわ。
「あ、広陵院さん、醤油お願いしていい?」
「えー……まあいいけど」
醤油を出すぐらいなら、全然疲れとかも無いし、もし魔力とかが消費されてたりしたとしても、ほんの少しだけっぽいのよね。
心の中で「いでよ、醤油」的な事を念じて、余った小皿に指を向けてみる。
すると、まるで醤油さしでさすようにちょろちょろと醤油が現れて小皿の上に醤油がゆったりと広がっていく。
テラテラと窓から差し込む光を湛えて、ふんわりと独特な香りが鼻をくすぐった。
それにしても指を向けた先に魔法みたいに(実際に魔法を使ってるんだけど)醤油がちょろちょろと現れるなんて……。
最初に発覚した時は自分にドン引きしたけど、皆喜んでくれてるし絶賛されるのはそこまでまんざらじゃないわね。
「おお、貴方達が口にしているその黒い液は何ですか?」
すると、隣で食事をしていた一人の冒険者っぽい人が興味津々に尋ねてくる。
なにこれ、異世界っぽいイベントじゃない!
 




