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(10)ココア会の暗黙ルール

「つーちゃんが来るんなら早く言ってよ」


遅れてやってきたコースケが愚痴をこぼしながらガーデンチェアに腰掛ける。


私達に挟まれて座るつぐみは、ガーデンチェアに腰掛けつつも、ガチガチに緊張していた。

一つ一つの動きが油を挿していないロボットみたいにぎこちない。

お洋服は、「お金持ちのお家のお呼ばれでも恥ずかしくない格好」という意味なのか、小学校の制服だった。

ブレザーに赤いリボン、そして膝丈のスカート。うん、たまらなくキュートね。


「つぐみ、そんなに緊張しなくていいのよ」


私だって中身は庶民なんだし。

なんて言っても信じてくれないでしょうけど。


「だ、だって。私、マナーとかわからない、ですし……」


つぐみの声が尻窄みになっていく。


「気を使わなくていいよ、つーちゃん。姉さんもマナーも勉強も全然ダメだし」

「勉強は関係ないでしょっ!」


ひどいわコースケ。どうして私を落とす必要があるのよ!

っていうかコースケってたまーに私をぞんざいに扱うわよね……。

それに「姉さん」って何よ。「お姉ちゃん」って呼ばないの?

この子ってつぐみの前だと妙に大人ぶるのよね。


「エリコ様、お飲み物をお持ちしました」


そう言って、東出さんが私達の前に置いたのはマグカップ。

ホカホカと湯気を立てて立ち込めるこの香りは――ココアね!

と思って東出さんを見たら、目が合った。彼女は一回ウィンク。


なるほど。さすが東出さん、できる……!!


「ココアならマナーなんて関係ないわね!」


わざとらしいけど声に出して、私は早速マグカップに手を伸ばして一口すする。


「っち!」


あっつーい!

私は慌ててカップから口を離した。

やだ、舌がヒリヒリする~~~~。


「姉さん、がっつきすぎだよ」


呆れたように言うコースケ。それを見てつぐみはクスクスと笑ってる。


「マ、マナーはないけど強いてコツを言うならフーフーしてから飲みましょ」


私は舌をヒリヒリとさせながら、苦し紛れに言う。

転生者なんだし、お子様2人に余裕を見せつけないと!

じっくり目を見開いて刮目なさい。この貫禄のフーフーを。


「はいはい」


コースケは相変わらず小生意気な笑顔でフーフーしている。

つぐみも遠慮がちにフーフーを始めた。


「つぐみ、もっと豪快にやっちゃいなさい! じゃないといつまでもココアが冷めないわよ」

「う、うん。リコちゃん」

「そ、姉さんみたいに痛い目に遭うから」


なによ。コースケ、今日はやけに余計な事を言うのね。


うん、でもマグカップを両手に持ってフーフーしてるつぐみもたまらなく可愛いわ。

コースケもそんなつぐみにやさしい眼差しを送ってる。

っていうかこの子のこんな顔、一度も見たことがないわよ、私。

だってコースケ。私の前だといっつも痙攣してるし。



東出さんがお茶菓子と一杯のお水を持ってきてくれた。

お水は私用。うう、嬉しいけどかっこ悪くて複雑ね……。


まあ、明日も舌がヒリヒリしてたらご飯を美味しく食べれないし、ちゃんと冷やしておきましょう。



「わーい、カステラだ~」


真っ先に手を伸ばしたのは私。

遠慮無くパクついて、すぐにココアを飲む。今度は熱くない。それどころか適温よ。

うーん、ココアがカステラに良い感じに染みておいし~!

ゴクリ、と飲み込むと、思わずはぁ、と溜息が漏れた。

幸せすぎる。余りに幸せすぎて怖くなっちゃいそうな程。


「ココアと一緒に食べるとおいしいわ~」

「姉さん、それってマナー的にどうなの」


コースケは私の行動を見て眉をひそめる。

だけど


「ほんとだ、おいし~」


私の真似をしてカステラとココアを飲んだつぐみが頬をほのかに染めてパアッと目を輝かせた。

ほんっとにこの子はかわいい!

彼女が乙女ゲームの主人公だからって避けたりしなくて本当によかったわ。

もし彼女を避けてたら、きっと自分の未来よりも大切な物を失ってと思うの。


つぐみって、私の中ではここまで大きい存在なのね。

出会ったのは昨日だっていうのに。

――でもそれは、当然なのかもしれないわね。

だってつぐみは、前世の私にとっては乙女ゲームの主人公な訳だったし。私もまた、ゲームのプレイヤー。つぐみの味方だったんですもの。


「どうかしら、コースケ。この集まりは、つぐみがマナーブックよ。それとも、私とつぐみ、両方を責めるつもり?」

「つ、つーちゃんが言うなら」


と、コースケはしぶしぶカステラとココアを同時に食べている。

味の感想は聞くまでもないわね。

びっくりって顔でココアとカステラを代わる代わる眺めてるんですもの。

やっぱりコースケも可愛いわね。

ただし、つぐみの次。世界で2番目に、だけど。



「あぁ、花巻さんの所のお嬢さんじゃないか」


ここで思わぬゲストが現れた。


「やあ。ちょっとおじゃましても良いかい?」


そう、お父様。

ロマンスグレーっていう言葉の似合う、髪が灰色がかってる紳士さんよ。

帽子を取って軽くお辞儀をしてる姿も凄く様になってるわ。


「お父様ー」


コースケは嬉しそうにお父様に駆け寄って抱っこしてもらっていた。

つぐみあわわと慌てながら立ち上がってペコペコお辞儀している。


「つぐみちゃん、あんまり気をつかわなくて良いよ。私の事は親戚のおじさんみたいなものだと思って欲しい」

「ふぁ、ふぁい」


そう言って、お父様はつぐみの頭を撫でていた。

細めた目は、目尻が優しげにタレていて、とても人相が良い。

実際にとっても優しくて、前世の記憶を思い出す前のクソガキな私にも一度も怒鳴ったり叱ったりしなかったのよね。

だから、私は昔っからお父様の事が大好きだったみたい。

まあ、悪く言えば「甘い」とも言えるんだけどね。


「二人にはとってもかわいらしいお友達ができたんだね」


そう言って、お父様はニコニコと私達を見ている。

私達は思い思いに元気よく返事をした。


「東出さんがね、マグカップ持ってきてくれたんだ~。つーちゃんが緊張しないようにって」


コースケは嬉しそうに語っている。この子は本当にお父様の事が好きなのね。


「そうかそうか、東出さんは優しいね」

「そうよ、東出さんってすっごくステキなのよ」


私も胸を張って言ってみる。

だって東出さんって私のお姉ちゃんみたいな人だし!

東出さんは私の後ろでウフフと上品に笑っていた。


「私も東出さん、大好きです」


と、つぐみが東出さんに駆け寄ってぎゅっと抱きつく。

東出さんは嬉しそうにつぐみの頭を撫でてくれた。


「エリコも東出さんみたいなステキなレディになるんだぞ」


うぅ、お父様、そこを言う~?

確かに女性としては立派だけど、どっちかっていうと私は豪快な女傑! みたいな人に憧れるんだけどなぁ~。


「お母様じゃなくて?」


コースケが言った。

そういえばそうね。


「あ……」


あれ、なんだかお父様、気まずそうな顔をしてる。

東出さんは――つぐみの顔に隠れてどんな顔をしてるかわからないわ。


怪しい。これは何か裏があるはず。

もしかしたら、ウチの食卓に笑顔が少ない理由も隠れてるのかも。


それが最終的にゲームの江梨子のワガママ放題につながるんなら、今のうちにどうにかしておくべきかもしれないわね。



だけど結局、今の私にできることは、強くなることだけ。



つぐみがお家に帰った後、私は着替えて走り込みを始めた。

とにかく、強くなろう。それだけを考えた。考えるようにした。

悩んだりして立ち止まったらたらきっとダメ。

未来がもしうまく行かなかったら――私は2人より先にお別れしなきゃいけなくなるんだから。

それだけじゃない。

つぐみを悲しませて、コースケに沢山の重荷を背負わせてしまう。

それが寂しい。とても怖い。


大人達が隠している事を、子供の私が知るなんて、多分できないだろうし。

私は私の力でどうにかしていくしかないんだと思う。

まずは、自分の無力を知ること。

何ができて、何ができないかを知っていくこと。


弱気な思いや考えを振り切るために、その日はひたすら走る事に集中した。

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