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(99)異世界ビーフジャーキー

お姫様を助ける旅に出発して、一週間が経とうとしていた。


何を言ってるんだか分からないと思う。

もちろん、言ってる私もよく分からない。



私は、硬い干し肉を噛み締めながら焚き火の前でため息をつく。

夜の帳が降りて、月も高く登る頃。


モンスターが跋扈(ばっこ)するこの森では、誰か一人は火の前で番をする必要があった。

いつも倉敷くん一人、桐蔭くん・私、キクチさん・今治くんの3交代制で行っている。


で、今は桐蔭くんと私の番ってワケ。

そう、桐蔭くんと二人きり。


尊い時間といえば尊い時間だけど――


「まさか、異世界に行ってはじめて二人きりになれるなんて――」

「何か言ったか?」

「……何でもないわ」


どんだけハードモードなのよ、私達って。

ガクリと肩が落ちる思いだわ。


思えば高校に進学してから二人きりの時間なんて、玉ちゃんと対決(?)しに遠くに出掛けた以来だわ。

なんだかんだ、皆と一緒にわいわいするようになってから随分騒がしかったものね~。


桐蔭くんが外国に行っちゃった時は、もう二度と会えないんじゃないか、再会したら絶対に離さない!とか思ってたのに。

なんとなく、グループ単位ではいつも一緒に居るから、安心しちゃってるのよね。

やっぱり、人間手に入ると分かっちゃった物の大切さって、気付きにくいものね……。


「最初は美味しかったんだけど……。なんだか飽きてくるものねー」

「そうか?」


この干し肉も一緒かしら。

食べてなければ、すごく欲しくなる――。


ちなみに、この干し肉は、牛型のモンスターの肉からできているので味も当然ビーフビーフしている。

ちょっと味の薄いビーフジャーキーみたいな感じ。

よく知った感じのTHEビーフ。噛めば噛むほど味が出る辺りもビーフ。未知の食材感、ゼロ。

正直とてつもなくガッカリだった。


「エリコ、戦場にグルメを求めるな」


桐蔭くんは黙々と干し肉を齧っている。食べ慣れてる感が凄い。

っていうか、桐蔭君と干し肉といえば、嫌でも思い出す事がひとつ。


「そういえば、あの時貰ったジャーキー、すっごく美味しかったのよね」


外国に行った桐蔭くんと再会して、おみやげに貰ったビーフジャーキー二種類。

あれを一緒に食べた時は余りのおいしさに仰天したものだわ。

だって、スパイスが効いてて、噛めば噛むほど肉の味がひろがって、味はね、これがもう下品な程しょっぱいのよ。

あの味は二度と忘れないわ。


「そうだな。アレは良かった」


桐蔭くんもポツリと言う。


「現地でアレを食べたら、エリコに会いたくなった」

「……え」

「海外では旨い物なんて殆ど口にしなかったが、旨いと思った物を食べる度に、きっとエリコが食べたら喜ぶだろうなって考えてた」


ドキン、と胸が高鳴る。

それって――なんだか、特別扱いされてるみたいで、少し嬉しい。


「だから、あの時渡したビーフジャーキーは、再会の味だ」


顔が熱くなってきたのは焚き火のせいだけじゃないと思う。

私は、顔を伏せてドキドキと高鳴る心臓を抑えて息を整える。

ちらりと盗み見た桐蔭くんの横顔は、やっぱり凄くカッコイイ。


当時ビーフジャーキーを貰った時は、ぶっ飛ばしてやろうと思ったし、事実殴りつけようといて池に落ちたりもした。

だけど……そんな理由があったなんて反則だよ~~~!


って、私、感動の再会でビーフジャーキーを貰った事許しちゃうの?!

それってチョロくないかしら!


ま、いっか。

桐蔭くんが帰ってきてくれた事は本当に嬉しかったわけだし。


もう……なんていうか、ホントしょうがないわね、私達って。


「何がおかしい」


桐蔭くんは不思議そうに首を傾げる。

私はついつい笑っていたみたい。


「ううん、嬉しくって」

「……そうか……」


桐蔭くんの金髪がサラリと流れる。


「なあエリコ」

「何?」


彼はゆっくりとこちらへと振り返る。

いつもふざけた行動ばかりが目につく(本人は至って真剣なのがたちが悪い)彼だけど、瞳に宿したまっすぐさに不覚にもドキっとしてしまった。


「このまま二人だけで、別の所に行かないか?」

「……」


桐蔭くんはとんでもない事を言った。

私は息をする事すら忘れて、桐蔭くんをただただ見ている事しかできなかった。


え、今、何て言ったの、この人。


「もし、お前が死ぬ運命なら……この世界に篭もれば……きっと回避できるんじゃないか」

「ぁ……」


そっか、ゲームの中での広陵院江梨子の焼死。

通称『護摩行イベント』はまだ、起きる可能性が残ってるのよね。

私ったら一回死んで生まれ変わった身の癖して、死んでしまうなんて実感があんまり持てなかった。

けど、桐蔭くんはちゃんと、覚えてて、心配してくれた。


ダメね。ホントに。

周りに心配して貰っちゃうなんて。


「平気よ。きっと。だって、私達は最強なんだから」


膝を抱えて、ニカッと歯を出して笑ってみせた。


玉ちゃん曰く、私が死ぬ未来は消えてなんていない。

不安が無いって言ったら嘘になる。


そりゃあ、死にたくないわよ。

だけど、どうしてか変な不安が湧き上がらない。


「……そうか……」


だけど、桐蔭くんの表情は冴えない。


「俺は、ここにこのまま居ても構わない。洞窟に着いたら……また返事を聞かせてくれないか?」


そう言って、桐蔭くんは忍者服の懐から手裏剣を数枚取り出して中空へと投げつける。

バタバタと音を立てて黒い塊が3つ落ちてきた。


鳥型のモンスターの死体だった。

みんな見事に手裏剣が刺さっている。

ちなみに味はまるっきり鶏肉。異世界感はゼロでとってもガッカリだけどいっぱい食べてもしつこくなくって美味しいから良しとする。


うーん、今から血抜きして明日は取っておいた香草と一緒に丸焼きにでもしようかしら。



さて、この世界には当然のようにモンスターが出てくるワケだけど。

それを、埃でも払うかのように桐蔭くんは片付けてしまっていた。

明らかに村人の今治くんはともかく、そよちゃんと倉敷くんも無双状態。

私もそこそこ善戦してる。


なのに、一度立ち寄った村でモンスターを討伐した事を伝えると、神様を拝むみたいに凄く感謝されちゃったわ。

さっきの鳥型のモンスターは、一般男性が数人掛かりで一体ようやく倒せる程度の強さらしいの。


うーん、なんていうか、無駄に異世界召喚チートを持ってるのね、私達って。

その上、桐蔭くんは元々がアレだから、異世界の中でも物凄く強い部類なんだと思うわ。


頼りになるのはなるけど、生き物の殺生を割りきってるこのカオを見ると少しヒいちゃうわよね。

まあ、それを含めて桐蔭くんなんだけど……。


ちなみに、今治くんは今のところ戦力になってない。

この感じ……本当の本当に村人なのかもしれないわね。

うん、知ってた。

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