(98)よろしくおねがいします!/コースケ視点
つーちゃんは泣きやまない。
姉さんが去ってから、僕はどうすれば良いか分からずに居た。
つーちゃんに、何かしてあげたい。
だけど、近付こうとすると、つーちゃんは「やめて」と言うばかりで、僕は躊躇してしまう。
この一歩が。どうして凍りついてしまったかのように動かないんだ。
不甲斐ない僕に奥歯を噛みしめる。
僕は、いつだってこの一歩が踏み出せなかった。
つーちゃんに拒絶されるのが怖くって。
本当に好きならば、もっと近寄って好意を伝えればよかった。
だけど、僕が不甲斐なくって、カッコ悪いせいで、完璧な男を目指すとか言い訳してつーちゃんから逃げていた。
悔しくって、また奥歯を噛む。
「つーちゃん……」
もし僕が、姉さんだったら。
どうしてただろう。
勇気を持ってあっと驚くような事をやってのける姉さんみたいに、僕はできない。
安全な道ばかり取って逃げてばっかり居た。
姉さんみたいに、無茶な事をする人間をどこかで軽蔑して、当の僕は――。
ホント、目も当てられない程に情けない。
「……コースケくん……」
か細い声で、つーちゃんは言う。
今にも消えてしまいそうなロウソクの火のようだと思った。
「……私に付き合わずに、帰っていいよ……ごめんね……迷惑かけちゃって……来てくれただけで、嬉しかった」
ああ、つーちゃんは――
「こんなの……どうしようもできないのに……ごめんね……呼んだりして……コースケくん……ごめんね……」
姉さんなら、きっと無理やりでも飛び込んでつーちゃんを抱きしめていた。
だけど、姉さんはそれをしなかった。
きっと、姉さんは――僕ができるって信じてるんだ。
今頃、姉さんだって大変な目に遭ってるかもしれない。
体の変化で心細いつーちゃんの悲しみを癒せるのは、僕だけなんだ!
だから――迷ってる暇なんてない!
僕はつーちゃんへと駆け寄りそっと背中から彼女を抱きしめた。
つーちゃんの体は柔かくって、花の香りがふんわりと漂った。
小さいころから知っている、つーちゃんの香りだった。
「コースケくん……危ないよ……」
「大丈夫、つーちゃんなら何をされたって痛くないよ」
僕はつーちゃんの手の甲へと手をそっと重ねる。
何も起こらない。さっきみたいに手が痛みを感じる事もない。
「コースケくん……」
「ほら、大丈夫だった。だから、少しこのままで居させて」
ドキドキする。心臓が飛び出そうだったけど、唾を飲み込んで平静を装ってつーちゃんを不安にさせないように努めた。
「う、うん……」
つーちゃんは最初はビクビクしていたけど、落ち着きを取り戻して深くうなずく。
「頭、預けていいよ」
つい口が滑った。
何て大胆な事を言ってしまったんだ!
僕らしくない。つーちゃんの香りが僕をおかしくさせたに違いない。
ちょっとカッコつけて言ったけど、これは流石にヒかれてまた拒絶されてしまうかもしれない。
「じゃあ……お願いしたいな……」
ほら! 拒絶され――てないだと?!
確かに言った。
お願いしたいな……って言った。
それってYESだよね!
胸に頭を……預けてくれるって……事……だよね?
うおーーーーー!!!
広陵院コースケ、当選確実でございます!!!
これはどエライ事になってしまった。
ポーカーに例えたらロイヤルストレートフラッシュ!
歴史に例えたら独立記念日!!!!!
ごはんに例えたら大盛りホカホカ新米のアジフライ定食!!
いや、意味が分からない。と、冷静になる。
ちなみに僕の大好物がアジフライという事は姉さんに知られてはいけない。
姉さんはすぐにつーちゃんにばらすからだ。
つーちゃんに貧乏臭い男だと知られたら一大事だからだ。
だから、アジフライが好きな事は人生最大の秘密だったりする。
って! そんな事を考えている場合じゃない!
「つつつつ、つーちゃんさえ良ければ……全然いいんだよ?!」
い、いけない。容量オーバーだ。
声が震えてきた。落ち着け僕。クールになれ僕。
仮面を被るのよ、コースケ。
や、やばいぞこの威力。この可愛さ。これは人を狂わせるぞ。
僕が僕で居る事すら困難にさせるなんて!
「こ、コースケくん? も、もしかして痛いの?」
「違うよ?! 遠慮しなくていいから」
早鐘を打つ鼓動を抑えて言う。
まずい、変質者っぽかったかもしれない。
鼻息が荒いかもしれない。だって心中穏やかじゃないもんね!
もう開き直るよね。穏やかじゃないよこんな事!
だって今!!つーちゃんと密着してるんだもんね~~~~!!!!
「じゃあ……少しだけ……」
今にも消えてしまいそうな声で、つーちゃんは言った。
そして、胸に少し重みが掛かる。
視界にはつーちゃんのつむじ。
うお~~~~!! なんだ! これーーーー!!!!
幸せ過ぎて夢な気がしてきた。
だ、ダメだ。視界が霞む。
ここは落ち着くために深呼吸して素数を数えたい所だけど、息を吸って吐いたらつーちゃんに「コースケくん臭い」とか言われちゃう気がして怖くなった。
「このままで……いいかな」
つーちゃんは言う。
もちろん良くなくない訳がない。
断る理由なんて見つからない。
手が汗ばんでる僕でよければ。息がうるさい僕でよければ。ずっとこのままだって構わない。
勇気を出して、口を開く。
深呼吸を一つ。
ここはひとつ、かっこ良い所を見せるべきだ。
だけど紳士でもあるべき――っていうかこんな状況生まれて初めてだからどうすればいいかなんて分かる訳もない!
「よ、よろしくお願いしますっ!」
僕は、よりにもよって頼んでしまった。




