(96)広陵院エリコ、異世界転移しました!……え、ちょっと待って
そして学校。
私は校門の前に立って躊躇をしていた。
なんだか、見た目はいつもの学校だけど、どうにも悪寒がする。
なんというか、この先には嫌な物があると思うのよ。
おかしいわね……。私、霊感なんてないはずなのに。
第一、まだ授業が終わって一時間程度なのに、人通りが全く無い。
これは何かがおかしい。
ぶるぶると背筋に寒気が走る。
でも――桐蔭くん達があそこに居るなら、助けに行かなきゃ!
私は意を決して一歩を踏み込んだ。
その瞬間、ひんやりとした感覚。冷蔵庫を通り抜けるような不思議な感覚を経て、私は1m程落下する。
「うわああ!」
ドシンと音を立てて尻から落下。
ガチャンという音と共に体に痛みが走った。
段差? こんな所に?!
私は体をさするけど、制服のスカートがあるはずの部分が妙につるつるしている。
こう――金属でできてるみたいな?
変な感じ。
それに、背中が重い。何か棒状の物を背負ってるみたい。
ゲームで見た、背中の剣を引き抜くみたいな動きでそれを取ってみる。
1m程の大きなフォークだった。
重みが取れない。
まだ何か背負ってるみたい。
1m程の大きなナイフだった。
「なによこれええええええ」
と、叫んだ瞬間、パカラッパカラッと不穏な音が右から左へと流れていく。
お馬さんだった。
なんちゃらクエスト的な中世ヨーロッパな兵士が立派な馬に乗って通りすぎて行った。
馬は意外と速い。エリコ覚えた。
って!
「なななな、ここどこよおおおお!!」
キョロキョロと辺りを見回す。
左右には時代も国も錯誤してる愉快な木造建築!
下は踏み鳴らしただけのむき出し地面!
もちろんアスファルトなんて無し!
そして挙句の果てに、遠くにお城! もちろんヨーロッパ風!
こ、これは……いわゆる――――
異世界……転移?!
ちょっと待ちなさいよ!
96話目にして異世界転移ってどういうことよ!!!
いくら何でもそれは遅すぎるわよ!
夢でしょ?! 夢であってよ!
ちょんちょん、と遠慮がちに肩をつつかれて、私はサッと振り返る。
村人だった。いわゆる第一村人ってヤツだった。
中世ヨーロッパナイズされた、ボロな服に身を包んだTHE村人。
ついでに言うと貧乏っぽいわね。藁葺きの平屋で暮らしてそうだし、話しかけたら「ここは◯◯の村です」とか言ってきそう……。
「あ、あの……村人さんが一体何の用ですか?」
第一村人は腕を組んで何か言いづらそうに悩んでいる。
何かしら。一体、初対面の私に見知らぬ村人が何の用なのかしら。
「……広陵院さん、俺、今治なんだけど……」
顔をまじまじと見つめた。
……………知った顔だった。
「ごめんなさい!!!」
私は真っ先に土下座した。
背中に背負ってるナイフとフォークが邪魔だけど、誠心誠意土下座をした。
「やめてよ! 土下座されるとどう思われてるか想像がつくからやめてよ!!」
第一村人改め、今治くんは泣きそうな顔をしてまくし立てた。
「ごめんね……本っ当にごめんね今治くん」
「だからそれもやめてよ……何て思われたか想像つくから……」
今治くんは灰のように表情を失い、私と目を合わせてくれなかった。
怒ってる。これは絶対怒ってるやつね……。
「でも、今治くんはどうしてこんな所で村人なんてしてるの? 他の皆は? それにここ、どこなの?」
「アイツらね。そのうち来るよ。それに、説明は合流してからだ」
はぁーと息を吐きながら、今治くんは顔を上げる。
その先にはお城があった。
その時、何頭もの馬の蹄の音が遠くから聞こえてきた。
パカラッパカラッって、凄い音がするものなのね。
テレビなんかで見るのと迫力が段違いよ。
「広陵院さん、下がって。馬車だ」
「う、うん」
今治くんに言われて数歩下がると、馬車が私達の前で止まり、ガシャガシャと金属音を立てながら鎧の男の人が降りてきた。
鎧の男の人は、私達に気安く片手を挙げて挨拶をする。
よく見たら知った顔だった。
倉敷くんだった。
「やあ、わざわざこんな所に呼び出しちゃってごめんね」
かるーく言ってあははと笑う。
続いて馬車から出てきたのはウサギのキグルミ。ただし、フルプレートアーマーを着込んで大仰な縦を担いでいる。
これも知った顔だった。
「お嬢、厄介な事になったぞ」
低い男性の声。
いつものボイスチェンジャーの声じゃないけど、中の人は十中八九一緒だと思う。
「あれ、桐蔭くんは?!」
電話では倉敷君と一緒に居たはずなんだけど……。
「俺はここに居る」
と、聞き慣れた声がしたので背後を振り返った。
付近に有った櫓の屋根の上に立つ謎の人物!
藤色のマフラーをたなびかせ、腕組をして逆光に当てられた彼の正体は――!
「あ、アイツは一体何者なんだーーーーー」
今治くん……優しいのね、あなた。
どう考えても桐蔭くんです、本当にありがとうございます。
「俺は桐影……助太刀に来た」
高いところから、軽やかな身のこなしで華麗に降り立って、桐蔭くんはポーズを決める。
心なしかとかそういう程度じゃない。とてつもなく嬉しそうだった。
黒を貴重とした忍者装束に、藤色のマフラーを巻いて口許を隠している。
何なのよこの世界観!
何でコイツにニンジャさせてんのよ!!
「倉敷くん、一体何なのよコレ!」
自分の世界に入っている桐蔭を無視して、とりあえず一番分かってそうな倉敷くんに聞いてみる。
「いやあ、何って? お姫様が竜にさらわれちゃったから助けに行くんだよ」
意味が分からない。
私、人選を間違ったかしら……。
「そうなの。それじゃあ頑張ってね。応援してるから」
あーあー、付き合ってられないわ。つぐみが大変って時に何言ってるのよこの人は。




