(90)お泊まりパーティの夜・1
お風呂の後、またコイバナ(というのは名ばかりで殆どそよちゃんをからかって終わった)をして、夜食につぐみ特製鶏だし雑炊を食べた私達はソファやベッドの上に座って思い思いのままにくつろいでいた。
そよちゃんはベッドで大の字。
一人がけのソファで教科書を読むつぐみはリラックスしつつもお行儀がいい。
玉ちゃんは元・自分の家のクセに肩を強張らせながらソファの端に掛けていて、他人行儀でいる。
「……もっとくつろいでいいわよ? もともとはあなたの部屋だし」
「私の人生でココの部屋が自分の物になった覚えなんてないわ」
「うーん……よくわかんないけど……。もしかしてひっかけ問題?」
玉ちゃんは思いっきり顔をしかめる。
「アンタと居るとほんっと、調子狂うわ」
そう言って、玉ちゃんは足元に置いていたカバンから一冊の分厚い本を取り出す。
あれだけ勉強したくせに、まだ足りないのかしら……。
「あ、そういえば――玉ちゃんにはまだ恒例のアレ、やってないわね」
そう言いつつ私は部屋の引き出しを開けて準備を始める。
「ホント、そうだね! 中西さんならきっとすっごくイイと思う!」
つぐみは楽しそうに目を輝かせて手を合わせる。
「マジか……中西も遂に……」
けど、それとは逆にそよちゃんは「げ」と顔をしかめて起き上がって後ずさる。
「え、何? なんか嫌な予感しかしないんだけど……何するつもり?!」
玉ちゃんは訝しげに眉を寄せて私とつぐみの顔を交互に見ている。
「じゃーん!」
私は手にしたメジャーを勢い良く引っ張って構える。
その姿に動揺して玉ちゃんは起立して後ずさる。
「ふふふ……逃げちゃだめよ~」
「え、え、ちょと、ちょっと何よ?! 顔怖いんだけど……?!」
「に、逃げろ姐さん!!!」
そよちゃんが高い声を出した。
「つぐみ! 取り押さえて!」
「おっけー、リコちゃん」
予め玉ちゃんの背後で息を潜めスタンバイしていたつぐみがバッと玉ちゃんを後ろから羽交い絞めにする。
「離しなさいよ!! ちょっと、ねえ!!」
玉ちゃんはじたばたともがいている。だけど、つぐみの拘束は解かれる気配が無い。
もしかして筋トレの成果かしら。
「花巻さん力強い! ってかホント力強っ!!」
『花カン』にはステータスがあって、ミニゲームによってつぐみのステータスは変わったりもした。
運動ステータスは腹筋とランニングのミニゲームするだけで大幅にアップ――ここで私は気づいてはいけない事に気づいてしまった。
最近、つぐみはダイエットのために困難なトレーニングを続けていた。
ちょっとしたミニゲームをするだけでスポーツ万能になれちゃうつぐみが本格的トレーニングをしたら――
私はとんでもない事をしてしまったのかもしれない。
い、いや、そんな訳ないわよね。
あははは、忘れましょう。うん、今のは思い出さなかった事にするわ。
はい、忘れた~。
「そんな訳で玉ちゃんはおとなしくスリーサイズを測られなさい!」
「何それ! セクハラよ。きもっちわるい!」
玉ちゃんは失礼な事をいう。
「あはは、リコちゃんはお洋服を作るのが得意だから……」
「ふーん……って、いだだだだ、花巻さんホント力強っ」
と、玉ちゃんはまたまた失礼な事を言う。
「あ、ごめんね……つい」
つぐみはサッと玉ちゃんから手を離す。玉ちゃんは安心したのか、大きくため息をついた。
「何よ。ただの採寸? 何か怖い事されると思ったじゃない……」
「まあまあ。どんなお洋服がいいかしら? 普段の制服の感じだと……ボーイッシュ系?」
「……がいい」
玉ちゃんは急に頬を赤らめてポソリと何かを言った。
「……白のワンピース……」
それぞれの口からおおっと声が沸く。
「姐さん、一体何のつもりだ! 切腹でもするのか?!」
そよちゃんが理解が追いつけずに目をぐるぐると回しながら言った。
「しないわよ! 悪い?! 白ワンピース!!」
「……ううん……とってもステキ!!!」
対するつぐみは異常な程に目をキラキラと輝かせていた。
「察したみたいな顔しないで! ……今度パパと旅行に行くから……そういう年齢の子供らしい格好がいいの」
「うんうん、家族は大事よね」
私は家族思いの玉ちゃんに感心してウンウンと深く頷く。
「……なんかムカツク」
今日の玉ちゃんはとても失礼だ。
「でも、採寸から型紙を作るんでしょ?」
「ん、まあそうだけど……」
「エリコ……アンタ、数学が苦手なクセに、服を作るので数字を扱うのは平気なのね」
「まあ~服は好きだからね~」
好きな物は頑張れるけど数学は爆発すればいい。
「大体、数学って何よ。算数だった時代の仲間たちはどこに行ったのよ。おはじきも、棒グラフも、お買い物も、たかし君もみんなどこに行ったのよ。数学って無機質なのよ。何なのあの魔球並に曲がるグラフ。私達の棒グラフを返してよ。点Pって何よ。動くなんて高機能な点にPってテキトーな名前付けて……なんなのよ。アンタらやる気あんの?」
「……アンタこそやる気あるの?」
一気にまくし立て終わった私に、玉ちゃんが心底冷たい目で私を見ていた。
「も、もしかしてリコちゃんって数字の後にお裁縫で使うmmとか付けたら解けるようになるんじゃ……」
「まったくバカね。そんな訳ないでしょう」
「まあまあ、物は試しだしやってみましょう」
数分後
「と、解けた……」
「マジか……」
「う、うそお……」
私だけじゃなくってそよちゃんと玉ちゃんがあんぐりと口をあけている。
「ほら、やっぱり! これでテストも安心だね」
つぐみだけが動じない。やっぱりこの子は凄い。
死ぬほど苦戦した問題も、数字の後ろにmmを付けるだけであっさりと解けた。
な、なんなの……ホントこれってなんなの……。
またつぐみへの恩が増えてしまった瞬間だった。