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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
赤い剣の月の夜

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56/209

1.色んな不思議があるのよね

・魔剣呪状の後日談的なお話です。

 西の空に上る月は、細い三日月だった。どこかぼんやりとうす赤い不気味な色の三日月である。

 さらさらと冷たい風に吹かれて、砂が石畳の道の上を流れていく。

 よほど気をつけねば聞こえない音なのだが、なぜかそのときのシャーには耳に入った。

 そのときの寒気の走るような感覚は、夜の魔気を感じたからだろうか。

 シャーは不意に、物音をききつけた猫のように顔を上げた。

「どうしたの?」

 声をかけられて、シャーはわれにかえった。

「あ、いや。なんでもないんだけどねえ」

 いったい何に気を引かれたのか、と聞かれて、返答に困る。美しいしろい顔に微笑みかけながら、シャーはいった。

「今日もつつがなく日が暮れたねえ」

「まあ、なにやらお疲れみたいね、シャー」

 隣で微笑む、といっても、常人が見るとさっぱり無表情に見える美人が小首を傾げる。

 例のごとく、リーフィのいる酒場でだらだらとすごしているシャーであるが、今日は程よく弟分たちが少ない。近頃、リーフィの店では、ちょっとツケがきいたりする。どうせ、あとで弟分たちが払う予定になっているということにすぎないのだが。

 しかし、弟分たちに騒がれない日は、リーフィと二人で話しながら飲めたりもするので、それはそれで楽しくもあるのだ。

 とはいえ、リーフィは、酒場の看板だから、時折ほかの客のところにいったりもする。その間、シャーが、ひたすら例の三白眼でじっとりと思念波をあいてに送りながら飲むので、いたたまれなくなった客が、リーフィを早々に帰してしまうことも多いのであるが。

 今日は客が少ないので、そういうこともなく、リーフィも暇ながらにシャーの相手をのんびりやっているというところだった。

 リーフィのほうも、シャーにすっかり慣れているので、彼といる間は、心なしか表情が緩い。といっても、やはり無表情な彼女のこと。表情が柔らかいかどうかなど、彼女をよほど見慣れたものにしかわからないのであるが。

「そういえば、今日、ネズミを見かけたよ。なにやら、えらく色っぽい街で、花もってうろちょろしちゃってさあ。また、どこぞの女の子でもひっかけたんじゃないのかな」

 珍しくシャーは、自分からゼダの話をしてきた。疲れているとかいいながら、機嫌がいいのだろうか。機嫌の悪いときは、シャーは、ゼダの話を出しただけでも嫌がる方なのだが。

「あのひとは、よくもてるでしょうしね」

「あ、ひどいよ、リーフィちゃん。それって、オレがもてないみたいな言い方に聞こえるよ」

「まあ、そんなつもりはなかったのよ。ごめんなさいね」

 リーフィは素直に謝り、シャーに酒を注ぐ。

「いいのいいの。ちょっといってみただけだから。でね」

 一応いってみただけなのか、自分でもよくわかっているのか、シャーはあっさりと流して、話を続けた。

「で、ネズミみかけて思い出したわけよ。あのダンナ、都周辺をうろつくとかいってたけど、どこにいったんだろう、とかねえ」

「ああ、ジャッキールさんのこと」

 うん、とシャーはうなずいた。頭にどちらかというと不機嫌そうな顔をした黒ずくめの男のことが思い浮かぶ。戦闘になると、一気に気分が高揚してアッチの世界に突入してしまうのだが、それを思い出すと寒気がおこるので、それは思い出さないことにした。

「あの人斬り狂犬は、なんだかんだいって目立つやつだし、どこぞの用心棒か何かしてたら、うわさぐらい聞こえてきそうなもんだけどな」

「就職するのが難しいとかいっていたから、職を探しているんじゃないのかしら」

「まあねえ。大手の就職先とちょいともめちゃったからなあ」

 結果的に相手を裏切ったことになっているジャッキールは、ラゲイラの一派と、その関係者には雇ってもらえないだろうし、本人も近づかないだろう。だからといって、そんじょそこらのやくざものと手を組むには、ジャッキールはプライドが高すぎるから、すんなりと話がまとまりそうにもない。

 となると、なかなか都では仕事にありつけそうにもないのだが。

「今度こそ、行き倒れてないかねえー」

「それは心配だけれど、大丈夫じゃないかしら。あの人、意外と丈夫みたいだし」

「意外とっていうか、不死身の域だと思うよ、あのしぶとさは」

 シャーは苦笑して、リーフィに答える。

「普通、あんだけやられたら死ぬって。いや、あのダンナ、アレ以上やられたこともあるみてえだけど。血ィでまくってたわりに、なんか落ち着いてたし」

「それもそうねえ。本当に丈夫なひとだったものね」

「まあ、それを考えると生きてそうだから、心配するだけ無駄か」

 シャーは、結論に達して、ぽんと手を叩いた。

 わいわいと隣の方からにぎやかな声が聞こえる。酒をすすりながら、シャーは、ふと思い出したように顔を上げた。

「そういえばさあ。ジャッキールでおもいだしたんだけど、オレ、あの時疲れてたのかなあ」

「何が?」

 ほんの少し怪訝そうに眉をひそめて、リーフィは軽く首を傾げた。シャーは、指をちょいちょいと動かしながら、続きを話す。

「なんか、ジャッキールの後ろに女の人が立っていたような気が。というか、肩にのっかかってにこにこしていたような気がしたんだよねえ。オレの見間違いだなあ」

「ああ。あの綺麗な人ね。黒髪の」

「そうそう、黒髪で流し目の……えっ」

 リーフィが当たり前のようにいうので、さらりと流しそうになったが、シャーは慌てた様子で顔を上げた。

 リーフィは、今、黒髪の、といったのだ。先ほどシャーはそこまで話していなかったはずだ。

 さすがにシャーは泡を食った。

「あ、ちょ、ちょっと、リーフィちゃん。それって……」

「人間じゃないみたいだけど、とてもいい人だったわね。ジャッキールさんの恋人かなにかかしら。そんな感じだったけれど」

(人間じゃないとかいって、恋人かもしれないとかいう発想は、おかしいよね)

 そうは思ってみたものの、それは突っ込めず、シャーはリーフィの顔をみあげた。リーフィは、別に冗談をいっているようではなく、深い色の瞳でシャーの方をじいっと見ていた。

「なんだか、眠ってたら夢にでてきて、あの人を助けてくれてありがとうっていって消えちゃったの」

「ちょ、ちょっと待って……」

「世の中って色んな不思議があるのよね」

 リーフィは、なにやらふかぶかとため息をついて、お茶を飲んでいた。香料とミルクのたっぷり入ったお茶の香りが、なにやらほんのりと和むが、シャーとしてはそういう気分ではない。

(な、なんか強引にまとめられちゃったけど、オレ、納得できていないんですけど……)

 リーフィは、そういうところが本当に謎だ。

「シャー、どうしたの?」

「いや、な、何でも……」

 リーフィは、何か思い当たったのか、わずかに微笑んだ。

「考え込んじゃあだめよ。世の中には、きっとそういうこともあるのだわ」

「それはそうかもしれないけどさ。オレは、結構現実見ちゃう子だからさあ」

 シャーは、そういいかけてため息をついた。

「まあ、いいか。どうせ、取り憑かれてるのは、あのオッサンだし、オレはかんけーないもんね。あのオヤジなら、なんか取り憑かれてても違和感ないし」

 そうそう、となんとなく納得したところで、リーフィは、くすりと微笑む。

「シャーもお茶にする?」

「じゃあ、次はそうしようかなあ~」

 でれっと笑うシャーに、リーフィはそうね、というと、席をたった。

「それじゃあ、シャーの好みに合わせて作ってくるから待っていてね」

 リーフィの優しい微笑み、といっても、相変わらず、それは他人から見ると単なる無表情であるが、ともあれ、シャーは、何かと幸せそうに手にあごを乗せて見守るのであった。

 相変わらず、恋愛感情のレの字も期待できないような気がする、いつもと変わらぬ酒場の夜である。

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