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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
魔剣呪状

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47/209

18.そして、満月……!

 宵の口の王都は、ぐっと気温が下がり、空気がひんやりとしていて、昼間とはまるで別の顔を見せている。昨日、また一人切られたばかりで、さすがに人気はない。おそらく、昨日は、ジャッキールが暴れていたので、公にはされていなくても、その気配を感じ取って静かにしているものもいるだろう。

 太陽が沈んだ真逆の地平線から、上り始めたばかりのどこか歪に円い月が、金色の不気味な光を、そろそろと地上に降ろし始めたころである。

 やはり、満月は違う。

 星が息を潜めるような夜だ。王都の闇が、ほんの少し明るく、夜歩きしやすくなったはずなのに、奇妙な心のざわつきが足のそこのほうからじんじんと感じられる晩なのだ。

 けれども、そういう空気とは別に、シャーは、人気のなさを少々ありがたくも思っていた。なにせ、今日の道行きはあまりに妙なのだ。

 シャー一人歩いていても、妙な雰囲気があるのに、リーフィが先にたって歩き、その後ろからはジャッキールが歩いている。こういう男女三人組のとりあわせは、ちょっとないだろう。百鬼夜行には数がすくないが、あんまり人間らしい雰囲気の取り合わせでもない、とシャーは我ながら思っていた。

 ジャッキールは、というと、いつもは肩に背負っているフェブリスを腰に下げていた。右手で剣を抜く以上、左肩に剣を背負わなければならないので、今のジャッキールにはそれがきついのだろう。

 例のチュニックに、上にいつものとは違う黒マントを羽織った姿は、いつもの姿よりずいぶん軽装だ。常に重々しい雰囲気のあるジャッキールにしては、珍しくさわやか……とまでは言いがたいが、それでも、まだ涼しげな格好になっていた。しかし、昨日の今日で、おまけに鎖帷子も着ていない軽装だから、一撃深い傷を負えば助からない服装でもあるのかもしれない。

 だが、そういうことはジャッキールにはどうでもいいのだろう。命が惜しければ、片腕が使えない状態で出てきたりしないものだ。

 そういうジャッキールは、今、自分のことより、気がかりなことがあるらしく、妙にそわそわしていた。

「アズラーッド」

 小声で、そう何度か呼ばれ、うっとうしそうにシャーは振り返った。

「さっきから、何なのよ」

「どういうことだ、アズラーッド」

「何度も何度も人の昔のあだ名で呼ぶあんたのほうがどういうこと、だろ?」

「話をきけ。なぜ、リーフィ殿が一緒にいるのだ」

 シャーのやれやれというような態度など気にも留めず、ジャッキールは目の前をいくリーフィを見やった。昨日とは違う派手な服ではないが、どこか艶やかな印象の彼女は、すたすたと気にした風もなく歩いていく。

「どうしてって、ついてきたからいるんでしょ」

「危険ではないのか」

「危険だからって説得して引き下がるコじゃないの。危ないと思ったら、自分で引き下がる頭のいいコなんだから、今のところ大丈夫だよ」

 シャーは、今まで散々説得して綺麗にに反論を封じられてきたことを思い出す。リーフィは、下がるところは下がるから、別に戦いの上でもそんなに邪魔になる娘でもない。なので、シャーもそろそろ説得などあきらめてきていた。一応、一度ぐらいは、危ないよ、と止めはするが。

「しかし」

「しかしもかかしも、……別にオレたちがばたばたしているところには、飛び込んでこないと思うよ。酒場にいって待ってるっていってたし」

「それでも、危険だろう。われわれと関係があるのは、カディンにもわかっているはずだ。どこの酒場に勤めているかぐらい、すぐに調べればわかることなのだぞ」

 ジャッキールは、眉をよせながらいった。シャーは、髪の毛をかきやりながら答える。

「心配性だな、あんたは。大丈夫だよ。じゃあ、本人にきいてみたら?」

「そ、それは……」

 ジャッキールが、視線をそらす間に、シャーは声を上げた。

「ねえ、リーフィちゃん」

 声をかけられ、リーフィはこちらに振り返る。

「どうしたの?」

 途端、ジャッキールは、びくりとして閉口してしまった。先ほどシャーにしつこく呼びかけたのも、リーフィ本人に、どうしてついてきているのか、と聞けなかったからだ。その様子にあきれかえりながら、シャーはリーフィに言った。

「あのね、こっちのダンナが、リーフィちゃんが心配でたまんないから、オレたちと外にでるのをやめないかって」

「まあ」

「あ、いや……。私は……、いや……」

 視線を向けられ、ジャッキールは冷や汗をかきながら咄嗟に答える。一度咳払いをして、呼吸を整えてからジャッキールは言った。

「いや、その、……この一件にかかわっている男は、相当危険だ。私と違う意味で見境のない男だから、リーフィ殿に何かあったら」

(なあにが、”私”だ。……一気に一人称まで変わりやがる)

 シャーが心の中で毒づく。リーフィは、薄く微笑んで答える。

「ありがとう。でも、私は大丈夫よ。あなたたたちをしばらく送ってから、お店のほうで待っているわ」

「いや、それでも、もしかしたら……」

 それに、とすかさず、リーフィが、ジャッキールの言葉に先回りした。

「それに、怪我をしたら、誰か手当てをする人も必要でしょう? だったら、私も家にいるより、外に出ていたほうがいいと思うのよ」

「そ、それは……」

(おっさん、ものすごい勢いでリーフィちゃんに言いくるめられてる)

 ゼダが相手だと安心できないが、ジャッキールが相手だと安心して観察できる気がする。さすがにジャッキールには負けないだろうという、根拠のない自信のようなものがあるせいもあるのだが、見ていると、なんだかかわいそうになってきた。

(いじめられてるみたいに見えてきた)

 もちろん、リーフィには悪気など一切ないのだろうが。

 そういっているうちに、リーフィは店の方への曲がり角にさしかかった。リーフィはそこで足を止める。

「それじゃあ、私は、先にお店にいっているわね。なにか、動きがあったら見に行くかもしれないけれど」

「大丈夫。結構暗いけど」

 シャーは、先のほうを見た。店まではすぐそこなので大丈夫とは思うのだが。

「大丈夫よ。あなたもね。……それから、ジャッキールさん」

 いきなり名指しされて驚くジャッキールに、リーフィは無表情に言った。だが、その無表情がジャッキールにどう見えたかは定かではない。

「あなたは怪我をしているんだから、本当に無理をしてはだめよ。命を粗末にしないでね」

「……」

 一見、ジャッキールの無言は、同意できないから沈黙を貫いているように見えていた。が、シャーにはすぐに真相がわかっていた。そんな格好いいものではない。ジャッキールのやつ、思わぬ言葉をかけられて、思わず固まってしまったのだ。

「それじゃあね」

 もとより、同意の言葉を期待していなかったのだろう。リーフィは、別に怪しみもせずにそういってきびすを返した。

「はーい。それじゃ、また後で!」

 いまだ反応がないジャッキールをほうっておいて、シャーはそういって手を振った。リーフィは、それに軽く手を振ると、そのまま暗い道を歩いていく。

「本当にいいコだなあ。ジャキジャキみたいな外道に情けをかけるなんて……」

 シャーは、その後姿を見ながらポツリといった。

「ああ、まったくだなあ」

「そうそう、まったく……」

 と、後ろから合いの手をうってきた声に同意しかけて、シャーはひくっと眉を引きつらせた。この声は、間違いない。

「……てめえ、ネズミ!」

 思わず、鞘ごと抜いた剣を振り回すが、背後にいたゼダは、あっさりとそれをよけた。ゼダは、この前とは少々違うが、どちらにしろ派手な赤い上着を、例のごとく肩からふわりとかけていた。妙にうまく着こなしているあたりが、ゼダらしいが、シャーには上着のことなどどうでもいい。

「よう、昨日ぶりだな、三白眼」

 にたりと笑ったゼダの顔は、例のごとく、その善良そうな容貌とは不似合いに歪んでいる。昨日、一人だけすらっと逃げたゼダは、悪びれた様子はない。それがさらに、シャーをいらいらさせた。

「て、てめえ! よくも昨日は、オレを出し抜いて逃げやがってっ!」

 怒り心頭のシャーに、ゼダはにやにやしながら手を振った。

「へっへっへ。まあ、そういうな。怪我の功名だろ。その間に、オレがすばらしい情報を仕入れてきてやったんだからよ」

「てめえのくだらねえ情報などいるもんか」

 シャーはむきになってそういうが、ゼダのほうは、シャーがそういう態度をとってくることは予想済みなので、余計に面白そうにするばかりである。

「まあ、そういうなってよ。オレは、この一件の重大な秘密を知ってるんだぜ」

「どうせ、くだらねえ何かなんだろ」

「……失礼な。そんなくだらねえものを、オレがわざわざ持ってくるものかい」

 ゼダは、あごをなでやりながらにんまりと笑った。

「オレは、下手人かもしれねえ男をみたんだよ」

「何!」

「とはいっても、面をみたわけじゃあねえぜ。さすがに暗かったからな」

 ゼダはからからと笑いながらそんなことを言う。

「前置きはいいから、ちゃんと言えよ」

「まぁ、焦りなさんな。オレがみたのは、若い男だったよ。カディンと一緒にしゃべってやがった雰囲気からして、カディンとは組んでるみたいだったがな」

「組んでる?」

 シャーが聞き返すと、ゼダは、ああといって手を袖の中に引っ込める。

「おうよ。……剣を渡してくれるどうのこうの、と話してやがったのさ。だから、少なくとも、カディンは、この一連の辻斬り騒動の鍵を掴んではいるのさ。でも、自分の利益と重なるから、そいつと組んでるってとこだろうよ」

 ゼダがそういうと、シャーは、うーむ、とうなった。

「なるほどね。一応訊いておくが、そいつ、でかい大男で声のでかいやつじゃないよな」

「そいつは違うね。俺の感じじゃ、随分丁寧な、すらりとした男だったよ。あんまり剣を握っているのが似合う感じでもねえ、ほっそりとした感じのさ」

「丁寧な男、ねえ……」

 シャーは、思うところがあったのか、腕組みして黙ってしまった。昼間、ジャッキールが言った言葉を思い出したのかもしれない。

「オレが知ってるのはそれぐらいだな。それより……」

 ゼダは、そう話をきって、不意にいたずらっぽい笑みを浮かべて、シャーの背後にいるジャッキールを指差した。

「なんだ。後ろに、えらくおもしれえのをつれてるじゃねえか」

「アレか」

 シャーは、途端冷たい言い方になった。

「あれは勝手についてきただけだ。むしろ、オレは迷惑してるんだけどなあ。あのダンナ、やることが派手なんだよ」

 そのころになって、ようやくリーフィの言葉の衝撃からわれに返ったらしい、ジャッキールが、はっと顔を上げていた。ようやく周りの状況に気づいたのか、ゼダのほうを見る。

「む、貴様は昨日の……」

 ゼダのほうは、にんまりと笑い、からかうような顔になった。昨日こっぴどく追い詰められたことに対する恨みはあまりないようだった。もしかしたら、目の前にある面白いことにちょっかいを出すことの方がゼダにはよほど大切なのかもしれない。

「あの時はお世話様だったな。大分手ひどくやられたみたいじゃねえの。やつらにうわさされてたのは、やっぱりあんただったってえわけ」

「ふん……。どうせろくなうわさでもないのだろうが」

 ジャッキールは、そう不機嫌そうにはき捨てる。

「さすがに、よくわかってるじゃねえか。あんたに指摘された宿題は、今度やりあうまでに解消しておくぜ」

 ゼダは、にやりと笑いながら、手を振った。

「それじゃあ、三白眼。明日の朝に、死体で転がってねえようにな」

「なんだ? てめえ、どこいくんだよ」

 すでに、すたすた歩き始めているゼダを怪訝にみつめ、シャーはそう訊いてみる。ネズミのことだ、ただ情報だけ置いていくとは思えない。どちらかというと、犯人がわかった今、自分から積極的に手を出しに来ると思ったのだが。

「ふ、捕り物見物は後の楽しみよ。オレはちょいといくところがあるんだよ」

 ゼダはそういって意味ありげににやりとした。

「どこぞにしけこむつもりかよ?」

「さぁ~なぁ~。お前にゃあわかんねえ世界さ」

「なんだと! てめえ!!」

 勝ち誇ったような笑みをみせ、立ち去っていくゼダは、シャーの怒鳴り声などものともしていなかった。シャーは忌々しげに舌打ちする。

「チッ、軟派なやつめ」

「……貴様、人のことが言えるのか?」

 ジャッキールがそれを聞きとがめたのか、横から口を出してきた。思わず、シャーはうっと詰まって、黙り込む。ジャッキールは、その間に、何か気づいたことがあるのか、眉をひそめた。

「……そういえば、貴様、リーフィ殿を一人でいかせてよかったのか?」

「大丈夫だよ。店まですぐだし。リーフィちゃんだって、そんなに心配されても気を使うでしょ。その辺考えろよなあ」

 先ほど、不覚にもつっこまれたうらみも手伝って、シャーの言い方は突き放すような言い方だ。

「お、俺は、ただ、こういう事情があるから、もしかしたら、と思っただけだ。用心には用心を重ねたほうが……」

「自分は、無茶するくせに、他人事になると急に慎重になるんだな」

 シャーは、やれやれとため息をつく。

「まあ、一通り様子みてから、リーフィちゃんとこの酒場も一度寄ればいいでしょ。ネズミの行く先も気になるし」

 シャーは、そういって両手を頭の後ろで組んだ。ぶらぶらとサンダルの足で歩き始める街の砂は、湿気などないのに、妙に重く感じられた。軽い会話をかわしながらも、まとわりつくような闇の空気は、払えないものがあった。

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