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17.生きる理由死ぬ理由殺す理由

 朝の光がさらさらと入ってくる。

 シーリーンは、早く目覚めて、窓を開けて外を見ていた。外に出られない彼女にとって、窓から外を眺めるのは、唯一外界に触れる機会だった。

 弱弱しい印象の彼女の肌はまっしろで、少し青ざめていた。そっと窓の桟にもたれかかるのが危なげで、見ていると何となく不安になる様子だった。

「昨日は、なにやら騒ぎがあったそうですね」

 シーリーンは、それこそ、小鳥のような、か細い可憐な声で言った。そうっと首をめぐらす彼女の視線の先に、端正な顔立ちの優男がいた。すらりとした二枚目の男は、少々派手ななりはしていたが、その動作は洗練されている。

 商家の小間使いとしては申し分のない丁寧さを持っている青年だが、それでも、普段は随分と柄の悪い振る舞いをしていることも、彼女は知っていた。それが、彼の役目でもあるのだ。

「ええ、しかし、シーリーンさまが気になさるようなことではありません」

 ザフは、笑顔を浮かべていった。

「なにか、怪我人が出たという噂をきいたのですが」

「ああ、ええ、そういう噂ですが。逃げる黒い人影を見たものがいるそうですね」

「恐いわ。ゼダ様は大丈夫かしら」

 シーリーンはふと、眉をひそめてため息をついた。あれから、ゼダはここに姿を見せていない。別のところに遊びにいっていればよいが、ゼダのことだから、なにか危険なことをしていないかとおもうと、シーリーンは不安になる。

「坊ちゃんなら、大丈夫でございましょう。ああいう方でございますから」

 とはいえ、そういうザフも、内心心配でたまらないところがあった。 シーリーンのところに遊びに来ていないということだが、ゼダは、ザフのところにも、この前から姿を現さないのである。

(坊ちゃんは、一体何をするかわからないからな)

 シーリーンにため息をついたのを見られると心配される。ザフは、ため息はつかないようにして、心の中でそっと嘆息をついた。

(あの三白眼が関わっているんじゃないだろうな。坊ちゃんは、影響を受けやすいんだから、ああいう奴と関わると、いつも無理をなさるからなあ)

 特に、シャーに関して言えば、あの青くて、どこかじっとりとした目が妙に気がかりになる。あれは、不吉な魔性の目のような気がするのだ。実際、一度は殺るか殺られるかまでいった二人なのに、ゼダは、あれから、妙にあの三白眼にちょっかいをかけにいくのである。

(話し相手としては、よいのかもしれないが)

 ザフは、そう思って腕を組む。

(一つ間違えると、何が起こるかわからないので、やはり、もっと他の大人しい方々とお友達になってもらいたいのだがな)

 そうなれば、このゼダの酔狂な趣味もおさまって、普通に富豪の息子として暮らしてくれるかもしれないが、ゼダの様子を見ていると、どうもそれは無理そうだ。

「どうなされたのですか? ザフさん。ゼダ様は?」

 考え込んでいる様子のザフを不審に思ったのか、シーリーンが心配そうに眉をひそめて聞いてきた。黙っている彼に、ゼダになにかあったのかと思ったのだろうか。

「あ、いえ、大丈夫ですよ。他の考え事をしていたのです。坊ちゃんなら大丈夫なので、ご安心ください」

「そうですか。よかった……」

 ほっと、優しく息をつくシーリーンを見て、ザフは、内心ため息をつく。

(坊ちゃんは、どうおもっているのか知らないが、坊ちゃんには、本来こういう娘が必要だと思うんだがなあ)

 けれども、それは、主人が決めることだ。進言ぐらいはできるが、それでも、ザフが口出ししていい範囲の問題ではないのだろう。

「ああ、そうだ。シーリーン様」

 シーリーンは、ちらりと振り返る。髪飾りがしゃらりと甲高く鳴った。

「どうですか。今日は少々外にお出になっては。私と他数人がお側についてお世話をいたしますし、もしかしたら坊ちゃんにも会えるかもしれません」

「え、しかし、よいのですか」

「ええ。たまには、外をみるのもいいとお医者様にも坊ちゃんにも言われております。しかし、このところ物騒でございますから、ほんの少し、安全な道を少しだけということになりますが」

 シーリーンは、目を輝かせた。

「では、夜ではいけませんか?」

「はあ、夜……。なるべく夜風は避けた方が……」

 といいかけて、ザフは、彼女の意図がわかった。ゼダに会いたいのだ。ゼダは、昼間はどこにいるかわからない。夜の方が活動しているのでそれだろう。

「ほんの少しのお時間ですが、それでよろしければ……」

「お願いします。ザフさん。ありがとう……」

 シーリーンはそういうと、ふっと頬を緩めて微笑む。その瞳は、一抹の希望を抱いて、ほんの少し、いつもより輝きを帯びていた。ザフは、こういう嬉しそうな顔のシーリーンを久しぶりに見た気がした。

 

   *




 まだ夜には遠い。

 シャーは、ぼんやりとリーフィの部屋に座っていた。酒場に遊びに行ってもいいのだが、隣にジャッキールがいるので、リーフィと彼を二人っきりにするのも、ちょっと気に掛かる。そんなわけで、シャーは、朝から昨夜同様妙な生活を送っていた。

 ジャッキールは、というと、昨日の今日で怪我が治るわけもないのだが、それでも休んだ分、元気そうなので大したものだと思う。そうといっても、左肩を何かとかばっている様子なので、とても、剣を両手では握れないと思うのだが。

「で」

 シャーは、奇妙な沈黙を破って、声をあげた。ジャッキールは、それに気付いて彼の方をちらりと振り向く。

「アンタ、まだ来るわけ? 夜、ついてくる気でしょ」

「貴様だけには任せていられんだろうが」

 ジャッキールは、即答する。

「貴様も今夜に目星をつけたのではないのか。昼間は、「やつ」は現れない」

「そりゃそうさ。悪いことをやるには、夜が一番だからね。でも、大丈夫? 足手まといになるんじゃないの? 左腕つかえないでしょ、今」

 シャーはそういって、未だに三角巾でつるしたままの左腕を見やる。もちろん、肩からの包帯もまだ取れない状態だ。

「状況に応じた戦い方というものもある。使えなければ、使わない戦い方をすればいい」

ジャッキールは、涼しげにそういった。

「ああ、そう」

(まあいいか。後学のためにはいいだろうさ)

 とりあえず、そういうところではジャッキールのほうがかなり先輩だ。何かのためにはなるかもしれない。

 と、ここまで話して、シャーは、ふと顎をなでた。

 妙に何か違和感があると思っていたが、ようやくその根源がわかった。戦闘時以外にジャッキールと今まで話したことがなかった。普段から多少危険な雰囲気は漂わせているが、普段のジャッキールは、どこか物静かなところがある。無口というわけではないが、口数の少ない暗い男といった印象だ。さすがに、戦闘中はテンションが裏返っているといっても過言でないが、普段は結構冷静に話ができるタイプではあるらしい。

「今日は満月だったな」

 ジャッキールが静かに言った。

「満月の夜は、アレは黙ってはいられなくなる。……今夜は、いつもの比ではないぞ」

「いつもの比じゃない? どういう意味だよ」

「……今夜は一人二人斬っただけでは、満足できないという意味だ」

「へぇ、よくわかるな」

「俺はあの剣を握ったからな」

 ジャッキールは、薄く笑った。

「……アレは、まともな人間が持つシロモノではない。いや、まともでない人間が持ってはならないといったほうがいいか」

「へえ、でも、なんで握れたのに持ってこなかったんだ? ちょっと怖気づいたのか?」

 シャーが、ちょっとだけ皮肉っぽくいいやるが、ジャッキールは今回は別に怒りを見せない。

「ふ、そういうわけではないがな」

 ジャッキールは、にやりとした。

「俺にはあの剣が性にあわなかった。正直に言えば、それだけのことだ」

「性に合わない? ああいう血みどろの剣のがすきじゃないのか?」

 馬鹿な、と、ジャッキールは、わずかに嘲笑めいた笑みを口元に刻んだ。

「俺がアレを持つとどういうことになるかぐらいわかるだろう。……自分の身をわけもなく滅ぼすような真似はせん。さして生きたいわけではないが、理由なく死ぬ道理はない。死ぬならそれ相応の理由がなければな」

「生きていることに理由なんか求めてない奴が、死ぬのには理由がいるのかい?」

「……生きることに理由がないから、死ぬことには理由を求めるのだ。貴様にはわかるはずだが」

 ジャッキールに言われて、シャーは黙る。彼は目を伏せるようにして、続けた。

「あの剣は、俺にとって命を賭けるほどの価値がなかったというだけだ」

 ジャッキールは、そこで少し考えるようにして言い直した。

「いや、厳密に言うと、アレを握って得られる楽しみより、危険の方が高かったからだな。今の俺にはそこまで堕ちるつもりはなかっただけだ。それに、第一、……貴様もわかっているだろう。……俺がアレの持ち主ならば、この程度の惨劇ではすまなかったかもしれんぞ」

「そりゃそうだろうな」

 シャーが忌々しげに頷く。正直、剣に操られたようなジャッキールなど、シャーでも相手にしきれない。普段でジャッキールはこれなのだから、これ以上見境がなくなると手がつけられない。

 と、ふと何にきづいたのか、ジャッキールは、ああ、といって、シャーの方に素早く目をうつした。

「そう、この機会に言っておいてやるが……」

 ジャッキールは青白く笑みながら言った。

「貴様はもう少し自分を大切にした方がよい。まさか、俺のように自分から奈落に飛び込むつもりではあるまい?」

シャーは意味がわからないといいたげに不服そうな顔をした。

「オレはアンタほど無謀じゃねえよ」

 だから、そういう心配は無用、とシャーは言いたそうだったが、ジャッキールの顔は妙に涼しげだった。突っ込まれると焦るジャッキールの落ち着きぶりに、シャーはジャッキールがなにかしら確信して話を持ってきていることにきづいた。

「そうではない。貴様、一応は身を大切にしているが、その動機が自分以外のためだろう?」

 ジャッキールはシャーの表情を盗み見て続ける。シャーは無表情を装いながら唇をひきつらせていた。

「俺が貴様を同類項だといったのには、はっきり理由があるのだ。貴様自身、ほとんど執着がないだろう、自分の命に。とりあえず、身は大切にはしているが、それは自分がかわいいからというわけではない。違うか」

「……別に。オレは十分身勝手だし、自分の好きなようにやってるよ」

「だが、貴様がある一定以上の無茶をしなくなったのは、他人のためだろう。貴様が死ねば、貴様の周りのものが困る、それが理由だ」

 シャーは今度は答えない。

「捨てられないものがある奴というのはそれなりに幸福だ。だが、貴様のように、自分に対してだけ淡白なのは、何もない俺よりも危ないかもしれんな。正気でいたいなら少しは執着できるものでも考えておけ」

「……アンタに説教されるとはな」

シャーはすぐさま苦笑を顔に浮かべると溜息をついた。

「ふん、余計なお世話だよ。今のところ、そういう気にはならねえし」

 そうだろうな、と、妙にわかった口をきくジャッキールは、ふと一言付け加えた。

「まぁ、貴様はあの娘が側にいる間は大丈夫かもしれんがな」

「え?」

 シャーは、不意を突かれてきょとんとした。このお固いジャッキールが平然と話せることだから、恋愛がらみの話ではありえない。リーフィの持っている何かのおかげで大丈夫かもしれないといっているのだ。一体何を考えてそんなことをいったのか。

「どういう意味だ?」

「わからなければわからないでいい」

 ジャッキールは、珍しく、多少意地悪っぽい笑みを浮かべた。

「……そのうち、貴様にもわかる時がある」

 シャーが、何か言い募ろうとしたとき、不意に軽い足音が聞こえた。なにやら洗濯でも終えたらしいリーフィが部屋に戻ってきていた。リーフィは、ちょっと笑ってみせる。

「あら、今から、もう切り込むみたいな格好しているけれども、あなた達、随分張り切ってるのね」

「い、いやあ、オレはそうじゃあないんだけどねえ。こっちのダンナが……」

 シャーは、何となく鬱陶しそうにいうが、そういっても、肝心のジャッキールのほうは、文句を返してこない。正直、入ってきたリーフィに慌ててそれどころでないらしい。 さっきからなにやら斜めに厭世的なことをいっていたり、笑いながら人を斬っていた男と同一人物とは思えない焦りようだ。シャーが、内心あきれていると、相変わらず気付いているのかいないのか、全く動じないリーフィが、シャーに声をかけてきた。

「そういえば、外にカラスが留まっていたわね。人に慣れているみたいだったけれど」

「え、カラス」

 シャーは、思わず席を立つ。

「ええ、とても綺麗なカラスだったわ。誰かに飼われているのかしら」

 シャーは、たっと立ち上がると、そのままリーフィの出てきた玄関の方を見た。扉を開けると、すぐさま、黒い影が飛び込んできた。

「おっとっと」

 ばさばさと飛び込んできた鳥は、シャーの肩の辺りにとびかかる。いうまでもなく、シャーには、そのカラスの正体がよくわかっていた。黒光りする美しい滑らかな翼は、明らかに普通のカラスとは違う。飼われているからこその艶だ。

「おやおや、メーヴェンちゃんじゃない。遠路はるばるご苦労様で」

 シャーが、そういって二の腕にメーヴェンをとまらせようとした。

「しかし、ハダートちゃんは、よくオレの潜んでいる先がわかったな……。なんか、後でもつけられてたのかねえ、油断ならないの」

 シャーの疑問に答えることもなく、メーヴェンは彼の手に止まる。相変わらず、足に小さい筒がつけられていて、そこに何か紙片が入っているのだ。シャーはそっと筒をとろうとした。筒が手の中に入ったところで、いきなりメーヴェンが飛び立とうとした。まだ筒を取りきっていないシャーは慌てて押さえつけようとするが、カラスの羽ばたきは彼を邪魔する。

「いて! ちょ、ちょっと、おい」

 シャーは、振りほどかれる形でメーヴェンを放す。そのまま、黒い鳥は、玄関を潜り抜けると、大空に飛び上がっていった。シャーは、かろうじて手に入れた筒を手の中で転がすと、そのまま中身を抜き出す。小さな紙片には、小さい文字が書かれていた。優美なわりに、妙に曲がったところがあるようなのは、ハダートの性格そっくりである。筆だけでなく、あのカラスもちょっとにているかもしれない。

「相変わらず、主人以外にはなつかねえでやんの。かわいくない」

 シャーは、一応そう毒づいて、メーヴェンが運んできた紙切れを広げた。

「蝙蝠の使いだな。貴様、奴に調べさせていたのか」

 全て読まないうちに、ジャッキールが声をかけてきた。

「ご明察。……まあ、あの人は、事情通だからしてねえ。ちょっとはこれでなにかわかればいいんだけれども」

 そういって、紙切れの中に書かれた文字を読みながら、シャーはちらりとジャッキールのほうに目を走らせた。

「でも、どうやら、アンタには、この事件の犯人の目的がわかってるみたいだな。なあんか、落ち着いてるじゃないか」

「そういうわけではないが……。そうだな、貴様、やつ、が、純粋に人を斬りたいと思っているのなら、それは大きな間違いだ」

 ジャッキールは、唇を薄くゆがめて笑った。

「やつ、は、俺たちと同種族に見えて、そうではない。相手は俺とは趣味が違う。アレの目的は、俺があの剣を使うのとは違うぞ」

「なんだい、そりゃあ」

「ただの俺の勘だ」

 ジャッキールはそういいきり、ふと笑みを刻んだ。

「だが、これだけ言えば、貴様には大体予想がつくだろう。やつ、は、俺や貴様とは、根本的に感覚自体が違うのだ。剣に対しての、な」

 シャーは、握っていた紙切れに目を素早く走らせ、やれやれとため息をついた。

「まあ、そうかも、しんないねえ」

 リーフィは、この会話で何となく事情を察したのだろうか。彼女はくすりと微笑む。今回は、ジャッキールの勘がどうやら当たったらしい。



 *


 どさどさどさ、と音を立てて、書類が机からあふれる。それを投げやりにおさえながら、ハダートは頬杖をついていた。

「なるほど。大体の状況はわかったぜ。でも、まだ犯人はわかっちゃいねえとそういうことか」

「ああ。そうだ」

 ハダートの前に立っている色黒の大男は憮然としていた。

「協力はありがたいんだが、もっと愛想のいい顔はできねえのかい。メハルさん」

「俺は将軍が協力してやってほしいというから、あんたに協力しているだけだ」

 メハルは、そう無愛想に言う。思わずハダートは苦笑した。

「なるほどね。確かにジェアバードの部下だけはあるよ。……あいつの部下は、あいつみたいなやつばっかりで困るぜ」

「将軍は俺達の誇りだ。あんまり失礼なことを言うな」

「そりゃ、失礼しましたね」

 メハルににらまれて、ハダートはため息をついた。

「まあ、でも、俺があんたに声をかけたのは、ちょっとした賭けではあったんだがな。ジェアバードのやつは、首を振らなかったが、俺はあんたも怪しいと思ってたんだよ」

「俺が将軍の部下だったってことは、誰から聞いた?」

 メハルがそう訊くと、ハダートはにやりとした。

「別に訊くまでもないことさ。大体の役所には、俺の部下が散らばっているのさ。内乱後に限っての話だが、俺に調べられないお役所事情はねえんだよ」

「あんた、もしかして……」

 ちらりと、メハルはハダートを横目で見る。

「もしかして、例の将軍じゃねえだろうな。その容貌といい……」

「オレが誰でもどうでもいいことだろう?」

「……もしそうなら、評判とえらく違うな。将軍とも仲が悪いという話だったのに」

「ふん、オレはあいつと違って、生身の自分をさらけ出して生きるほど、度胸がねえのさ。二重生活の利用価値は充分高いしな」

 そういって、ハダートは読み終えた書類を机の横のほうに投げ出した。

「まあ、それはいいとして、……ジェアバードのやつが、あんたに限って絶対にそんなことはないと言い張るもんだから、賭けてみたが、本当にあんたじゃねえようでよかったぜ」

「まあ、この場合は疑われても仕方がないか。こういうものを持っている人間も限られてるからな」

 メハルは、軽くうなった。そして、腰にある剣を取り出して半分抜く。一官吏の彼が持つにしては、重厚で見事な飾りのついた諸刃の両手剣は、見事すぎるきらいがあった。

「ハルミッドの作だな」

「ああ。ハルミッドの爺さんとは知り合いでな。昔、何かやったときに、気に入られて、一本剣を譲ってもらったことがあったんだよ。で、オレもこれを使えるわけでな。それで、最初事件が起こったとき、まずあの爺さんに何かあったんじゃねえかと思っていたんだが、やっぱりそうだったんだよ。そこで、黒服のジャッキー何とかという男がハルミッドの爺さんを殺したっていう風に弟子がいったのをきいてな」

 それで、とメハルは息を継いだ。

「その男を重点的に張ってたつもりなんだが、追っているとどうもおかしい気がしてな」

「おかしい?」

「ああ。どうも、本星じゃねえ気がして、結局、カディンにも目を移すことにしたんだよ。どうも、こう、心証がなあ」

 そこまでいって、メハルは、ちらりとハダートのほうに目を向ける。その涼しげな顔に、確信のようなものが見えた気がしたのだ。

「……にしても、その黒服のやつのこと、あんた知ってるな」

「知っているさ。でも、あいつじゃないだろうと踏んでいたがな。それに、もしそうだとしても、あいつには手を出さないほうがいいね。あいつとやると死人が一人二人じゃあすまねえ。まあ、捕まえようなんて思うなら、まず二桁は覚悟しないとな。……それに、俺は少しはやつの性格を知っているが、間違っても、丸腰の市民を切り裂いて喜ぶような男じゃあないよ。あいつが相手をするのは、主に自分の同業者さ。まあ、どっちにしろ、相当あぶねえ性格はしてるがね」

 ハダート=サダーシュは、にやつきながらそういった。

「なるほど」

 メハルは、軽くうなった。

「まあ、そんなところだろうとおもったがな。それに、大体、俺も、そういうやつにはあまり手を出したくねえ」

「だったらいいじゃねえか。……ああいうやつは、かかわらずにすぱっと忘れるほうが身のためさ。それにしても、さっき心証とかいったな? 一体何を感じてそう思ったんだ?」

 ハダートが聞き返すと、彼は大きくうなずいた。

「この事件の犯人てやつの殺し方は、ちょっとおかしい。腕をふるいたいだけの剣士とは思えないところがあるし、怨恨でもなさそうだ。だからといって、殺したくてたまらないやつの犯行というにも、ちょっとなあ。だから、俺もその黒服の話をきいてどうかなと思ったんだよ」

 ハダートは小首をかしげた。

「へえ、どういう風におかしい?」

「ただの俺の心証だから、別に証拠も何もねえんだが。確かに、やつは一撃で人を殺してはいるんだが、どうも、その感じが……にえきらねえっていうかな。例の黒服の男は、一流の傭兵だろう。そういうやつが切ったなら、もっと迷いのない打ち込み方をすると思うんだよな」

 メハルは、少々考えてから、改めて言った。

「つまり、……確かめてる感じなんだよ。剣の切れ味を。なんとなくしつこく、確信がえられるまで。だから、何人も殺してる、と、そういう感じが……。剣士の試し切りなら、そこまでやる必要はねえはずだ。なにせ、実戦で使うからな、必要以上に剣を痛めつけるのは嫌がるはずなんだ。かといって、意外に冷静みたいだから単にイカレた野郎のやったものとも言い切れねえ」

 ハダートは、思わず席を立ち上がる。少々意外な言葉だったのだ。

「この犯人ってえのは、……多分、普段は真剣を振るう機会のないやつだ。おまけに……、どちらかというと……」

「ちょっと待て……。あんたのいうことを、総合して考えると、つまり……」 

 ハダートはあごをなでやりながら、顔をわずかにしかめた。そこにはまるで考えがいかなかった。てっきり、この事件の目的は、人を斬る事にあるとおもっていたのだから。

「ああ、使う側の人間じゃない」

 メハルは、ぽつりと、しかし、確信を秘めた声ではっきりといった。


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