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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
魔剣呪状

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16.奇妙な三人の奇妙な夜

 それにしても、まったく、妙な取り合わせになってしまった。シャーは部屋のうちをぐるりと見回して、軽く唸る。

 目の前には、無表情なリーフィと、こちらも、普段はさして表情を変えないジャッキール。

 シャーとしては、なんでこんな奴がここにいるのか、正直よくわからないわけだが、リーフィが助けてあげてというので、むげにもできない。これで、ジャッキールが怪我をしていなかったら、問答無用でたたき出してやるところなのだが、そういうわけにもいかない。

 そして、何故だろうか。ジャッキールがいると、空気が妙に重くなる、というより、冷たい気配がする気がする。いいや、それは、比較的表情の薄い二人がこの部屋にいるからかもしれない。どうやら、そう感じているのはシャーだけらしく、リーフィなどはいたって平気そうだ。

 それに、ジャッキールのほうは、と、シャーは、黙っているジャッキールのほうを見やる。

 ジャッキールは、不機嫌そうな顔ぐらいしかしない男だが、これでもなれると結構人並みに喜怒哀楽を表しているのがわかる方だ。しかし、それをわかるには、まず、彼の周辺に漂う危なげな雰囲気を取り払わなければならないので、初対面ではなかなかわからないことが多いのだが。

 少しだけかかわりを持ったシャーには、それでも何となくわかるのだ。ジャッキールのやつ、今日は妙に表情が柔らかいのである。とはいえ、彼の表情の変化など微々たるものなのだが。その視線の先に、リーフィがいるのは、明白だ。遠慮がちに、ちらりとリーフィに時折視線を送っては、すぐに逸らしている妙に不審なジャッキールに気付いて、シャーは不意に口を開いた。

「しかし、タフな人だね~。そんだけ斬られてよく動けるな」

「貴様とは精神的鍛錬が違うのだ」

 そういうジャッキールに、シャーは冷淡に言った。

「……頭の基本構造が違うだけじゃない?」

「な、なんだと、それは! どういう意味だ?」

 先ほど、不躾だとか言っていたくせに、ジャッキールは今度は本気で剣を抜きにかかる。使える右手がさっと柄をにぎりかけたのをみて、シャーはあきれたようにいった。

「ホント血の気が多いなあ。もうちょっと血抜いた方がいいんじゃない? あんた、貧血で倒れるぐらいがちょうどいいってば」

「む……」

 ジャッキールは不機嫌そうに唸ると、剣を一度手放した。

「でも、ということは、アンタ、夜な夜な追っかけたり追っかけられたりしてたわけ?」

「昼間は役人がうるさくて出歩けんからな」

「そりゃー、返り血浴びてうろついてれば誰でも……」

「俺ではない!」

 思わずジャッキールの声が高くなった。

「でも、犯人のあとおっかけて、そのたび目撃されてちゃ、疑われたって仕方ないよ」

 シャーは冷たく言った。それに、うっと詰まってしまった、ジャッキールは歯切れが悪い。

「し、しかし、それ以外に方法がないからだ」

 あまりにもまっすぐな答えに、シャーはため息をついて、横目でじっとりとジャッキールを見た。

「もしかして、ジャッキーちゃん。アンタ、前々からそうかなあって思ってたんだけど……めちゃめちゃ要領悪いの?」

 図星を指され、ジャッキールは、思わず顔色を変えた。

「だだ、だっ、黙れ! 俺は自分に出来る範囲のことをできることからしたまでだ!」

「出来る範囲のことっていっても、探せばあれこれあるじゃない。人を使うとかさあ」

「人を使うだと?」

 ジャッキールは片眉をひくりと動かした。

「そう、金貨の一つでもやりゃー、そのぐらい教えてくれるって。まー、オレは金がないからやらないけど、あんたそこそこ持ってるでしょ?」

 シャーがそういっても、ジャッキールは返事をしない。最初は負け惜しみかとおもったのだが、どうやらそうでもないらしいのだ。

「アレ?」

 シャーは、途端、口元をにやつかせた。彼には、ジャッキールが黙ってしまった理由がわかったのだ。

「アレアレアレ。もしかして、ジャッキーちゃん、やりたくてもそれが出来なかったわけ?」

 そういって、視線を向けると、ジャッキールは、はっきりとそれを逸らした。やはりそうだ。シャーはいよいよ自分の考えの正しさを知る。

「あ、もしかして、お金ないの? ないんだろ? ないんで、人を雇うだけの余裕なかったんでしょ?」

 うぐ、と一瞬はっきりとつまったジャッキールだが、慌てて咳払いをして平静を装う。

「か、金など、俺のような流れ者にはさほど必要のないものだ」

「カッコつけちゃって。結局、オレたち仲間じゃん。無一文仲間てやつ?」

「き、貴様と一緒にするな! 俺は、貴様と違って、仕方なく……! そ、そもそも、俺が職を失ったのは、貴様のせいなのだぞ!」

 ジャッキールは、珍しくあからさまに私情をあらわした。

「そもそも、平和な世の中では、俺たちのような傭兵は雇い主が少ないんだ! 大体、ラゲイラのところは、貴様のせいで辞めざるをえなくなり、ラゲイラの関係するところには近づけなくなったのだ。この上で俺に簡単に働き口が見つかると思うか!」

 後一つ付け加えれば、ジャッキールのような危険な男を雇おうなどと考えるのは、大人物か愚か者ぐらいである。そういう意味でも、ジャッキールは、他の傭兵達より不利であった。

「あーら、逆切れ? そりゃ、ま、ねえ。……いや、いいのよ。あの時、助けてくれたことは俺だってありがたかったしさあ。でも、あんたちょっと人を斬りすぎなのよ」

「……ふん、普通の生活ができないことなど、とうの昔に悟っている。俺にとっては、生きるすべはそれしかないのだ……」

 ジャッキールはそういいきると、剣を腰の横に立てかけた。

「まあ、別にいいぜ、オレは。オレに危害が加わらないなら。そこまで覚悟決めてるなら、オレが突っ込む余地ないし」

 道徳的にちょっと問題はありそうではあるが。シャーは、そんな一言を心の中で呟いた。丸腰の市民には手を出さないだろうから、そのあたりは安心だが、それにしても、相変わらず紙一重な男だ。

「そろそろ、遅くなってきたわね。あなた達もお疲れでしょう?」

 そう声が聞こえ、シャーとジャッキールは、一度話を切った。色々と準備やらなにやらをしていたらしい、リーフィが部屋に戻ってきていった。

「そうだね。そろそろ遅いし」

 シャーが同調するが、よく考えると自分はどうなのだろう。リーフィとジャッキール二人というのは、どうかとは思う。とはいえ、頭の固いジャッキールのことだから、そんな軽薄な真似はしないとは思うが。

「そうね。シャー、あなたもよかったらうちに泊まっていくといいわ」

「え、マジ、ホント?」

 思わぬ言葉に、シャーは思わず立ち上がった。

「もう遅いし、私もあなたがいてくれるほうが安心だわ。ほら、追っ手が来たら、私だけでは言いつくろえないとおもうの」

「そ、そう? それじゃあ、お言葉に甘えて」

 シャーは、へらへら笑いながら答えた。さすがに今から家に帰るのも、妙にだるいところがあったし、曲がりなりにもリーフィの家に泊まれるわけなので、シャーとしては願ってもないことだった。まあ、一人黒くて鬱陶しい邪魔者がいるわけだが。

「それじゃ、ちょっとこっちの部屋から毛布とってくるわね」

 リーフィがそういって、もう一つある小さな部屋に消えていくのを見送りながら、シャーは、妙ににまにました顔で呟いた。

「えへへ、曲がりなりにも一つの屋根の下ってことねえ。なんか進歩じゃない、オレ」

 二人っきりでないうえに、リーフィの口調が色気のさっぱりない雑魚寝を宣言していた気もするが、まあ、それは置いておこう。

「……別の部屋は基本だよね。うん。でも、まあ、もしかしたら、何か……」

 淡い期待を口にしながら、シャーが顔をゆるめたとき、いきなり後ろから声が聞こえた。

「……貴様あ! 何を不埒なことを考えているか!」

 シャーの独り言を聞きとがめたのか、いきなりジャッキールが声をあげたのである。

「貧血起こすよジャッキーちゃん。けが人は大人しくねてればあ?」

「貴様の発言は、聞き捨てならん!」

「なんだ、この人斬り男。自分だけくつろぎやがって!」

 シャーは、案外嫉妬深い男である。しかも、女性の方には事実を知るのが恐くて真相すら確かめられないので、相手の野郎に怒りの矛先が向くあたり、よしあしはともあれ、とにかくそういうところにはだめな男なのだ。

 久しぶりに、その病気が顔をだしたのか、シャーの口調はやたらと妬ましげだ。

「シャー、彼はけがをしているんだから、もう少し優しくしてあげないと」

 ふと、リーフィの声が向こうから聞こえた。シャーの声に、何か喧嘩しているのだと思ったらしい。

「リーフィちゃん。大丈夫。コイツは、殺しても死なないから。黒くて丈夫で鬱陶しいところは、何かとそっくりだな。オッサン」

「鬱陶しいだと! それだけは、貴様にだけは言われたくないぞ!」

 さすがにシャーに言われるのは、ジャッキールも傷つくのかもしれない。リーフィは、一度ひょいと顔を出した。なにやら、険悪なのだか、どうなのかわからない雰囲気だ。だが、何となくそれにほほえましさを感じて、リーフィはくすりと笑うと、再び部屋に姿をけした。シャーとジャッキール、といえば、リーフィが顔を出したことにも気付いていない。

「大体、いーじゃんか、オレが何やってもあんたに関係ないわけだし、それに」

 と言いかけて、シャーは、思わず絶句した。さっと部屋に銀色の光が薄く流れたのである。ジャッキールは、使える方の右手で、剣を握っていたのだ。さすがにシャーの笑みが強張った。

「……な、何抜いてるんだよ」

 だが、ジャッキールの顔は本気だ。ぎらつく美しい剣を、使える右手だけで握りながら彼は言った。

「この期に及んで不逞を働くなど、俺は許さんぞ、アズラーッド!」

 さすがにジャッキールだ。本気でにらまれると、こんな、ともすれば笑える事態なのに、ざーっと背筋に悪寒が走る。ジャッキールは、真剣な顔をしたまま、低い声で言った。

「あの婦人に不埒なことをしたら、問答無用で俺が斬る!」

「な、何、そのマジな顔は……。アンタ、普段相手斬ってる時でもそんな顔しねえくせに」

 シャーは、迫る鬼気をはらいのけるように、少々面食らった様子で言った。

「黙れ! あの婦人には絶対手を出させん!」

 ほんの少しだけ、顔を赤らめつつそんなことを言うジャッキールの目は、それでもこれ以上ないぐらいに真剣だ。こんなジャッキールの顔を見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。戦っている時、ジャッキールの方は、いつもどこか余裕があることが多いのだ。だが、目の前にいる今のジャッキールには、そういういうものが一切ない。おまけに、それが怪我のせいでないことがすぐにわかるあたり、シャーは笑いをこらえるのに必死になった。

 まったく、どこまで頭の固い奴なんだか。

「……なんでえ、若者の健全なお付き合いを邪魔するつもりか、このオヤジ!」

 半笑いで、わざと乱暴なものの言い方をするシャーに、ジャッキールは予想通り噛み付いてきた。

「何が健全だ! 貴様の如き、精神きわめて下劣な輩が何を健全な付き合いだ? あのような美しく清楚な娘を前に、よくもそのような不謹慎な……」

「ちょ、ちょっと待った……」

 自分で仕掛けたくせに、シャーはもてあまし気味に手を振った。

「あのねえ、ジャキジャキ。正直、言い方がガチガチすぎてなにいってんのかわかんない。噛み砕いていってくれる?」

「あら、何か楽しそうね」

 ふと声が聞こえ、いつのまにやらリーフィがそこに立っていた。この娘も、何となく気配が薄いというか、気がついたらそこに立っている感じである。

 シャーはともあれ、ジャッキールのほうは驚いたせいか、上官の前の武官みたいな直立姿勢になった。何せ、ジャッキールの右手には、ばっちり剣がおさめられている。先ほどシャーに、こんなところで剣を抜くのは礼を失するとかいった手前もあり、それを慌てて隠すようにしていた。リーフィの視線を受けて、なれない微笑を浮かべる様は、笑えるを通り越して、ちょっとだけ哀れになるところもある。

(ったく、マジメに反応しやがって! アンタが心配しなくても……。リーフィちゃんは、アレで、中身が下手な男より、妙に男らしいから。ふっつーに雑魚寝しましょうっていう男らしい宣言だよ、アレ)

 シャーはそういって、やれやれとため息をついた。ライバルになるのかどうだかしらないが、またリーフィの周りに厄介な虫がついたのは確かなようである。いや、虫というより、むしろ狂犬でいいかもしれない。しかも、ゼダとは違う方向で妙に扱いづらい……。



 *



「ちっくしょー! ったく、一体何考えてやがるんだ」

 メハル隊長は、夜空にそう吼えた。

 結局部下達は、連中に巻かれてきたらしく、全く情報を持ってこない。探させてはいるが、自分の直属も、そうでない奴も、どうしてこんなに平和ボケした奴が多いのか。

「将軍の軍で鍛えなおされてくればいいのに!」

 メハルは、かつてさる将軍の下で戦っていた時のことを思い出して、そんなことを呟いた。あの人なら、ああいうどうしようもない奴は許さないに違いない。とはいえ、そんなことをいっていても、埒が明かないのだ。メハルは、自分でも情報を求めて夜の街を彷徨っていた。

 このあたりの道は人気が極端に少なくなる。廃屋同然の家も多く、人が全く住んでいない区画もあるほどだ。そのため、争いごとが起こっても、隠蔽されやすい地域であるし、そういう地域で起こった事件や揉め事には、基本的に役人の目が届かないことが多い。いいや、届かないというより、関わりたがらない、といった方がいいのかもしれない。

「このあたりにいておかしくないんだがな。持ち込まれたって情報はそもそも……」

 メハルは、眉をひそめて顎を撫でた。先ほど飲んだアルコール分は、全て吹っ飛んでしまったのか、隊長の顔にはひとかけらの酔いも感じられなかった。一見思慮深そうな印象はないが、メハルは見かけによらず、かなり冷静にものを見られる男だった。

 ひたひたと道を歩く。部下達は、死体すら見つからないといったが、それは部下達の目が悪いからだ。目でみなくても、今夜は妙に鉄の匂いの漂う晩である。街中よく探せば、流血の後がいくつもみつかるに決まっている。

 と、ふとメハルは、目の前に二人ほどの男が地面を見やりながら何かを話しているのを見つけた。ごろつきか何かかと思って、軽く一喝してどかせようと思ったが、メハルは一瞬動きを止めた。その男達は、剣を抜き身のままで握っているのだ。

 は、と男達の方が先にメハルに気付いた。振り返った彼らは、いきなり切りかかってきた。メハルは、素早く彼らをかわし、壁際に身を寄せた。

「なんだ! お前達は!」

 メハルは斬りかかってきた男達を軽く払い、剣を半分抜いた。見事な作りの剣がさっと光を放つ。それをみたせいなのか、それとも、メハルが役職についていることがわかったのか、彼らは一瞬戸惑った後、慌てて先ほど見ていた方向とは別の方向に逃げていく。追おうと思ったが、メハルは何かを認めて立ち止まった。先ほど彼らが見ていたものが目に入ったのである。

「チッ! 仕方ねえ」

 メハルは、舌打ちして周りを見回した。ランプの光を近づけると、ゆれる炎に照らされた路面に、なにやら血痕が落ちている。先ほど襲ってきた連中の血ではないと思うのだが。

「さっきの奴ら、これを追ってきたのか?」

 メハルは首をかしげた。そっとその血糊を追ってみるが、少しいったところで血痕は足で踏みにじられて消されていた。その向こうまで行くと、今度は水を撒かれたあとがあるのだが、メハルはそこまで歩かなかったのでそこには気付いていない。

「追ってる奴が怪我でもしてるのか?」

 メハルは腰を上げて、周りの家々を見回した。もう少しいくと住宅街があるはずだ。たたき起こして、ちょっと尋ねて見るのもいいかもしれない。思わぬ事情を知るものがあらわれるかもしれないのだ。

 深夜だが、職務熱心なメハルには、そんな相手の事情はどうでもよかった。メハルは早速、そちらに向かおうと足をすすめかけたが、

「どこにいくんだい?」

 ふと、声が入ってきて、メハルは再び腰の剣に素早く手をかけた。相手は恐らく一人だ。闇に男の白い服が透けるように見えた。だが、はっきりとわかる気配は一人なのだが、何か違和感がある。正面からくるのは一人だが、その背後に気配を押し殺しているような者達が何人かいるのだ。

「まぁ、まちな。まずは話を聞いてくれ」

「何の話をきけだ? オレが誰だか知っているのか」

「知っているよ、メハルさんだろう」

 男はそういって、月の光の下に姿を現した。白髪か、と思ったが、どうやら薄く銀の色が入っているらしい。切れ長の瞳の結構な二枚目だが、その上品な顔立ちと、先ほどの言葉遣いがどうも結びつかないところがあった。

「今は、都の警吏の隊長をしているとかいう」

 男は、にやりとした。メハルは、警戒しながら聞いた。

「……あんた、誰だ?」

「まぁまぁ、俺が誰かってのは、そう大きな問題じゃあねえだろう」

 男は、やけに崩れた言葉遣いでそういうと、彼は改めていった。

「メハルさんに、少々聞きたいことがあるんだ。ここのところ起きている例の通り魔のことだが。あんたがこれまででつかんでいる、情報の詳細を。少々、俺も色々調べていてね」

「今は調べの最中だ。犯人も捕まってねえのに、そんな勝手なことできるか?」

「あんたには、袖の下もあんまりきかなさそうだな」

 男は苦笑した。

「それじゃあ、これならどうだ」

 そういって、男が差し出したのは、一通の手紙のようだった。メハルは、怪訝そうに眉をひそめた。

「なんだ? 言っておくが、俺たちは陛下の直属だ。どこぞの貴族だか将軍だかの後ろ盾があるからって、言うことをきくとおもうか?」

「まあ、待ちな。……名前を見てからいってくれよ。差出人の」

 そういわれて、メハルは、不服そうな顔のまま書状を開き、ランプを近づけて中を改めた。

「……こ、これは……」

 と、メハルは顔色を変えた。

「あ、あんた、一体誰だ?」

 独特の筆体で書かれた文字には、これ以上なく見覚えがあった。そこには最後にジートリュー将軍の花押が書かれていた。ジートリュー将軍というと、赤い髪の名門軍閥ジートリュー一族の、現惣領でもあるジェアバード=ジートリュー将軍である。

「アンタ、あいつの部下だったことがあるね。よしみでちょいと協力してくれよ」

 男はにやりと笑った。その肩に、夜だというのに、真っ黒なカラスがとまっていた。




  *





 そっと毛布をかけてやっても、ジャッキールは目を覚まさなかった。椅子の背もたれにもたれかかるようにしているジャッキールだが、さすがに少々姿勢がずれてきていた。

前のめりにならなかったのは、傷に響くからかもしれない。だが、そういう状態でも、彼の手の届く範囲に剣がおかれている。旅の生活の長いジャッキールは、常に危険と隣り合わせの生活も長かったのだろう。

「眠っちゃったみたいね」

「意外だなー。リーフィちゃんが近づいたら、起きるかなとおもったけど」

 シャーが近くにいるのは、剣を離していないジャッキールが、反射的にリーフィに切りかかってきたら容赦なく叩き斬るつもり、というのは、少々過激だが、ともあれ、そういうつもりでシャーは構えていた。

 だが、シャーの心配ははずれ、ジャッキールは目を覚ますそぶりもない。疲れているからかもしれないが、ジャッキールは、自分に敵意がない者には驚くほど鈍感なのかもしれない。

「人の気配というより、殺気に敏感なのな。じゃあ、オレは近寄るのはやめといたほうがいいかもしれないな。首飛ばされちゃかなわねえし」

「でも、座って眠らなくてもよかったのに」

 リーフィがそういって首をかしげた。

「うーん、自分では寝てないつもりなんじゃないかな。アレな人だから、女の子の部屋で寝るのは、と思ったんじゃない。でも、体の方がいい加減限界がきてたんでしょ。精神力でカバーったって、限界ってもんがあるんだから。いい加減いい年なんだから、無理することないのに」

 シャーは、ため息をつく。

「今まで口もきいてたし、ホント、不死身だな~、このダンナ。あの傷の入り方からすると、しゃべっただけでも結構響いてたはずだけど。今までよくあれだけ喋れたもんだよ」

「そんなに痛いの?」

「オレが昔この辺やったときでも、結構死ぬかと思ったけど」

 そういって、シャーは自分の胸の上のほうを親指で指差す。

「でも、正直、痛さでいうと、こっちの方が明らかに痛いと思うんだけどね。一応骨は折れてはないみたいだけど、傷は入ってるっぽいし。そういう無駄なまでの精神的強靭さには感嘆するね、ホント」

 あきれたような口調でそういい、シャーはリーフィのほうを見た。

「でも、びっくりしなかった。アイツ、顔は悪くないけど、少なくとも、まともな人間には見えないと思うんだけれども」

「まあ。そういう言い方はよくないわ。確かに、最初はびっくりしたけれど。でも、彼は少なくとも、無差別に人を斬るような人じゃなさそうだったものね。さっき、レルにも会ってきたわ。やっぱり、あの人があの子を助けたみたい」

「なるほどね。話きいて、そうかもしれないとは思ったけれど、まさか……」

 とはいえ、シャーにしてみても、ジャッキールが咄嗟に子供を守ったという事実は、随分と意外なことだった。まさか勝負を捨てるのを覚悟で、そこまでできるとは思わなかったのだ。彼に助けられたことのあるシャーでも、ジャッキールへの評価は、あくまで魔道に堕ちた剣士といったところだったのである。

「……まあ、意外というと意外だな。ちょっとだけ見直したかな」

 シャーはため息をついて、リーフィの方を見た。

「ジャッキールの奴は、オレが知る限り、一番剣に魅入られたような男なんだけどね。今日みたいな月夜で、よくそれだけ冷静になれたもんだ」

 ぱちりとリーフィは瞬きした。

「普通、一度キレると周りがよくわからなくなるから、味方も敵も構わず切り捨てたりするもんなんだが、リーフィちゃんもわかると思うけど、こういう月の夜はアブナイ奴が増えるのよ。月の光って、人間おかしくするのかなあ。でも、それでここまで自分を保ててるってことは、ジャッキールの奴、そういう意味でも天才かもね」

「どういうこと?」

 リーフィが小首をかしげて訊いてきたので、シャーは彼女の方に向き直った。

「オレの剣の師匠が昔言ってたんだが、剣ってのは、人間が使うものなわけ。でも、時々剣に使われる奴が出て来るんだよ。戦場の興奮に酔って、とりあえず目の前にいる敵を全滅させようとしたりね。少々いきすぎちゃう」

 シャーは、眠るジャッキールのほうをちらりと見ながら続けた。

「コイツなんて、戦い始めたら理性が飛んで、目先の戦いしか考えられなくなる奴なんだが、……その割りに、立場がある時はちゃんと周りの状況を見てるんだよ。その子供をかばったときもそうだと思うんだけど、理性が吹っ飛んでる状態から、何かあった時、一瞬で頭が冷えて、ちゃんと正しい判断ができるようになるんでしょ」

 そうでなければ、いくらジャッキールの気位が高いとはいえ、必殺を狙った一撃を止められるはずがない。

「最近はそうでもないけど、……オレなんか、昔、一度いっちまうと見境つかないんで悩んでたことあるんだけどね。その辺の極意はちょっときいてみたいかな」

「そうなの……」

「まあね。でも、オレは、リーフィちゃんといる間は荒れないと思うよ」

「あら、どうして」

「なんだろうなあ。なんか、こう」

 シャーは、自分で言い出したことながら、何故そんなことをいったのかわからずに首をかしげた。

「うーん、なんか、どうなんだろ。なんとなく」

 強いて言うなら、あの涼しげな目に見られると、妙に冷静になれるからだろうか。と、適当な言葉をつけてみたが、シャーにもいまいちよくわからない。ただ、恋愛の情などとは全く別のところで、リーフィは他の女の子と少々違うところがある気がするのだ。もしかしたら、そういうところがシャーにとっても、居心地がいいのかもしれないし、いまいちアプローチしきれない原因なのかもしれない。

「そういえば、あなた達、昔は敵同士だったんでしょ?」

 突然、話を変えてリーフィは、くすりと微笑んだ。

「え、何でしってんの? アイツが話したの?」

「いいえ、何となくそう思ったの。でも、それなのに、意外に仲がいいのね」

「ええっ! いや、仲がいいんじゃないのよ、オレは認めるところは認めてやってるだけで!」

 そういう友達みたいな言われ方をしても困る。シャーは慌てて首を振った。

「いや、ほら、なんつーか、ただの腐れ縁でだよ!」

「あなたも変なところで意地っ張りね」

 リーフィはゼダのことも合わせてそういっているのかもしれないが、それにしてもよりによってジャッキールとお友達とは。

(自分が言うのは平気なんだけど、リーフィちゃんの口からアレと同類扱いだけはやめて欲しい)

 シャーは、ほんの少しだけ不機嫌な顔になっていた。





 リーフィが自分の寝室にいってしまい、シャーは玄関に近いほうで見張りを兼ねて、眠ることになったのだが、その夜、シャーは妙な夢を見た。

 今夜のように明るい月の夜、何故か誰もいない丘に石造りの建物が見える。見たことのない場所だったが、そこに黒髪の美しい女が一人立っていた。黒髪だが、その女は明らかに異国の女だった。どこか世離れした印象は、凛とした気品と妙な神々しさがあり、声をかけることはおろか、覗いているのも後ろめたい気持ちにさせるものだった。

 大きな月が、不気味と美しさの狭間の世界を作り上げている。妙に不安をそそるくせに、しかし、妙に安らかな世界でもあった。



 

 聞いたことのない言葉で歌いながら月を見上げるそれは、もしかしたら、ジャッキールの守護女神だったのか。

 シャーがそんなことを考えるのは、夢から覚めて後である。

 


 不穏な夜は、不穏なままに、しかし、奇妙な安定をたたえつつ更けていった。


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