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8.刀匠の弟子

 次の日、昼間の早いうちから酒場に現れたシャーに、リーフィがにこりと微笑みかけてきた。

 まだ舎弟たちは現れていないらしい。酒場は何となくがらんとしていて、暇そうだった。例の事件が尾を引いているのか、昼間だというのに街にも人通りが少ない。

「あら、シャー、早いのね」

「そりゃあ、リーフィちゃんと約束してたもの。むげにできるわけないでしょっ?」

 そういいながら、自分とリーフィぐらいしかいない、妙に広い酒場の椅子を足でひきよせ、シャーはそこに座った。

「まあ、お世辞でも嬉しいわ」

 相変わらず、何となく恋人同士の会話とは程遠い空気が、背後に漂っているが、シャーも毎度のことなので、疑問に思わなくなってきていた。それに、大体、別に最初から恋人でもないのだし。

「今日は、どう?」

「今日? こんなんじゃお仕事にならないものね。当分酒場も休業っていうところかしら。今日はうちの店長は家に帰ってしまったから、後は、私と他の女の子達が夕方までに閉めて帰ろうってことになっているわ」

「なるほど。大変だね」

「仕方がないわ。それに、早く終わった方が、私達も安全だし」

 リーフィは、シャーに茶を出しながらそういう。

 そういえば、と、ふいにリーフィは眉をひそめた。

「昨日、私と別れてから何かあったでしょう?」

 唐突にリーフィにそういわれ、シャーは一瞬きょとんとした。

 リーフィの表情は、明らかに、「あなた、昨日刀を抜いたわね」という顔をしている。シャーは、少々驚きながら髪の毛をかきやった。

「……勘が鋭いなあ、リーフィちゃん。な、なあんでわかったのかな?」

「ちょっと今日は顔つきが違うような気がするわよ」

「え、そう。ちょっと殺気ばしってるとかそういう? いつもより、凛々しい?」

 期待を込めて、シャーが笑いながらそういうと、リーフィはなんでもないように答える。

「というより、いつもはもっとふらふらしてる感じなんだけど、今日は比較的緊張感がある感じがするのよ」

「……そ、そう」

 誉められたと思ったシャーは、思いも寄らない返事に少々がっかりである。

「でも、大体、斬りあいをやった後のあなたって、そういう「感じ」がするわよ。何かあったのね、やっぱり」

「んー、まあ、ちょっと。でも、特に大事にはならなかったから大丈夫だよ」

「様子を見ていればわかるわよ」

 リーフィは、にこりとした。シャーは、思い出したようにリーフィに訊く。

「そういえば、昨日三人ぐらい斬られたとかいう話ない?」

「いえ、今日は誰も」

「ん? ……誰も?」

 シャーは、何かひっかかったらしく、茶を飲む手を止めた。

「ちょっと待って。なんか斬られた人とかいなかったの?」

「ええ。少なくとも今日はそういう騒ぎはないわ」

 ということは、昨日ジャッキールが切り捨てた連中はどうなったのか。一般人ではないとは思ったものの、片付けられたということは、そこそこの実力のある人間が関わっているとしか思えない。

「それよりも、シャー……」

 するりと流してリーフィは、シャーを呼んだ。

「昨日あなたが言っていた人の話だけれど」

 シャーが、リーフィのほうに顔を向けかけたとき、ふと、扉が開く音がした。

「おや、今日は休みなのかい?」

 見慣れない青年が、入り口に立っている。年は、シャーよりも少し下ぐらいに見える。

「まあ、半分開いてて半分閉まってる感じかな?」

「お客さん?」

 リーフィに聞かれて、青年は首を振った。どこかぶっきらぼうな印象もあるが、それ以上に素朴さの方が強いようだった。都の人間でもなさそうである。

「いや、少々人を探しているんだが」

「人探し?」

 シャーは、何か気になっていたのか、例のごとくサンダルを履いた足を組んでいたのを、ちょっと解いた。 

「あれ? ……ちょっと」

 急に何かに気付いたらしく、青年が今までとは違う様子で、ずんずんと早足でシャーに近づいてきた。

 ここで美人のリーフィに目が行くのは自然なことだが、シャーの方に注目がいくのは珍しい。おまけに、青年はシャーの顔を見ているのではない。伸び上がるようにして座っている彼の、ちょうど右手の辺りに視線がいっているのだ。

 実は、シャーは、腰に剣をさしたまま、手持ち無沙汰な右手を剣の柄の上にかけていた。

 別に何の変哲もないシャーの手に興味はないだろう。ということは、その右手の下にある刀をみているのだ。

「あの、その剣……」

「え? 何?」

 シャーは、腰にさしたまんまの刀の柄を握って少々上にあげる。

「これかい? コレが何か?」

 きょとんとして青年を見上げると、青年は少々遠慮したのか、ああ、と慌てていった。

「いや、珍しい剣だなと思って」

「んん~、まぁ、そうかもしれないなあ」

 シャーは、曖昧に答えながら、ちらりとその青年の腰にある剣を見やった。その柄に少々装飾がしてあるが、その装飾の様子が誰かの剣を彷彿とさせた。おそらく、剣自体もその誰かと同じ、西方の反りの一切ないもののようだ。

「それは使えるのかい?」

「いやあ、飾りにさしてるだけだよ」

 シャーは、すっとぼけてそう答えた。

「ちょっと見せてもらってもいいかい?」

 青年の目つきがどうも違っている。ああ、いいよ、といってから、シャーは、腰の帯から鞘ごと剣を抜いて青年に渡す。

 礼を言うのも忘れ、青年は刀を大事そうに受け取った。その間に、シャーは軽く相手の腰にある剣を見やった。どこかで見覚えがあるような細工のある剣だ。一瞬わからなかったシャーだが、それがジャッキールが昨夜握っていたものに、似た細工があったことを思い出す。

「抜いてもいいのかい?」

「そりゃあ、刀を見るに抜かないわけにはいかないでしょう?」

 そういうと、青年は、いても立ってもいられないように、鞘から刀身を抜く。シャッという音と共に引き抜かれた剣は、何故かいつもと印象が違うような気がした。

「すごいな、コレは……」

 青年は、それを窓から入る光の方に透かす。砂漠の強い太陽の、それでも少ししか入らない光に照らされて、刀身は澄んだ色を見せる。

 シャーの手にある時は、なぜか普通の剣なのに、飾りの入った鍔にその刀身は、特別に美しく見えた。 

「……見たことのない剣だけど、……これはすごい」

 シャーの持っている刀が、名刀なのは、実は素人目でもわかることである。そもそも、こんな刀が珍しいこの地方だ。その中では、この剣はよく目立つ。それに、大体、この刀を作っている鉄の質も少々違っているものだ。青みを帯びたような刃がすらりと光り、うっすらとした刃紋が浮かんでいる。芸術的に綺麗なわりに、どこか陰に引き込まれるような、何とはいえない不安さをもたらす剣でもある。それが東方の刀に特有なものなのか、それとも、この刀が特別なのか、それはさすがの青年にも、シャー本人にもわからない。 

「これは、東方の刀だな。遠くからきた商人が、一度持ってきたのを見かけたことがある」

「よく知ってるね。お兄さん、アンタ、鍛冶屋さんか何か?」

「ああ、一応は?」

 それをきいて、シャーは、彼の中では全てのことに合点がいった。

「そういえば、人を探してるっていってたでしょ? アレは?」

「あ、ああ! そうだった」

 慌てて青年はこう話しかけてきた。

「ジャッキールとかいう男を知らないか? 傭兵だし、こういう酒場には立ち寄ると思うんだが」

 シャーは、内心やはりか、と思ったものの、外にはそれを出さない。青年は、続けていった。

「黒い服を着ていて、オレと同じような剣を持ってる長身の男だ。目立つ方だと思うんだがな」

「うーん、今のところは見てないかな、でも、一体なんなんだい?」

 シャーは、あえて知らないふりをする。

「あんたも知ってるだろう。都でなにやら人殺しがあるっていうじゃないか。それと関係するかもしれないんだ」

 青年は続けた。

「……オレはテルラといって、ハルミッドという鍛冶屋の弟子なんだが」

「ああ、この前殺されたって言う噂の?」

 わかっていたくせにシャーは、ぱちんと指を鳴らす。

「ん、ということは、アレか。あの事件とこの事件って繋がってるのか?」

「オレはそう思っているんだが」

 テルラがなにを言いたいのか、シャーにはもうわかる。

「なるほどね。で、君はお師匠さんを殺したのが、そのジャッキールってヤツだって?」

「ああ。間違いない」

 熱っぽい声でテルラは言った。

「オレはあいつが師匠の隣で返り血浴びているのを見たんだ!」

(そりゃー、返り血を浴びないように避けるとか考えない男だからね。あのダンナ)

 シャーは、心の中であきれた。そんな姿を見られれば、濡れ衣の一つや二つ、かぶったところで文句の言いようもないのだ。だが、それもジャッキールらしい気がする。ついで、いくつか身に覚えのない悪行をくっつけられているような気もしないでもない。

 濡れ衣、とジャッキールがいったのは、つまり鍛冶屋殺しが濡れ衣だということだろう。それと今回の事件は深く結び付けられている。そのついでで真夜中の辻斬りの罪までかぶせられた、とジャッキールは考えているのかもしれない。

(ものっすごく要領悪いな……)

 シャーは、素直にそう思う。そう考えると、あのジャッキールも可愛そうになるわけだが。

 しかし、いよいよジャッキールが、そのハルミッドという鍛冶屋の剣を一本持っているのは間違いない。

 ハルミッドの剣というのが、あの剣であるなら、ジャッキールが昨夜、自分の命ごと剣に預けるように戦っていたわけが判った気がする。

 ということは、ゼダが刀好きのボンボンが関わっているといったことも頷けた。たしかに、あれぐらい綺麗でぞくりとするほどよく斬れる剣なら、一度は手にしたくなるのが、収集家の(さが)というやつだろう。収集癖はないシャーでも、よほど気になったぐらいだ。

「どうだろうか?」

 テルラに言われて、シャーは彼の方に目を返した。

「うーん、今のところ見てないんだけど。何か目立つひとっぽいし、何かあったら教えてあげるよ。オレ、結構この辺歩きなれてるしね」

「ああ、ありがとう。しばらく、この近くに宿を取っているから。もしなにかあったら教えてくれ」

 テルラは、シャーにそういわれて深く頷いた。協力を得られてほっとしたのか、彼の顔はどこか安堵しているようだった。

「それじゃあ、今度は酒場の開いているときに来る」

「ええ、ごめんなさいね。ありがとう」

 挨拶したテルラにリーフィがそう答える。と、そのまま帰りがけたとき、一瞬、テルラはシャーを見て不審そうな顔になった。飾りに持っているだけ、といった剣が、どうしてあんな珍しくて見事な剣だったのかが気になったのかもしれないし、シャー本人の空気にも引きずられた部分があるのかもしれない。普段は手の内を見せないようにはしているが、シャーも剣士としての空気をそっと引きずっている。

 だが、最終的には、シャーののん気な様子を見ていると、どうも思いすごしだと思ったらしい。テルラは、もう一度こちらをみてから、店の外に出て行った。

「シャー」

 彼が外に出て行ってしまってから、リーフィがシャーの反対側の椅子に座って彼を見やりながら言った。

「何か知ってたのにわざと言わなかったでしょう?」

 言い当てられて、シャーは、再び眉をひそめた。

「う、それも気付いちゃったの? ……す、するどいなあ」

「ええ、なにかその人について知っていたのね?」

「知ってるけど、ちょっと突き出すとややこしいことになりそうだから、黙ってることにしたんだ」

「何か事情があるのね。わかったわ」

 勘のいいリーフィのことだ。詳しく話さなくても、そのジャッキールという名前の男が深く関わっているのをよく知っている。

「そういえば、オレになんか言いかけたけど、なんかあったの?」

「あ、そうそう。シャー。昨日あなたとゼダが言ってた男のことだけど」

 リーフィが、そんなことを言ったのでシャーは身を乗り出した。いいタイミングだ。シャーとしても、そのあたりのことについて、今考えていたところなので、それを教えてもらえると助かる。

「え? 何かわかったの?」

「ええ、その人がどういう酒場に遊びに行くかとか。その人の部下がどこにいるかとかそのあたり。この周辺ではないけれど、知っている酒場よ」

「へえ、詳しいなあ、リーフィちゃんは」

 シャーが感心したような口調でいう。

「まあね。酒場で働くものの横のつながりってものもあるのよ」

「なるほど」

 割と動じないリーフィは、酒場で働く女の子たちのなかでも、実は頼れる姐御なのかもしれない。一見そうでもなさそうにみえるのだが、信任はあつそうだとも思う。

「そこで考えたんだけど」

 リーフィがいきなり提案してきたので、シャーは、きょとんとしてリーフィを見上げた。

「ど、どうしたの?」

 どういうわけか、その時、いつも冷静なリーフィの目が少々輝いて見てたのだ。正直、感情を表に見せることがほとんどないリーフィなので、本当は、その輝きなど、些細なものかもしれなかったが、シャーには非常に印象的だった。

「ちょっと、探りをいれてみない?」

「み、みない? って、刀好きのアブないかもしれない貴族だよ……」

 リーフィが唐突にそんなことを言ったので、シャーはやや慌てて言った。すると、リーフィはこくりと頷く。

「ええ、その人だと危険だと思うの。だから、その人の部下あたりに探りを入れてみるのはどうかしら」

「い、いや、でもさあ。ちょっと危なくない?」

 シャーは、なにやら積極的なリーフィに妙に危機感を持つが、リーフィのほうは、なにやら自信ありげだ。 

「大丈夫。それほど危なくないと思うわ。ちょっと聞き出してみようと思うの」

「ええっ! ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫よ」

 にこり、とリーフィは、珍しくはっきりと笑った。そんな素直な笑顔を向けられて、シャーは、思わずドキリとした。

「私に任せて」

 笑顔でそういわれると、シャーがリーフィに逆らえる道理もない。

 結局、その日、店を閉めてからシャーはリーフィと共に行動に出る羽目になることになった。


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