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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
魔剣呪状

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32/209

3.連続通り魔事件


 月明かりが妙に明るく冴え渡る夜だった。空気が澄み渡っているせいか、空は凍てついたようだ。月の光もまた冷たい。

 もうすぐ満月になるのだろう。大きく満ちつつある月が、何となく不思議な魔力を感じさせるようだった。

 パリーアは帰り道を急いでいた。酒場で働く彼女は、常に夜に帰りになる。それはいつものことであるし、その日も別にこれといって変わった夜ではなかった。

 ただ、最近妙な噂を聞くことがある。王都のどこかで殺人事件が起こったとかいうのだ。しかも、道行く人を突然斬り捨てた通り魔のような男がいるとか、そういう不気味な噂だった。

 とはいえ、それは王都のどこかでの話で、別にこの近くでの話ではない。そう思ってみると、パリーアにはとても遠いことのように思われるのだった。

(もう少しで家なんだもの。早く帰ってしまおう)

 そう思うと、パリーアは、温度が下がる砂漠の夜に、羽織っていたショールをきゅっと握った。

 と、不意に前のほうで、何か人の声がした。言い争うような声だったが、顔を上げると、人影がわずかに揺れているのがわかった。

何のことはない。酔っ払いが誰かに一方的に絡んでいるようだ。酒場づとめのパリーアには、別段珍しいことでもなかった。あまり関わらないようにして通り過ぎよう。そう思って、彼女が足を速めようとしたとき、わめいていた男の声が、突然甲高い悲鳴に変わった。

 どさりという鈍い音と共に、月影にシルエットが浮かび上がる。ばっと男がこちらを見た気がして、パリーアは身をすくめたが、それはすぐにその場から立ち去った。

 何が起こったのだろう。今。

 パリーアは、嫌な予感にとりつかれつつも、見なければいけないような気がして、そうっと音のした方に歩いていった。

確かにそこには誰かが倒れているようだった。月の光のせいで黒い影が地面に落ちている。

「あの……」

 そう声をかけようとして、パリーアは、ひっと息を飲み込んだ。月の光があまりに明るいものだから、暗い夜でも一体先ほど何が起こったのかすぐ理解できた。影の落ちた地面には、影でない黒が徐々に広がりつつある。それが、血であることは、想像力を駆使するまでもなく容易にわかることだった。

「おい……」

 唐突に、陰気な低い声がして、パリーアはびくりと身をすくめた。背後を振り向くと、そこには背の高い男の影がある。その男が剣を持っているのを見て、パリーアは、先ほどのシルエットの男が戻ってきたのだと思った。

「あああ……」

 震え上がりながら、思わず後ずさる彼女を見ながら、男は軽く首をかしげた。背の高い男は、全身黒い服を着ていた。その顔は冷たく、月明かりを浴びても、なお、青ざめているようだった。

「よ、寄らないで……!」

「待て。俺は……」

 男は、首を軽くふり、彼女の方に手を伸ばす。それを見た途端、パリーアの緊張は限界を突破した。

「きゃあああああ!」

 絶叫して走り出すパリーアは、慌ててきた道を戻り始める。必死で、追いつかれないように走る彼女には、男が呼び止める声は聞こえなかった。

 男は、ちらりとそちらに目を向けるが、逃げた彼女をそれ以上追おうとはしなかった。そして、彼女が先ほど立ち止まっていた場所を見やり、そのままそこにひざまずく。倒れている酔っ払いは、すでに事切れているようだった。

「これは……」

 男は、どちらかというと端正な顔をしかめた。彼になら、それはすぐにわかった。これは、ある剣によって斬られたものに違いない。しかも、その剣は、彼がこの前から探しているシロモノであるに違いないと思った。ハルミッドを斬った手と、それは同じ手口だったのだ。

「まだ近くにいるはずだが……」

 男は立ち上がり、周りを見回した。すでに目標は消えていた。あたりには血生臭い気配が漂うばかりである。

 男は舌打ちすると、黒い装束を翻し、再び月明かりの中から、闇へと姿を消していく。この血の匂いを追っていけば、絶対に目的の人間にめぐり会えるはずなのだ。

「……絶対に逃さん!」

 黒いマントが月明かりの下に広がる。やがて人が集まってくるだろう事を予想しながら、彼もそこから姿を消した。




 王都で起こったその事件は、やがてまた大きな噂へと変わる。そして、そのたびに目撃される黒衣の剣士の噂も、また様々な尾ひれがついて広がっていくことになるのだった――





 


 その日、晴れ晴れとしているのは彼だけだった。

 ザファルバーンの王都の片隅にあるカタスレニア地区。その場末の酒場に、ごろつき崩れの男達が、今日も昼間からたまっている。そんな中に、急に底抜けに明るい声が飛び込んできた。

「やー、皆さん、今日もつつがなく飲んでますかーっ!」

 どんよりした酒場に、場違いに明るく飛び込んできたのは、今日も今日とて、金を持たずに酒場に遊びに来たいつもの三白眼男だった。

 ここ数日ふらっと姿を見せなかったシャー=ルギィズだが、たまに姿を消すこともあるので、別になんらおかしくもない。ちょっと姿を見せないと、どこかでとんでもない目にあっていそうな気もして不安なのだが、隣にいると鬱陶しい。それが、いつものシャー=ルギィズで、今日も相変わらず、いるといるとで鬱陶しい。だが、それでもシャーが現れると、何故か妙に場が盛り上がるのであるが、今日だけはどうも、彼の姿を見ても誰も声を上げようとしない。

 一方、そういう違和感を感じることもないほど、今日のシャーは上機嫌だった。場の空気など全く読まずに、妙に完璧なステップでぐるぐる回りながら、彼は酒場の中に入ってきた。

「今日は、オレものすごい機嫌がいいのよー! 酒を際限なく飲めるようなそういう気分~! ね、お前達、オレにおごりたいでしょう! そういう顔してるよー!」

 くるくるくると回りながらそんなことを言うシャーをみやりながら、みなはため息をついた。

「兄貴、飲んでる場合ですか?」

 カッチェラが冷めた目でこちらを見てきた。

「いまや町中殺人鬼のことで持ちきりですよ」

「ナニソレ?」

 シャーといえば、何も知らないのかきょとんと例の三白眼をぱちぱちと瞬かせている。

「本気で知らないんですか?」

「ぜーんぜん」

 シャーは、肩をすくめて言った。

「ん~? なんかあったの?」

「……数日間姿を見せないと思ったから、寧ろ通り魔の犠牲になってるかと思いましたよ」

 別の弟分が、あきれ混じりにため息をつく。無事だった兄貴は、苦笑した。

「まさか。そんなオレなんか狙われるわけないじゃあない」

 にやりというより、へらりと笑い、シャーは、で、と話を継いだ。

「で、どうしたの? なあにが起こったわけ? 通り魔って?」

「だから、夜中にですね、剣を持った大男が、老若男女問わずに出会った人間を殺すっていう話なんですよ」

 弟分が、いやに深刻な顔になった。

「でも、結構荒事が多いじゃない、この周辺。ヤクザの喧嘩じゃないの?」

「それが、一般人だから皆恐がってるんじゃないですか」

 カッチェラが肩をすくめた。

「夜道を歩いていたらいきなり切り殺されたという話なんですよ。しかも、ヤクザの喧嘩にならないのは、妙な剣を使って殺されているってこともありますね」

「妙な剣?」

 さすがに、シャーの目に一瞬だけ光が宿る。

「ええ、この辺の剣じゃないとかいいますけど」

「へえ。それは、ちょっと気になるね」

 素っ気なさを装いつつ、シャーは、真剣に話に耳を傾け始める。

「ここのところ、連夜で五人は殺されているとかいう話ですが、実際はどうなのやら……」

 アティクが、こわごわといった。

「なるほどね……」

「まあ、一番恐いのは、それに、カドゥサの坊ちゃんが絡んでいるっていう噂ですけど」

 情報通のカッチェラが、ふとそんなことを口にした。

「カドゥサの力にかかったら、結局、金の力でうやむやにされそうな気がしますしからね」

「大体、自分の商売も後ろ暗いところがあるっていうカドゥサ家だからな」

 冷静に話をきいていた、シャーだが、思わずひくりと口元が引きつった。カドゥサの坊ちゃんということは、大富豪カドゥサの御曹司のウェイアード=カドゥサのことだ。そして、そのウェイアード=カドゥサというのは、シャーがネズミ野郎と呼び捨てている、あの二重人格で猫かぶりな遊び人のゼダに他ならないからである。

「最近は、あまり目だった遊びはしてないという話ですが、悪い奴で無茶をするという意味では、あそこの坊ちゃんは有名ですから」

「へえっ、アレがねえ」

 とうとうシャーは思わず口を出してしまった。しかも、その口調が心なしか不機嫌になる。

「まあ、あの好事家ぶりならわからなくもないけど、でも、あいつ、ああいうことするかねえ」

 珍しく鼻息荒く言ったシャーの様子に、思わずカッチェラが首をかしげる。

「あれっ? ご存知なんですか?」

「あ、いえあ」

 シャーは思わずちょっとだけ焦った。

「ちょっとこの前顔見かけて、財布取られて半殺しにされそうになっただけ~」

「そ、それは、大丈夫だったんですか?」

 思わず真剣に心配してくれたのはアティクであるが、すぐに周りの舎弟たちが、彼の肩に手をかけて首を振った。そんなこと真剣に聞いたところで無駄だという話らしい。

「まあ、背の高い男が目撃されているという話もありますけどねえ。どうなんでしょうか。ウェイアード坊ちゃんは、背は高いですが、そこまで大男って感じでもないはずですし」

 まあ、でも、怪しいんですけどね、とカッチェラはいって締めくくる。シャーは、急に黙り込んで顎をなでやった。

(あのネズミが?)

 あまり思い出したくないところはあるのだが、にやりと不敵に笑う、ちょっと目の据わった男の顔が思い浮かぶ。確かに人格的にはどうかと思うところはあるが、ゼダはそこまで無茶をやる男ではない。普段は、従者に身代わりを任せているぐらい用心深い所もあるし、大体に、そんな簡単に疑われるような真似をする男だろうか。

 シャーがふとそんなことを考えて、彼にしては若干複雑な顔をしていると、急に、アティクが、あ! と声をあげた。

「あ、兄貴もそういえば……」

「どうしたのよ?」

 気のない顔でそうきくシャーに、アティクは一瞬息を呑んで続けた。

「そういやあ、兄貴も、変な剣持ってて、背が高いですよね。しかも、数日間行方不明で……」

「な、何よ? オレを疑ってるわけ?」

 弟分たちが急に疑惑の目を向けてくる。シャーは、やや焦った顔をして首を振ったが、疑惑の目を向けてきたと思った弟分たちは、やがてため息をついた。

「いや、兄貴がそういうことできるわけないですしねえ」

「大体に、その殺しをやった人間は、相当な剣の腕があるらしいですし、兄貴みたいなへらへらした奴じゃあ」

「……な、なにそれ……。お前達、オレのこと全然かばってないよね? 兄貴は、気が弱くていい人だから、そんなことするわけない、とか考えないわけ?」

 犯人と間違われなかったのは、ありがたい。しかし、人柄で疑われないのでなく、どうせできやしない、みたいな言われ方はちょっと悲しくないだろうか。シャーが、両手を広げて、そういったのだが、カッチェラはため息混じりに言った。

「兄貴の場合は、まあ、人柄も関わってないわけではないんですよ」

「そうでしょう、そうでしょう。オレにみたいに、善良な奴も珍しいんだから」

 そうきいって、嬉しそうな顔をしたシャーは途端上機嫌になったが、カッチェラは冷たい。

「……善良というより、正直にいうと臆病の範疇ですけど」

「そうそう。人柄っていうより、度胸の問題ですよ」

「お、お前ら、正直、冷たすぎない? なんというか、オレ、今、冷たいものが心を貫き通していったような……」

 シャーは、何となく傷ついたような顔をしつつ、まだ往生際悪く、周りを見回した。普段、これぐらい話をすると、誰かが同情しておごってくれそうな気配があるのだが、今日は本当にさっぱりだ。

「……っていうか、ねえ、お前達、マジで今日は盛り上がらないね」

「だから、そういう気分じゃないんです」

 カッチェラが、しつこいな、といいたげに目を向けてきた。

「そういうことです。今日は集まってため息つく日なんですよ」

「しかも、兄貴とつきあうと夜半まで大騒ぎさせられるから、今日は日が落ちるまでにとっとと帰る予定なんです」

 矢継ぎ早にそういわれ、シャーは、むっと眉をひそめた。

「な、ナニソレ、オレに罪はないじゃない。お前達、ちょっと今からオレに酒をおごろうとかそういう気は……」

「駄目です駄目です。兄貴のちょっとは朝までの間違いなんだから」

 急に冷たく舎弟たちは、腕を組んでそんなことを言う。

「集まって茶を飲むぐらいならいいですけど、兄貴が混じると絶対ながびきますから!」

「お、お前ら、なんつーか、冷たくない? オレがこんなに絶好調なのに……」

 絶好調なのはあんただけ。口には出さないが、舎弟たちの目が如実にそう語っていた。冷たいかたくなな視線を浴びつつ、シャーは、ため息をついた。コレは、今日は粘っても無駄のようだ。

「……お前らノリ悪すぎ。いいよ、オレ、別のところに遊びに行くから!」

 シャーは仕方なくそういって、どんよりした空気漂う暗い酒場に背を向ける。ちら、と、背後を向くと、舎弟たちはいっせいに視線をそらす。あまりにも冷たい。

「もー! 臆病なのはお前達じゃないの~! つーか、お前達、面白いことがあっても、ぜーったい教えてやんない!」

 シャーは、そうはき捨てたはいいものの、内心、自分も落ち込んだまま、どんよりした酒場を後にしたのだった。


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