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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
ネズミとリーフィ
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3.共犯者

 日が暮れて、ゼダはリーフィを酒場の方まで送っていっていた。リーフィは、構わないといったのだが、ゼダがそういう訳にはいかないと言ったのだ。

 夕方の暗がりの街は、そろそろ様相を変え始めていた。道を歩く人たちは、先程までは買い物帰りの親子連れだったが、今は街の盛り場で酒でもひっかけてこようという男達が多く見られる。

 ゼダは、いつもの曲がった剣を腰に落としていたが、先程まで刃を巻いていた布を、いつの間にか外していた。それにどういう意図があるのか、リーフィはわからないが、朝のことがあるので警戒しているのかもしれない。

「もう、ここでいいわ」

 先を歩いていたリーフィは、酒場の方に向かう角の前で、振り返ってゼダにいった。ゼダは、相変わらず上着に袖を通さずひっかけたまま、ゆらゆらと歩いていた。それが彼の癖で、もっとも過ごしやすい格好なのだろう。普段の自分を抑える意味も含めて、ゼダは大人しくしている間は、上着に袖を通すのかもしれない。

「……そうだな、これ以上はいかねえほうがいいだろうよ。オレも、こんな態度であんたのとこの酒場の連中に顔を覚えられちまったら、後々不便だからな」

 ゼダは、へへへと目を伏せるようにして笑いながらそういう。

「今日は、あれこれありがとう」

「飯をおごって話をしただけだろ? あんたみたいな美人と同席できたんだから、オレの方が礼を言いたいね。意外かもしれねえが、オレは、連中と違ってあまり公然と酒の席にはでられねえから、あんたみたいな美人と口をきいてもらえることは少ねえんだよ」

 ゼダは笑いながら言ったが、リーフィは少し心配そうに眉をひそめた。

「でも、ベイルは、あなたに恨みを抱くんじゃないかしらあなたに、迷惑がかかるようだったら……」

「おいおい、オレは元々、やくざすれすれの世界で生きてるんだぜ。心配は無用だろ?」

 ゼダは笑い飛ばすと、リーフィをのぞき込むようにした。

「アンタは、そんな心配しなくていいんだよ」

 ゼダは、不意に柔らかに笑った。それは、今まで見せたことのない妙に頼りがいのある、純粋そうな笑みだ。

「アンタは、オレ達みたいな生き方の奴と関わる人じゃねえ。……だから、そんな心配する必要はねえんだよ」

 そういってゼダは軽くリーフィの肩に触れた。リーフィは、そのゼダの顔を上目遣いに見上げながら、静かに言った。

「あなた、やっぱりなかなかの遊び人ね」

 ゼダはいきなりの言葉に少し驚いたようだったが、ふと目を伏せて笑った。

「そりゃ褒め言葉とってもいいのかい?」

「かも……しれないわ」

 リーフィがそう答えるのを聞いて、ゼダは曖昧な笑みを浮かべる。そして、ふいに何でもないことのように聞いた。

「あの三白眼のことは、好きかい?」

「そういうんじゃないわ。そうね……強いていえば」

 リーフィは首を振って、ふと少しだけ悪戯ぽくわらったような気がした。

「秘密を共有しているという点では、共犯者と言うところかしらね」

「ヘッ、いい答えだな。気に入ったぜ」

 ゼダは、目を伏せるようにしながら笑い、そっと懐から煙管を取り出してくわえる。それに火をいれようとしている彼を見ながら、リーフィは思い出したように言った。

「あなたも、……変な人ね」

「そうか? オレはきわめてまともなつもりだがよ。……さあ、早く行った方がいいんじゃねえか」

 ゼダは煙草に火を入れて、それをゆっくりと吸いながら告げた。リーフィはうなずく。そろそろ仕事が始まる頃だ。

「ええ、そうさせていただくわ」

 リーフィはそういって、角を曲がろうと身を翻した。と、その時、

「ああっ! リーフィちゃん! こんな所にいたの!」

 不意に聞き覚えのある高い声が聞こえ、リーフィは顔をあげる。明るい大通りから慌てて走ってくる、背だけが高いひょろりとした男の姿が目に入ったからだ。薄暗い中で彼は心底心配そうな顔をして、なにかあったら大変だといいたげに慌ててリーフィの元に走り寄ってきた。

「シャー、どうしたの?」

 リーフィが聞くと、シャーは、やや焦ったように続けた。夜目にもわかるくっきりとした三白眼が妙に印象深い。

「いや、酒場に来るのがちょっと遅かったから、心配になったんだ。なにかなかった? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

「そっか、それはよかった……」

 シャーはほっと胸をなで下ろし、不意に後ろにいる人物を見た。そして、わずかに顔色を変える。

「へえっ、……久しぶりだな、三白眼野郎」

 ゼダが煙を吐きながらそういうのを待たず、シャーは、リーフィを背後にやると、ざっと足を一歩前に出し、低い姿勢のまま右手で腰の刀の柄を掴んでいた。

「てめえっ! ネズミ!」

「誰がネズミだ!」

 ゼダは、不満そうに眉をひそめた。

「オレのどこがネズミだ?」

「ケッ、お前みたいにこそこそしてる奴はネズミでいいんだよっ! 親のすねはすでにかじってるし!」

 シャーは、珍しく早口でまくし立てた。

「シャー、……この人は……」

 リーフィが慌てて取りなそうとしているようだったが、ゼダはニヤニヤしながら言い返す。

「それじゃ、てめえはさしずめ三白眼ネズミってところかよ?」

「やっかましいぃ!」

 リーフィの制止も間に合わず、いきなり、シャーの手元で閃光が弾けた。ゼダは、反射的にざあっと後ろに飛ぶ。ピッと鋭角に上着の裾に切り込みが入った。ゼダは舌打ちをして、飛び様に利き手の左手を自然と刀の柄にやっていた。

 だが、ゼダにもわかっている。シャーは本気でゼダを殺すつもりで剣を振ったわけではない。今のは、ただのこけおどしだ。だから、ゼダは舌打ちをしてにやりとするばかりで、それ以上左手で剣を握ろうとはしない。

「あいっかわらず、その速さには敵わないぜ。……ソレで本気じゃねえとは、恐れ入った!」

「ヘッ、一撃で死なれたら後味悪いから、避けられる速さにしてやったんだよ!」

 シャーは既に刀にを抜きはなっている。

「やる気もねえのに、血の気の多い奴だぜ。出し抜けに抜きやがって!」

「……るせえ! てめえみたいな遊びネズミが、リーフィちゃんみたいないい子に近づく自体が絶対にゆるせねえんだよ! どっか行け! 変態ネズミ! 視界の隅にはいるだけで目障りなんだよ!」

 なるほど、とゼダは、うなずいてにやりとした。この態度からみるに、どうやらこの男なりに嫉妬しているらしいのだ。ゼダは目をふせ、にやにやしながら剣にかけていた左手を解いて、腕組みをした。

「ああそう、だったらちゃあんと用心棒は用心棒らしく、つとめを果たせよなあ」

 ゼダは、くくくと忍び笑いを漏らしながら言った。

「それに、目障り具合じゃてめえにかなわねえだろうよ、三白眼」

「なんだああ! そのいい方は!」

 キッと、シャーは刀を握り直す。ゼダは、まだ煙管をくわえたまま、前に差し出した手を振った。 

「おおっと、今日はてめえなんかとやる気なんざあねえ。オレは、それほどアホには出来てないぜ」

「じゃあなぜ、今日に限って布を解いてるんだ?」

 シャーは、ゼダの腰の剣を見る。確かに普段は布で巻いている筈の剣が、鈍く夕方の光にてらされている。ゼダは、取り扱いに厄介なこの剣を普段はそれほど使わない。余裕のあるときは、ゼダは腰にある短剣で相手をあしらうのだ。それが、このように剣をすでにいつでも使えるようにしているということが、彼の警戒を覗かせている。

 ゼダは指摘をうけて、軽く鼻先で笑った。

「へへへ、そりゃ相応の事情ってのがあんのさ。一応いっとくが、詮索無用だぞ」

「てめえの事情なんて詮索したくもないぜ、どぶネズミー!」

「ああそうかい。それじゃよかったね。てめえに探りいれられるのはごめんだぜ」

 意地になったように言い返してくるシャーに、そう冷たく一言いってゼダは歩き始めた。一度だけ、思い出したように軽く振り返る。

「それじゃあ、リーフィ、気をつけてな」

「リーフィちゃんを馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ!」

 シャーが、妙に鼻息を荒くしながらそう言い返す。シャーにしては珍しいことだと、リーフィは思いながら、去っていくゼダを見送った。暗闇に赤い色は紛れる。すぐにゼダの姿も気配も消えていった。

「くーっ! 何度あっても嫌なやつー!」

 シャーは、忌々しげに吐き捨てた。

「でも、……そう悪い人でもないみたいね」

「ええっ!」

 リーフィがそんなことを言うので、シャーは飛び上がるほどに慌てた。冷静な顔のリーフィを見やりながら、シャーはどもりながら言う。

「ちょ、リ、リーフィちゃん、ダメだよ、あんな遊び人はぁー!」

 あたふたとするシャーを見ながら、リーフィは少しおもしろそうに微笑んだ。

「ふふ、あなたが思っているような事じゃないわよ」





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