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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
エルリーク暗殺指令・中編

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32.野獣の瞳


 どこからか、焦げたにおいがする。

 火事? 建物に使う石材や木材の焼けるときのにおいだ。煙は、宵闇で見えないけれど、確実にどこかで煙が上がっている。

 メイシア=ローゼマリーは、そのにおいに顔をしかめた。

 子供の頃、故郷の村を焼き討ちにされたメイシアは、このにおいが嫌いだ。また悪いことが起こるのでは、と、彼女らしくもなく、不安な気持ちになる。

 炎は全てを奪ってしまう。きっとこんな大きな街でもそうだ。

 メイシア=ローゼマリーは、相変わらずフルドとかいう傭兵に連れられて、路地裏を歩いている。メイシアはこの男を信用していない。ただ、ジャッキールにあわせるという言葉が万一本物であった場合に備えて、一緒に歩いているだけだ。

 もちろん、メイシアはフルドくらいなら、何とか制圧できる自信があるからの行動だった。相方のワズンは大男なので要注意だが、フルドはそれほど力が強くないのが事前にわかっていた。

 メイシアは、短期間だがジャッキールから剣術を教えられている。彼は知るまいが、メイシアには確かに剣の才能自体はあり、賞金稼ぎとしても、同年代の少女としては珍しい程度の成果は上げている。

 彼女の大胆な態度はそういう自信に裏打ちされていた。

「あれ、おかしいなあ」

 不意に路地裏でフルドが呟く。

 おかしいのはわかっている。そろそろ本性を出すつもりか。

 どこかで、メイシアにも、この危険を楽しむ気持ちがある。いつしっぽを出すのかと、そろそろ彼のことをうかがっている。

 しかし、フルド以外の人の気配はない。待ち伏せされている様子ではなかった。彼女はそれを確認してから、反応する。

「ちょっと、こんなところ、誰もいないじゃない?」

 とうとうメイシアは、そう彼に口を出した。

 ここで本性を出してくるかと思いきや、フルドは困ったように愛想笑いを振りまいて、肩をすくめた。

「いや、この辺りなのは確かなんだ。ただ、うまく入れなくて。何かあったかな?」

 何か? 確かに何かしら、あったのではないか。どこからか煙の匂いがするのだから。

 ただの火事? ですめばいいけれど。

「まあいいや。もう少し落ち着いたら状況も変わるかもしれないだろう。ここでちょっと待たないか?」

 フルドは不意にそんなのんきなことを言う。

「は?」

 流石に出方を見ていたメイシアも、呆れてついに辛辣な言葉を吐く。

「アンタなんかとこれ以上話す時間なんか、いらないんだけど」

 そんなメイシアに、フルドはちょっと苦笑する。

「いや、ちょっとだらだら歩いてきたし、喉も乾いたでしょう? どこか近くのお店にでも」

「それさっきも聞いたけど、それどころじゃないから」

 メイシアはそっけなく答えた。

「あたしは隊長に会うために、あんたについてきているのよ」

 メイシアは、きりっと睨みつける。

「もし嘘なら、こんなところ歩くつもりなんかない」

「いや、それはわかったって。でもさあ、なんか、様子が変だし」

 フルドは相変わらず、優しげな愛想笑いを浮かべる。

「じゃあ、このあたりで一回その辺に座って、ちょっと飲み物でも飲んで休もうよ? さっきのところで食べ物とか飲み物買ったしさ」

 メイシアが黙っていると、フルドは小首を傾げた。

「俺も歩き疲れちゃったんだよ。君もそうでしょ?」

 そう言われて、メイシアははたと考え込んでしまう。

 確かに無駄に歩かされて彼女も疲れていた。

 それにまわりの様子がおかしいのも確か。火事というには騒がしくないけれど、きっと何かある。

 そこいらの住人を捕まえて、何が起こっているか、確認したほうが良さそうなのだが、残念な方に道に人がいなさすぎる。

「軟弱よね! 隊長と大違いだわ」

 メイシアは敢えて強気にそういった。

「軟弱なアンタのために仕方ないから、休んであげるわよ」

「えーほんと! たすかるー」

 フルドは軽薄にそういうと、相合を崩し、そのあたりにある木箱に腰を下ろした。

「じゃ、とりあえずこれでも飲んで落ち着こうよ」

 そういってフルドが差し出したのは、飲み物の入った瓶だ。

それを受け取り、薄明かりに透かす。

「なにこれ? お酒?」

 メイシアは眉根を寄せる。

「ちょっと、酔わせて何かするつもりじゃないでしょうね?」

「しないしない」

 フルドは軽く肩をすくめる。

「それはただの果汁と砂糖水を合わせたものだよ」

「本当でしょうね」

「本当だってば」

 フルドは微かに目をすがめる。

「第一、メイシアちゃん、本当にお酒だったとしても酔ったりしないでしょ? お酒弱いってことないよねー。あ、でもお子様だから、まだ早いかな?」

 挑発的なフルドの言葉に、メイシアはムッとする。

「当たり前でしょ! 子供扱いしないで! あたし、お酒飲んだことだってあるんだから! こんな子供の飲み物怖くないわよ!」

 メイシアは、そういうと一口飲み物を飲んだ。舌先に甘い味わいが広がる。

 甘いというより甘ったるいくらいの甘さ。だが、アルコール特有の飲みにくい苦味のようなものはなく、変な刺激はしない。

「ほら、お酒じゃないでしょ」

「ふん。あんたが紛らわしい態度取るのが悪いのよ」

 メイシアは強気にそういうと、実際、街をさまよって喉が渇いていたのもあり、ぐっと飲み物を飲んだ。

 フルドが隠れてそっとほくそ笑む。



「あちゃー、なんか戦況変わった?」

 地上の混乱を目にして呑気に声を上げたのは、先ほどまで屋根の上で周囲をぼんやり見ていた白銀のネリュームだった。

 リリエス・フォミカの部下である彼だが、相変わらず、彼にはまじめに作戦に参加するつもりはない。

 先ほどの目眩しの花火を打ち上げたのを叱られることはなかったが、そのせいで暇をしているのがバレたらしく、戦闘に参加するように人を介在して命令がきてしまった。

「俺、気乗りしないんだよねー」

「ネロ、まだ言ってる!」

「だってー」

 同僚のアーコニアは、彼よりは真面目なので、厳しくいう。

「だってー、三白眼殺すのはやぶさかでないけど、俺、ジャッキールさんは好きだしー、あっち殺すの気乗りしなーい」

 どこか常識の欠けている白銀のネリュームは、こんなときもあくまで遊び半分だ。彼にとっては殺しを含む仕事だろうと、そんな調子でいつだって緊張感はない。

 罪悪感なく何の任務でもこなせるが、気分ひとつで裏切ることもある。使う側からも気分次第でどうなるかわからない。とにかく、てんで真剣さに欠けている。

 アーコニアは、そんなネリュームの性格をよく知っているので、彼の軌道修正を行うように命じられていることが多かった。

 とはいえ、アーコニアも、昨今のリリエスには相当手荒くこき使われている立場なのだ。あと面食いの彼女は、ジャッキールに対してそんなに悪い感情も抱いていないので、今回に限り、ネリュームをことさら追い立てないのだった。

(ま、なるようになればいいわよね)

 どうせ、あれだ。どうなっても、結局、後片付けは自分に回ってきそうだし。だったら、自分に害がなければどうでもいい。

「でも、三白眼のやつ、いなさそうだよねー。暴れてるの、一人だよー」

 遠目に、騒ぎが起きている裏庭の方を見る。裏庭抜ける門の辺りだ。それを透かしてネリュームが肩をすくめる。

 彼はかなり夜目がきくらしく、アーコニアには見えない闇の中の状況がわかるらしい。

「三白眼のひといないなら、あれ、背が高いし絶対ジャキさんじゃん。やだなー、気乗りーしなぁーい」

「じゃあ、やんなきゃいいじゃない」

 剣を準備しつつもそんなことを言うネリュームにイラッとして、アーコニアがそういうと、白銀のネリュームは、ため息をついた。

「だけど、お仕事だかんねー。ま、一回、ジャキさんともお手合わせはしたかったんだけどさ。しゃーない、お仕事お仕事」

 言い訳するようにそういって、彼は剣を背負いながらやれやれと肩をすくめる。アーコニアは、そんな彼に呆れていた。

「アンタ、本当に適当よね」

 徐々に門に近づくと、炎の光で何が起こっているのかアーコニアにも見えてきた。

 やはり、背の高い男が門を背に戦っているらしい。ざあっと先頭の男が鮮やかに斬り倒されるのが見え、彼を取り巻く周囲が広がる。

 背の高い男は、まぎれもなくジャッキールだ。黒い服を着ているのがちらりと見える。一緒にいるはずのシャー=ルギィズがいないので、逃げてしまったのだろうか。

(三白眼のやつも逃しちゃダメなんだけど、いないもんは仕方ないわよね)

 アーコニアも血眼になって、彼を探すつもりはない。ネリュームも追いかけないだろう。

「あー、やっぱり、ジャキさんだー。ここの小物じゃ相手にならないでしょ。俺が出るとしますかー」

 ネリュームは気怠くそういうと、肩の剣の柄をにぎった。

 と、その時、ふっと白銀のネリュームとアーコニアの前に割り込んできた人影があった。

 背は高いがネリュームほど大柄でない。乱れた髪が赤く、夜風に靡く。その髪が赤く見えるのは、炎の光のせいだけではなさそうだ。

「あれっ? アンタ」

 ネリュームがちょっと眉根をひそめる。

 彼にはそこにいるのが、あのアイード=ファザナーだとわかっていた。

 乱戦で乱れた頭巾は外していて、ぼさっとした赤い髪の毛が露わになっている。いつもはシャレものの彼だが、今はマント留めが少し派手なくらいで、やや髪も服装も乱れている。その顔の傷の割に、おとなしいお坊ちゃん然としている、彼にはあまり似合わない荒々しい姿だ。

「カワウソの人、船から降りてきたんだー。いつのまに?」

 ネリュームは静かに舌打ちする。

 アーコニアは取り立てて反応しないが、ネリュームの方はアイードが苦手だ。ネリュームには、貴公子の覆面の裏の、隠された暴力性がみえているらしい。

 その声に反応して、アイードがついと視線だけ彼らに向ける。常は穏やかな彼だが、今のその目つきはケモノのようで、冷たい殺意に満ちている。

 にっと笑いかける。

「リリエスの部下だったな、お前ら」

「そうだよ。不本意だけどお仕事中」

「そうかよ」

 アイードは、冷たい眼差しのままニヤリとする。

「不本意ならこのまま下がってることだ」

「そりゃ、不本意だけどさあ。俺だって……」

 ネリュームは指図されたのが気に食わない。そう言いかけて身を乗り出したところで、アイードが上半身を振り向かせた。アイードは既に腰の剣の柄に手を乗せている。

「止まれ、クソガキ!」

 低い抑えた声でアイードが遮る。

「テメェの都合聞いてんじゃねえぞ。俺の影踏むなって言ってんだ」

「影?」

 確かに炎でアイードの足元には影ができていた。その影をもうすぐネリュームが踏むところだった。

「ふふ、ご機嫌斜めだね。カワウソ閣下」

 軽口を叩くネリュームを、ギラッと睨み上げつつ、アイードは薄く引き攣らせるように口だけ笑う。

「お前、やる気ねえって言ってたよなァ? んん? 餓鬼は寝る時間だぞ」

 アイードの声はどこかドスが効いている。普段はどちらかというと甘みのある美声の彼だったが、そんな美声からは甘さが完全に抜けていた。

 舌打ちしつつ、微笑み彼は吐き捨てる。

「だったら、そこで黙って見てろ!」

「うわー、こわー」

 ネリュームは思わず茶化しつつ、苦笑する。

「はーい、わかりましたよー。でもそれじゃー、アンタが代わりにジャキさんと戦ってくれるってこと?」

「は? てめえの知ったことじゃねえな」

 アイードは荒んだ物言いになっている。

「だが、あの三白眼といい、今日、お前らみてえな餓鬼に邪魔されんのは、いい加減頭にくるんでな。ムカつくから視界に入るなって言ってる」

「何よ! 三白眼に逃げられたのはあなたのせいでしょ!」

 アーコニアが反論する。

「自分の失策を八つ当たりされても困るわね!」

「ふん、お嬢ちゃん。それくらいにしとけよ」

 アイードは右目をかすかに細める。頰の刀傷のせいで、アイードは表情が歪むのだ。その右目だけ歪めた視線が、ゾッとするほど冷たい。アーコニアが思わず黙る。

「ふん、どいつもこいつも気に入らねえ餓鬼どもが。もうおやすみの時間だぞ、てめえら」

 アイードは顎をしゃくるようにしてふいと前を向くと、ひと言低い声で警告する。

「いい子にしてねえと、簀巻きにして運河の底に沈めるぞ。良い子のねんねが、永遠のおやすみにならねえように気をつけるんだな」

「ちょっと怖すぎでしょ? ニアが怖がっちゃうじゃん」

 ネリュームが敢えて軽く言って、肩をすくめた。

「ふん、お前のところのクソ上司が、俺をこんなふうにしたんだろがよ。文句ならそっちにいいな」

 そう言い捨てると、アイードはマントを翻す。

「とにかく、今は俺の影より前にくるな。踏んだらぶっ殺す。いいな!」

 そう言い捨てると、アイードはジャッキールの方に歩み寄っていく。

 ネリュームとアーコニアは、その場に残され、彼の背中を見送った。

「やっぱ、怖いねー。あの将軍。カワウソのくせに怖すぎでしょ?」

 ネリュームは、苦笑しながら頭の上で手を組む。

「つーか、やっぱし、あの人カタギじゃないよねー。ガチめな人にクスリあげちゃダメだってー。リリエス様も頭悪いよー」

 ネリュームが散々な言い方をする。

「真面目にあの人、暴走したら止められないじゃん」

「本当よ。キレすぎでしょ。普段と違いすぎよ」

 アーコニアはゾッとしない様子で首を振りつつ、

「リリエス様、アイツに何盛ったんだか」

「なにて? 紅月の雫ってやつじゃん。みんなと一緒の」

「え、アレ?」

「えー、そうだと思うけど」

「一緒なら、変でしょ。だってあの人……、目が……」

 と、言いかけて、はたとアーコニアは首を傾げる。

「そうよね。一緒ならちょっと変よね。だって……、あんな目……」

「じゃー、別のやつ? 凶暴化させるだけなら、なんでもあるもんね。試験段階のやつとか」

「うーーん、確かにそうなんだけど」

 アーコニアは、うむと唸る。

「リリエス様、あのカワウソに何盛ったのよ」

 アーコニアは、あのやりたい放題な上司に相変わらずむかついてしまいつつ、ため息を深くついた。

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