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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
エルリーク暗殺指令・中編

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28.獣達と閃く光


 ジャッキールの言う通り、中庭は篝火の数がそれほど多くない。

 庭はさほど広くはないので人目につくときはアブナイのだが、彼等を探す男達も強い光を避けがちで、その為に暗闇を利用して静かに進めばしのんでいけそうだ。

 シャーとジャッキールは、中庭を順調にそろそろと進んでいる。

 できれば、一度も見つかることなく、応戦しないままで脱出できるのが理想だが――。 

 と、不意にざくざくと複数人の足音が聞こえ、シャーとジャッキールは近くの茂みの後ろに回り込んだ。

 そばを傭兵の数名が通っていくようだ。

 静かに身を伏せて、茂みの暗がりで彼らが通りすがるのを待つ。

「侵入者見つけたとか言ってたが、どこにいるんだろうな」

 どうやら彼らは二人に気付いていないらしく、気楽に話をしているようだった。

 どうも彼らには緊張感が足りない。気が大きくなっているのか、慎重さに欠けている。

「侵入者っていってもな。海賊どもが酒飲んで入り込んできただけじゃねえのか。そんなことより、ここの作戦をざっくり終わらせたいぜ」

「大体、なんで屋敷の中に入らねえんだ? 一気に突っ込んじまえば終わるだろ。相手は一人なんだろう?」

「部屋に立てこもられてて出方を考えているとかじゃねえ?」

 一人がいら立ったように言う。

「無理矢理押し込んじまえばいいじゃねえか」

「それが、屋敷の持ち主が乱暴にするなとかぬかしてるらしくてな」

「そんなの無視しちまえば?」

 そう言ったところで、訳知り風の男が割って入った。

「っていうか、一番の原因は、立てこもってる奴がヤベエからだろ。ジャッキールとかエーリッヒとかいう名前の男、聞いたことねえのか」

「俺は東方にはいなかったからな。そんな奴は知らねえよ」

「そりゃあ、残念な奴だな。ソイツ、たまに見境がつかなくなるヤベエ奴だぜ? でも、普段は意外と侮れねえキレ者なところもあって、東方じゃ、昔リオルダーナの王子に随分厚遇されてたって話で、結構有名でよ。でも、もうてっきり死んだと思ってたんだが、まだ生きてたとはな」

「しかし、そんな奴がずっと閉じこもってるもんかねえ」

「第一、案外もう中にいねえんじゃねえか」

 わいわいと男達の雑談が聞こえる。

 何人かはやや呂律が怪しく、酒でも飲んでいるかのような感じだ。どちらにしろ、普通の状態ではない。しかし、それだけに、彼等の注意は散漫にはなっていた。

 結局、彼等は二人に気付くことなく、遠ざかっていった。

 シャーは、内心ちょっと息をつきつつ、

「中庭の北の方だったよな」

 人気がなくなったのを確認し、シャーは小声でジャッキールに位置を確認する。

「そうだ。もう少しなのだが」

「でもよ」

 とシャーは改めて目的の裏口の方を見る。今度の今度こそ、身を隠す場所がない。しかも、船や屋敷の窓からの光がちょうどあたるところで、光に身をさらしかねない。

「あのあたりは身を隠すところが少ないんだぜ。突っ切るか? でも、下手したら見つかるな」

「まあそれしかないが……」

 ジャッキールは静かに頷き、目を細めた。

「しかし、奴らは注意力が欠けている。あまり大雑把に動かなければ、気づかないかもしれん。うまく闇に乗じることだ」

「なるほどね」

 シャーは少し考え、

「じゃあ、一人ずつ動こう! オレのが多分こういうの慣れてるし、目立たないと思う。先に行って合図するよ。ダンナは後から来て」

「わかった」

 ジャッキールがうなずいたところで、シャーはさっと腰を上げた。

 中庭にうっすらとうつる他の兵士の影がちょうど途切れたところで、そっと足を出す。

「行くよ!」

 シャーはそっと囁くと、先だって駆け出した。



 *


「なんか色々騒いでるねー。楽しそうでいいなあ」

 いまだに建物の屋根で観察しているネリュームは、呑気にあくび混じりに言った。

 今にも居眠りしそうな彼は、ごろっとそこに横になってしまっている。隣のアーコニアが苛立たしげに言った。

「騒いでるね、じゃないでしょ? 船の上には、三白眼のやつがいたんでしょ?」

 アーコニアが眉根を寄せる。

「さっき、帆柱マストの上で怖いカワウソの人と戦ってたじゃん? ニアもみたじゃないか」

 寝転がっていたネリュームは、軽く首だけ起こす。どうもネリュームには、危機感というものがない。おっとりしているというと聞こえが良いが、どちらかというとその辺の感覚が狂っていると言った方が良いのかもしれあい。

 アーコニアと違って、ネリュームは夜目もきくし目も良い。

 ここから離れた船の上の出来事を、彼は終始見守っていたようだ。

「今は細身の人が戦ってるっぽいけどね。その間に、三白眼のやつは船から降りちゃってるよ?」

「なによ。そこまで見てたの?」

「うん、さっき庭で一悶着あったの見えてたからねー。それぐらい見えるってー」

 ネリュームは、妙に得意げだった。

「あんた、そこまでわかってるのに、なんでここでのんびりしてるわけ?」

 アーコニアが真面目にそう突っ込むが、ネリュームはあくびをしつつ気のない返事だ。

「だって、面倒じゃん。あんなラリった連中の中に紛れ込んだら、俺が不審者扱いで襲われちゃうよー」

 ネリュームは面倒と言わんばかりに、猫のように伸びをする。緊迫感も責任感も欠如しているネリュームは、にやーとアーコニアに笑いかけた。

「どうせリリエス様なんて人使い荒いだけだしさー。ちょっとくらいのんびりしててもバチ当んないよ。ニアだって、色々腹立ってるでしょ」

「そ、それはそうだけど」

 痛いところを突かれて、アーコニアは言い淀む。

「いえ、それとこれとは違うじゃない」

「ニアは意外と真面目だねー」

 ネリュームは感心したように言った。

「まあ、それじゃあ、一応、お仕事っぽいことしていればいいんでしょう?」

「お仕事っぽいことってなによ? ぽいことじゃなくて、ちゃんと仕事しなさいよ」

「俺が仕事するってなるとー、呼び出されてあそこで喧嘩したり殺し合いしたりしなきゃなんないわけでしょ? 正直面倒くさい。俺、体でかいから、無駄に目立って喧嘩売られちゃいそうでしょ」

 ネリュームはやる気なさげにいいつつ、

「あの三白眼とやりあうのはまあいいとして、ジャッキールさんとはあまりやりたくないしー。だから、俺としては、リリエス様に俺に出て行くように命令されるまでにちょっといい感じに決着ついてて欲しいんだよね。結果はどっちでもいいんだけど」

「あんた、本当に自由人ね……」

 アーコニアは呆れたように肩をすくめる。

 ネリュームは、からっと笑って言った。

「でも、全く仕事してないとニアの言う通り、ちょっと怒られそうなので、なんかはしようと思うの」

「なんかってなによ? 具体的にはどうするんだって?」

 アーコニアが肩をすくめると、ネリュームはさっと起き上がった。

「ちょっとした妨害工作ってやつ」

 そういうと、ネリュームはちょうど横に転がしていた長い筒を手に取った。

「なによそれ」

「これは、アレだよアレ。花火」

 ネリュームがへらっと笑う。

「花火?」

 何考えてるのこいつ、と言った顔になるアーコニアだが、ネリュームは真面目らしい。

「厳密には花火じゃなくて、もっと閃光がバシッと飛ぶやつ。火薬は貴重だし持ち込み大変なんだけど、リリエス様により現地調達されてたやつね?」

「閃光? なに、明るくして何するのよ。いきなり目眩めくらましを仕掛けても……」

 といいかけてアーコニアは、はっとする。

「まさか、アイツらが突発的な光に弱いのを利用するつもり? ちょっ、それ、大混乱になるわよ! 恐慌きたして面倒なことになったらどうするのよ」

 当たりー! とネリュームが屈託なく軽い声で言う。

「大混乱してもらった方がいいでしょ。渾沌とした感じにしたいわけ、俺としては」

「何言ってるの! 大体、それ、三白眼のやつには効かないじゃないの。逃げちゃったらどうするのよ」

「それはそれで別にいいじゃん。あの関係ない奴ら、わちゃっとしたところでアイツの相手するのとか嫌なんだもんね。まー、俺が呼びだされたときに運よくアイツが一人になってくれてたら、その時に勝負するならまあいいかなーぐらい」

 ネリュームは気楽にそういったが、ふと思い出したように付け加える。

「あと、それと、カワウソの人も光に弱くなってるんでしょ?」

「まあ、多分そうでしょうねえ。事情はわからないけど、そういうことになってるんだったらそうだと思うわ」

「だよねー」

 ネリュームは首を振る。

「俺、あの将軍、苦手なんだよ。あの人、素面でケモノの目をしてるじゃん? あーいう人は早めに排除しておきたいの。今んとこ、一番怖いのはあの人だよー。次点で、向こうの船に乗ってる偉いおじさんね。あの人も本能的にヤバイ気配がする」

 と言って、ネリュームは近くにおいていたランプから火を取った。

「ということで、こういうのもアリかなって思ったんでね」

「うまくいくと思う?」

「別にうまくいかなくてもいいさ。”お仕事してた”って言えるでしょ?」

 ネリュームはそういうと、導火線に火をつけ、筒を構える。

 しゅーっという音と共に、ネリュームの童顔がこの場に不似合いな緊張感のない屈託ない笑顔を象る。本当に花火でもあげて遊ぼうかという顔だ。

「あのね、怒られても知らないわよ?」

「大丈夫大丈夫。撹乱しようとしてましたって言ったら、リリエス様も怒んないよ。ちょうどいい言い訳だよね」

 アーコニアはいささかあきれて肩をすくめた。

「あたし、知らないわよ。本当に」


  *

 

 足の下の喧騒は一層大きくなっていた。

 飛び交う野次に罵声、大声が上がるのはどこかで喧嘩にでも発展しているのか?

 なんにせよ、彼らの勝負で賭博が行われているらしく、賭け金がつりあがっているようだった。

「やたら盛り上がってるじゃねえか」

 ゼルフィスは、そう感想を漏らす。

「ちょっと違うが、期待されてるってのは悪い気はしないぜ、大将」

 た、と素早く突きかけると、アイードが片手剣でそれをはじく。にこりともしないが、アイードにまだ余裕があるらしいことをゼルフィスは気づいている。

「ふん、いい気なものだぜ」

 アイードはそこで初めて薄く笑う。

「他人の勝負で盛り上がれるとは能天気もいいところさ。だが、そろそろ、連中のお遊びもおしまいにしねえとな。俺は忙しいから、これ以上は連中に付き合えねえよ」

 ざっと白い光がひらめくと、アイードが反撃してくる。それをはじき返しながら、小競り合い。つばぜり合いになるのを嫌い、アイードはさあっと退く。

 まだ、彼は息を切らしていない。

(やっぱり、コイツ強いよな。それに、持久力があるっていうか……)

 ゼルフィスの方は軽く息を整える。アイードは、先ほどシャーと一戦交えたあとなのだ。それにもかかわらず、この余裕。

 アイードはそもそも体力もある方だが、戦い方がうまい。戦闘中もなるべく疲れないように配分している。話しかけたり黙ったり、緩急をつけながら、うまくやっているのだ。彼はこういう場面でも、何かと小器用だった。

(知ってたけど、相変わらず長期戦に強いんだな。厄介だぜ)

 ゼルフィスは内心舌を巻いていたが、そんなことはおくびにも出さない。そういう気配を見せたら最後、必ず負けるからだ。

 女とはいえ、ゼルフィスはそれなりに体格には恵まれている方だった。

 男装していれば、美青年として通るのも彼女が女性にしては背が高く、中性的に見えるからである。そして、どちらかというとスピード重視の戦闘をすることができた。身軽でもあり、生まれながらに船乗りでもあって、こういう場所には慣れ切っている。

 一方、アイード=ファザナーは、シャーほどではないがちょっとひょろっとした印象がある。体格に特別に恵まれているというほどでもないものの、しかし、彼は体幹がしっかりしていてなかなかバランスを崩さない。

 こういった足場の悪い、狭い場所の戦いでも、彼は判断をあやまらないし、身軽に動くことができる。それでいて、結構力も強い。

 それに加えて持久力。とにかく、アイードの本質を知っているゼルフィスとしては絶対に侮れない相手だった。

 一瞬の隙をついて、アイードの右足がたんと板を蹴る。一瞬で距離を詰めてきた彼の切り込みは重く、危うく受け損ねるところをゼルフィスは身をひるがえし近場のロープをつかんだ。どうにかバランスを取りつつ、片手で思い切り下から突き上げる。

 しかし、アイードは調子に乗っては追撃してきておらず、確実に剣筋を見定めてそれをよけきった。

「相変わらず用心深いな」

「お前のことはよく知っているからな」

 静かに答えるアイードに、ゼルフィスは目を細める。

「フェリオ」

 あくまでそれは、彼女が私的な時にアイードを呼ぶ名前だ。不意に出されたその響きに、アイードが思わず我に返ったように瞬く。

「なんだ?」

 ゼルフィスは、少し真面目な目をして言う。

「そろそろ、教えてくれたっていいだろ。何考えてる? 副官の私に言えないことか?」

 アイードは答えない。

「副官の私にいえなくても、西風のゼルフィスに言えることならそろそろ言えよ」

「何も考えてねえよ」

 アイードは静かに答えたが、ふと思い出したように薄く笑う。その瞳に遠くの篝火の光が映る。

「だが、そうだな。そろそろ決着つけた方がいい時間だ。そのころには、俺の考えぐらいお前にもわかるだろうよ」

 意味深にそうつぶやきながら、アイードが不意に左足を引く。

(来るか!?)

 ゼルフィスが自然と構えをとる。

 その時、ひゅっと何か甲高い音がした。反射的に二人の視線がそちらに向けられる。

 と、ぱっと暗闇の中に閃光が走った。そして、一瞬遅れて大きな破裂音が、運河にとどろく。

 光はしばらく残り、周囲を明るく照らす。

 悲鳴まじりの轟きが、下の方から聞こえた。

「なんだ?」

 ゼルフィスはあっけにとられ、思わず下を覗き込む。例の賭けをしていた者たちが、何やら呻いていた。平気なものもいるが、多くは目をおさえるようにして騒いでいる。

 確かにゼルフィスも驚いたし、一瞬、目を奪われはしたが、それにしたってなんだろう、この様子は。彼女は状況が飲み込めなくなっていた。

「なんだい、あれ?」

 ゼルフィスが気を取られた、その瞬間、アイードが動いた。それを視界の端にとらえる。

「ちッ!」

 舌打ちして備えるが、その一瞬、ゼルフィスは気を抜いてしまっていた。

 アイードが懐に飛び込む方が早い。力任せに振り払われた剣がゼルフィスの片手剣に当たり、バチバチと火花が飛ぶ。そのまま押し切られて、ゼルフィスの剣は弾き飛ばされていた。

「くそっ!」

 ゼルフィスは後退して短剣を抜きにかかったが、アイードが距離を詰めるほうが早かった。

 ざっと、アイードは静かにゼルフィスの首筋に切先を向ける。

「お遊びはここまでだぜ、ゼルフィス」

 アイードの目は相変わらず、感情もうかがえない。静かで、それでいて狂暴で、獣のような瞳をしている。

 ゼルフィスは黙ってアイードを睨むように見る。危険を伴うものの、まだ彼女は短剣を抜こうとすれば抜ける気でいる。

 それを知ってか知らずか、うっすらとアイードの口元がほころんだ。その笑みは勝ち誇ったような笑みでもない。

「いい加減、大人しくしてろ」

 ゼルフィスは、それをみてふっと苦笑した。ゆっくりと短剣の柄を握っていた手を下ろす。アイードはまだ切先を引いていないが、ゼルフィスを傷つける気はなさそうだった。

 帆柱の下では、突然の閃光をよけきれなかった男たちがわあわあと騒いでいる。

「わかったよ。今回は私の負けさ。大将」

 ゼルフィスはそういうと、彼に笑みを向けた。

 

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