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シャルル=ダ・フールの王国  作者: 渡来亜輝彦
シャー=ルギィズと呪いの仮面

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149/209

終.乙女心と呪いの仮面


 **


「それで、蛇王へびおさん追いかけられつつ、ぐるっと一周回ってどうにか奴らをまいて、ダンナのお宅に逃げ込んでたわけですよ」

 シャーは、茶をすすってため息をついた。

「ダンナが帰宅したのがバレてなきゃ、とりあえず疑われないかなって思ってさ」

「そ、それで奴が周辺をうろついていたのか。なるほどな」

 ジャッキールは、いよいようんざりとした顔になっていた。

「で、俺のところにきても、何の解決にもならんと思うのだが……」

「い、いやっ、ダンナなら、もうちょっと平穏に仮面はがしてくれるでしょ? ね、ダンナの方が理性的だと思うし、知的でしょ? でしょ?」

「普段、イカレてるだのなんだのいいながら、こういう時だけ……」

 ジャッキールは、頭が痛くなりそうになって額に手をやった。

「まったく、最初にリーフィさんから逃げたお前が悪いだろう。リーフィさんなら、穏便な外し方を知っていたかもしれんのに、蛇王なんかを頼るから……」

「で、でも、だって……」

 シャーはげっそりしつつ、首を垂れた。

「だって、皆、仮面のオレのがカッコイイっていうんだもん。そんなの聞き続けてたら、……リーフィちゃんもきっとそうだよなーとか思ってさ。ダンナだって、どうせそうなんでしょ。オレより、青兜アズラーッド・将軍カルバーンのがいいんだ……。アンタだって、オレの事、アズラーッドって呼んでるよなー。オレのことなんて、どうせそっちの価値のが高いんだ」

 急に拗ねたようにそんなことを言い出す。

「え! あ、ああ、そういえば、そういうこともあったが……」

 とジャッキールは指摘されてやや慌てるが、すぐに表情を引き締める。

「お、俺は、このところはその名前で貴様を呼んでいないだろうが。いや、それは名前でも滅多と呼んでいないが……」

 こほん、とジャッキールはわざとらしく咳ばらいをした。

「俺は、別に貴様がアズラーッド・カルバーンだから話し相手をしてやっているわけではないぞ。むしろ、そうなら今こんな話に絶対乗らん。俺は一青年シャー=ルギィズが困っているから、相談に乗ってやっているのだ。いいか」

「そ、それなら、ありがたいんですけどね……」

 ジャッキールはやれやれとため息をついた。

「ま、仮面をかぶることで非日常的な雰囲気を醸し出すこともできるから、そういう意味で普段と雰囲気が違って見えているのだろう。それだけのことで、別にお前は素のままでいいではないか。リーフィさんは普段は素のお前を見てくれているだろう」

「それはそうかもしれないけどさ……。でも、リーフィちゃん、明らかに仮面のオレと普段のオレとじゃ態度違う……。前の男にそっちのが似てるみたいだし、それでなくても多分仮面のオレのがかっこよさ倍増なんだろうなーって思うと、いったいオレってなんなんだろうって……」

「そ、そこは、今は切り離せ! ともあれ、外れれば問題ないのだろう!」

 ジャッキールは、面倒なことになりそうなので、慌てて話題を変えてみる。

「ま、まあ、一応俺が外せないかどうか試してみるか。少なくとも、ネズミ青年より俺のが力はあるだろうしな」

「そ、そうだよ。一回ちょっと試してみてよ」

「よし、わかった」

 とジャッキールは手を伸ばしてシャーの仮面の留め具を手にしてみたが、ちょっと仮面の留め具を引っ張ってみたところで、ふうとため息をついた。

「……これは、無理だな」

「ちょっと、ダンナ、諦め早いよ!! ちょっと引っ張っただけだよね、今の!」

「愚か者! ちょっと引っ張っただけで十分わかる! これは無理だ!」

 シャーの必死の抗議にジャッキールも思わず声が大きくなる。

「いいから、本気でやってみてってば! っていうか、そのうち、ダンナが帰宅したの気づいたら、絶対蛇王さん達こっち来ちゃうよ! 鍵なんかこじ開けちゃうってば!」

「まあ、それもそうだな。蛇王に扉踏み破られるのは俺も嫌だ」

(俺は完全に巻き込まれただけなんだがな!)

 ジャッキールはやや恨めしげにため息をつく。しかし、こうなったからには仕方がない。ザハークに扉を蹴破られるのを避けるには、この男の仮面を外すか、ザハークにコイツを引き渡すしかないのだ。

「言っておくが、俺の力で無理なら、蛇王を頼るしかないからな。握力は多分奴の方が強いし、あとは俺がやるとしたらその仮面叩き斬ることしかできん。それは絶対嫌だろう」

 じろっとシャーを見ながらジャッキールはいいおく。

「当たり前だろ! そんな曲芸みたいなこと」

「基本的に俺もそれなら絶対失敗しない。やれと言われればやれる」

 ザハークみたいなことを言い出すジャッキールに、シャーは片眉をひくりと動かす。こいつら、そういえば似た者同士だった。だが、シャーは残念ながらそこまでジャッキールのことを信用できない。

「蛇王さんにそれやられるのが、やだからアンタに頼んでんじゃないの」

「わかったわかった。よし、それではとりあえず壁に背をつけて立て」

「ホントに頼んますよー」

 そういわれてシャーがいう通りにすると、ジャッキールはわざわざ手袋をはめた。

 この男、実は日常的に手袋をはめている。普段でも布製のものを嵌めているし、特に戦場に赴くときは専用の皮手袋を嵌めていた。しかし、さすがに家の中では外しているのだが、すべらないようにと嵌めたものらしい。ジャッキールはそうしてから、両手で留め具を握った。

「では行くぞ!」

 ぐっと力が入る。シャーは頭ごと引っ張られそうになるが、それでも仮面の留め具が抜けない。

「ちょ、全然ダメじゃん」

「だから、ダメだといっただろうが!」

 ジャッキールが引っ張りながらそういった時、不意に力が抜けた。すっぽ抜けたように急に力が抜けて、反動でシャーは壁に頭をぶつける。

「い、てて、何すんの?」

 シャーが頭を押さえつつジャッキールを見ると、ジャッキールもよろめいて部屋の隅に押し出されていた。

「いや、手袋が抜けたのか、突然だな……」

 と言いかけたジャッキールだったが、手袋は彼の手にちゃんと嵌っていた。問題は手袋でなく、その指につかまれた小さいものだ。

「あ」

「あ?」

 それをなんと認識したのか、青ざめたジャッキールは、反射的に背中に何かの部品を隠した。

「あ、って何? ”あ”って?」

「な、なんでも、なんでもない! なんでもないぞ!」

 どうも、ジャッキールは動揺した顔を取り繕うのが苦手だ。シャーも彼の手に何か小さな金属の部品らしいものがあるのを見ている。シャーはざっと青ざめた。

「ダンナ、い、いま、今の、取っ手? もしかして、留め具の取っ手?」

「え、ああ、いや、その……なんだ……。は、はっはっは、ははははは」

 ジャッキールが乾いた笑い声をあげる。

 この男が声をあげて笑う時は、キレてイってるときか、都合が悪くなった時のどちらかだ。

「ダ、ダンナの馬鹿ああああ! 何してくれてんだよおおお!」

「う、うるさい! もともと無理があったのだ!!」

 思わずジャッキールの胸倉をつかんで真っ青になるシャーを、ジャッキールは手を払ってあしらう。

 その時、どんどんと扉が叩かれた。

「エーリッヒー! そこに三白眼小僧をかくまっているのは知っているぞー!! 扉を踏み破られたくなければ鍵を開けろー!」

 まるで魔王の来訪の如く、その声は妙な威厳に満ちている。シャーは思わず悲鳴を上げた。

「ぎゃあああ、来たー!」

「もうおとなしく諦めろ。いくら蛇王でも殺さんだろ」

「ちょ、ダンナ、ジャッキール様、お願いします! 殺されるって! お慈悲を!」

「うるさい、大丈夫だ。死んだら骨ぐらい拾ってやる!」

 ジャッキールはため息を深くついて、足元に縋りつくシャーを邪魔そうにしながら鍵を開ける。

「はっはー、小僧、覚悟しろ!」

 扉がバーンと開かれる。

 そこには、仮面をつけたまま、大工の七つ道具をそろえて背負ったザハークが、悪魔の如く立ちはだかっていた。

「ちょ、待って! 待って! 殺される! 蛇王さんに殺されるー!」

「もう、覚悟決めろってよ! 大丈夫だって、死にはしねえってば!」

 ザハークの後ろにいたゼダが呆れ気味にとりなす。

「そうだぞ、見苦しい!」

「エーリッヒ、羽交い絞めにしておけ! 暴れるとうっかり大変なところに刺さるからな!」

 狭い室内だ。シャーは逃げようとするが、あっという間にジャッキールに捕まれ、ゼダに抑え込まれ、羽交い絞めにされてしまっていた。

「やーだー! 蛇王さん怖いよー!」

「もう、情けねえな! 大丈夫だってよー!」

「いやだー! 死ぬうーーー!」

 室内で見苦しく男たちがバタバタしているそんな様子を、部屋の外にいた誰かは静かに見ていた。

「あら、やっぱりこんなところにいたのね」

 その静かで涼しげな声で、ようやく彼らは彼女がそこに立っていることに気づいたのだった。はっと動きを止めて、入り口をみるとそこに女が立っていた。

「リ、リーフィちゃん」

「ごめんなさいね。すぐに追いかけようと思ったんだけど、お客さんがいたから」

 リーフィはすでに着替えていて、いつもの酒場で働いているときのリーフィの姿に戻っている。

「相談するなら、ジャッキールさんのところかなと思ったのだけれど、当たりね」

 彼女は小首をかしげてシャーに言った。

「あ、それでね、それ、外れなくなったって聞いてたけど、本当かしら」

「え、あ、そ、そうなんだけど……」

 冷静になってくるとあまりにもシュールで格好の悪い大捕り物の状態に、シャーはやや恥ずかしくなってきていたが、リーフィは特段気にした様子もなかった。

「汗でさび付いちゃったのね。こうなるかもしれないとは思って、準備してたの」

 といってリーフィは、ノミを手にしているザハークになにやら小瓶を渡す。

「あのね、蛇王さん、これをね……」

 といってごにょごにょと告げる。ザハークは最初こそきょとんとしていたが、やがて心得たというようにうなずいた。

「なるほどな。流石はリーフィ嬢だ!」

 そういうと、ジャッキールとゼダに羽交い絞めにされているシャーに向け、ザハークはにんまり笑った。

「よし、穏便に済ますから動くなよ」

「え? あ、ちょっと何?」

 そういうとザハークは手ぬぐいを取り出して、シャーの仮面の留め具の部分の下を覆い、小瓶の液体を留め具にふりまいた。ちょっとだけ刺激臭がしたが、その怪しげな液体はそれほど危険なものではなさそうだ。そのまま、液体が浸透するのを待つ。

「そろそろいいかなー」

 と、ザハークは言い、小さな木槌を取り出して軽く打った。ばきん、と音がして、留め具は難なく外れ、シャーの顔から仮面が落ちた。

「は、はず、外れ、たーーーー!」

 シャーが歓喜のあまり声を上げる。

「外れなくなったってきいたから、さび付いちゃったのかと思ったけど、やっぱりそうだったみたいね」

 リーフィはあくまで冷静だ。

「急に外れなくなってシャーも焦っちゃったんでしょ。役に立ってよかったわ」

「リ、リーフィちゃん! いやでも、リーフィちゃん仮面のオレのままのが良かったんじゃ……」

 思わずそんなことを言ってみると、リーフィはくすりと笑って小首をかしげる。

「あら、皆がそんなこといってたみたいだけど、それじゃシャーがかわいそうじゃない」

 そして軽く微笑む。

「仮面のシャーも確かに素敵だったけれど、シャーは普段の方が気楽でいいものね。仮面のままじゃ、酒場でお酒も楽しみづらいじゃないの」

「リーフィちゃあん……」

 思わず涙目になりそうだ。

「リーフィちゃん、ありがとう、ありがとうね!」

「そんなにお礼言われることでもないわ。シャーに踊ってもらえるよう、頼んだのもともと私なんだし」

「いや本当、もう、リーフィちゃんのおかげだよう。最初からリーフィちゃん頼ったらよかった!」

 思わず涙目になりかけつつ、シャーは情けなく礼を言う。

「やれやれ人騒がせな」

 ジャッキールは、深々とため息をつく。

「でも、それはそうと、リーフィよ。そのさび落としって、成分なんなんだ。やけに効き目あったみてえだけど。リーフィが調合したんだよな?」

「あ、それ、オレも気になるんだけど」

 ゼダが素朴な疑問という様子で尋ねるのに、シャーも思わず相乗りする。リーフィが調合した、というのは何故かちょっと怪しげな気配を感じるからだ。

「そうねえ、あの液体は……」

 とリーフィは言いかけて、それから首を振った。

「よく考えると、成分はシャーが不安になるといけないから秘密にするわね」

「え?」

 どうやら聞いてはいけないことだったようだ。

「と、ともあれ、人騒がせなことだぞ。貴様」

 凍り付いた空気を察したジャッキールが慌てて話題を変えてきた。

「まったく、貴様が後ろ向きなことばかり気にするから」

「そうだよなー。お前、ビビリなんだよな、変なとこで」

 ゼダがこれ幸いと乗りかかってくる。とにかく、あの話題からは離れたい。

「う、うるせえな。当事者になってみろよ! 不安でしょうがねえっつの!」

 そんな風に気を遣いつつ、三人がなにやら言い合っている間に、リーフィは足元に落ちていた仮面を拾いあげた。仮面は留め具の部分が壊れていたが、他の部分はまだ綺麗だ。

 リーフィはそれをもって、近くにいたザハークに声をかけた。

「あのね、蛇王さん」

「おう、どうしたリーフィ嬢」

 無邪気に笑いかけてくるザハークに、リーフィはそっと仮面を差し出す。

「もし、直せたらでいいのだけれど、これ、修理できないかしら?」

「これか。そうだな、金具を変えれば直るだろう。そんなに難しいものではないぞ。修理しようか?」

「それでは、そうしていただけると嬉しいのだけれど」

 ザハークはふいに尋ねた。

「しかし、何故直すのだ? なにやら、あいつらは呪いがかかっているだのなんだのいっていたが……。今日の舞踏に使って、こいつはもう用済みなのではなかったか?」

「ええ、でも、とても評判が良くて、またシャーにお願いすることがあるかもしれないし」

 といいつつ、リーフィはそっとシャーを振り返って目を伏せた。その頬が少しだけ紅い。

「それにね……。この仮面、シャーによく似あってるみたいだったから……」

 ザハークは思わずにやりとした。

「はは、そういうことか。よし心得た」

「ええ、お願いね、蛇王さん」

 ふと見ると、例の三人は、これから酒場に行くような話をしている。

「でも、ダンナは蛇王さんに頼まれてる内職があるんでしょ?」

「あんな売れるかどうかわからんもの、熱心に作れるか」

「そんなこといいつつ、ダンナは作っちゃうんだろ。ダンナ、頼まれると断れねえ男だもんなー。でもあれ意外と売れるんじゃね?」

 ゼダがにやにやしつつ、ジャッキールをからかっていたが、ふとザハークに気づいて声をかける。

「あ、そうだ! 蛇王さんも当然行くよな?」

「おう、もちろんだ。どうせ仮面を作る仕事があるといっても、急いだことでないしな。だが荷物を置いてくるから、ちょっと待っていろ」

 尋ねられてザハークはそう答えつつ、荷物を部屋に置くべく、入口近くにいたシャーの傍を通りがかる。

 と、不意にザハークは小声で彼だけに聞こえるようにぼそりといったものだ。

「この色男」

「は? え? 蛇王さん、なんか言った?」

「別に」

 よく聞こえなかったらしいシャーが驚いた様子で聞き返すが、ザハークは唐突にすっとぼける。

「しかし、やはり俺の思惑は正しそうだな、小僧」

 ザハークは、いまだにつけていた自分の仮面を外しつつ、にんまりする。

「仮面でお前がそれほどかっこよくなるなら、俺とエーリッヒの内職もそれなりに需要がありそうだなあ」

「何言ってんの?」

 シャーは意味が分からないというように肩をすくめた。元より、ザハークは意味が通じるように話していない。

「ま、これからもたまにでいいから、呪われてろ」

「嫌に決まってるでしょ? 何言いだすの?」

 シャーは露骨に嫌な顔をするが、ザハークは楽しそうに笑うばかりだった。

シャー=ルギィズと呪いの仮面・完


劇中劇の「東の国の仮面の王子」につきまして、許可をいただき、かとりせんこ。さんの作品『花影喨々』http://ncode.syosetu.com/n0169dv/を元に、彼らの世界に伝わった風に合わせて表現させていただきました。合わせてお楽しみくだされば幸いです。

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