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これは物語ではない  作者: 山川 夜高
act.5 141016の夜から朝へ
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眠りに着くまで 13

 こうやって延々と内省していられるのは才能なのかもしれないとある日気付いた。クラスメイトに聞いてみた。普段何もないときに何をしているのか。すると「何もしてない」だとか「誰かと連絡を取る」と答えがあった。じゃあ俺のメール履歴はお前らの暇つぶしかよ、とは面と向かって言わなかったが、みんな反省をいつするのだろうと少し疑問だった。

 少しして反省はあったと気付いた。みんな匿名掲示板や何かのwebサービスの自分のアカウントで、内省や愚痴や提言を記述していた。誰も僕にアカウントを教えなかったから僕が彼らの反省の領域の存在に気が付くまで時間がかかった。要するに裏の人付き合いから僕は隔たれていた訳だ。見つけた一人から芋づる式に皆の日記が見つかった。窃視だったが、罪は無かったと今でも思う。なぜならワールドワイドウェブは市立中学の教室ではなく世界全域を架ける雑踏だと僕は知っていた。言葉は独り言ではなく、言葉の読める限り永久に残る。ひとつの不用意な発言から、発言者の住所と顔写真を突き止める執念をある種の人々が持っていることを知っていた。

 クラスメイトの日記を読んで、僕が全く登場しないことに寂しく安堵し、たった一度だけ解せなかったのは僕が写り込んだ集合写真を断りなく載せられた時ぐらいだった。醜いこと、くだらない悩み、互いに見ていると了承し合ってる仲間同士にだけ通じる秘密を踏まえた内輪のやりとりを黙って読みふけった。僕はクラスメイトたちにある一面の意味では好意を抱いた。誰にでも内面があり、悩み、言葉で吐露する。苦言を呈したいのはセキュリティとプライバシーへの配慮だけだ。


 同級生をザッピングしながら、荻原映呼は元気かなと思った。同じ団地に住んでいたが、荻原一家は市内に持ち家を買って団地を出て行き、僕達は別々の中学に進学した。しかし同じ中学に通っていたとしても、男女とかいう関係で疎遠になっていた気がする。

 小さいころはよく遊んだ。男にしては弱っちい僕と女にしてはハキハキしたエーコは足して割るのがちょうど良かった。自転車で川に出て、川辺の交通公園で遊んだあとにミナトさんの家に立ち寄るのが好きだった。犬は最後まで怖くて苦手だったけど、老いたレイは僕を極力怯えさせないように努めていたのではないかと思う。

 レイが死んだとき、たいして仲も良くなかったのに僕はすこし涙を流した。隣でエーコは堪えていた気がする。

「女の方が強いんだ」ミナトさんがエーコには聞こえないように耳打ちした。何かそれは、褒めているようには聞こなかった。


 中学の卒業式のあと、報告のためにとても久々にミナト家に赴いた。賢いレイがいなくなって静かな家はますます静かだった。古びた居間、革張りのチェアの上に先客が座っていた。黒いクラシックなドレスを着て、古びていく時間を慈しむように青い絵柄の小さなカップでアールグレイを味わっていたのは荻原だった。

 エーコじゃなかった。小学生だったエーコは水色と黒の星柄をまとったカジュアルでポジティブな女子だった。

「荻原」と僕は呼びかけた。そしたら僕もいつの間にか「ナツオ」じゃなくなっていた。

「ホズミん」呼応する声と目鼻立ちのなかに互いのかつての姿を認め合い、黒と紅色で化粧してクラシカルな装いに変身したその人は、半分知っていて半分知らない未知と既知の中間の友達。


 同級生たちの言葉を盗み読みした一方、荻原との仲においてはそいった読解が不足していた。黒い洋装は荻原の意思表明だったけど、明瞭に良し悪しや好き嫌いを断定する言葉ではなく、荻原の視線の方向や包括した主義・領土を対話の空気に染み込ませる、遅効性の主張だった。

 無理解や不自由はない。でももし荻原が日記を公開していたら、どんな短文の簡単な記述であっても毎日読みたいと思った。


 そのころから僕は日記を記述する立場に回りはじめた。日記は、適当な縁で見つけてきた、どこの誰とも知れない一人の同い年らしい女の子に委ねた。彼女に向かって言葉を明け渡し、彼女も僕に言葉を託した。僕は彼女が荻原映呼だったら良いと思っていた。文通を交わし始めた相手がcelestaで、celestaも僕も同郷で、同じ亡霊を捜していたことは全くの偶然だった。

 確かに誰でもよかった。でも選んだ相手はとても良い人だった。今までに感じたことのないくすぐったい喜びが文通のなかにはあって、手紙を読み・書く僕は今日が人生で一番真摯であろうと努める。


 楽しかった。楽しかったけど、さびしさは毎日伴った。はじめはそれを会えない寂しさだと思っていたが、知らない人との文通という行為それ自体のナイーブさがそもそもの理由らしい。ナイーブさに背中を押されて、鍵をかけた日記帳にも書けないようなことを吐露した。

 セレスタは幻影で、セレスタに宛てて書いたものをあとで自分で読むことによって自分自身納得するために書いていた。さびしさのなかにそんな意味合いもあったのだと思う。


 


子供の発達って、親に出来事を語って、親に承認されることで、はじめてステップアップするみたいですよ。

出来事を経験する→経験を文章化して人に話す→発話した声を自分で聞く→親の反応がある→反応があってはじめて出来事の意味づけが完成する みたいで。

これ、子供に限らず大人になってもそうなんだと思います。

ネットで近況報告する人も同じなのかなって思ったりします。

自分で言うだけじゃなく、誰かの相づちがほしいんですよね。


朝のヒーロー番組を見た子が影響されてとても乱暴な言い回しをしてるのがきらいでした

○○だぜ とか 芝居がかったセリフとか 絶対漫画のなかでしか言わないような大げさな言い回しをしている小さい子を見ると、

誇張された嘘のことばをそういうふうに使っていいのかな と、すごく いやなきもちになりました

女の子もそうで すごくませた言い方と、過剰なボケ・ツッコミ、ドジっこ、〜よ、〜だわ みたいな、キャラが立った言い回しをします

もっと角の立たないリアルな言い回しのお話を子供に見せれば、過剰さにまみれてしまうこともないんでしょうけど、

でもだめなんですよね まだ子供だから、まずわかりやすいものを学んで、ゆっくり慣れてくんですよね

善悪 白黒 はっきりしてないと、子供は未成熟だから、人がヒトという生物になれるまで、成人に20年もかかるから、まだ飲み込めないから、しょうがないんですね


誇張されたなかで育ってくんですね。

はじめに白と黒があって、中間のグレーゾーンを20年かけてゆっくり馴染ませていく。

…つっても、高校生にもなってまだ極端なキャラづけから逃れられてないと思いませんか?

やられ役だとか、あいつは「残念」な奴だとか、レッテル貼って、まるで全部のものに役割を与えなきゃ気が済まないみたいですね。

まあ、僕が「やられ役」だから、ひがんでるだけなのかな…

「いじめ」られてはいないんですよ。やめろって言ったらやめてくれるし、心配だってしてくれるし、友達だと思うし、苦痛でもないんだけど、

でも僕がいることや友達が僕にやることの一連が「お約束」になってしまうのが、自分で自分を貶めてる感じがします。


でも、キャラが立ってないと輪に入れてもらえなくないですか?

自分でキャラを演じちゃうこと、というか、自分で自分自身の反応や返答を制御しちゃいます

○○さんっぽいとか○○さんらしいとか人に言われて求められるままにふるまってれば、求めた通りのいつもどおりの答えが来ることに、相手も安心するんじゃないかな とも思います

どこまでがキャラでどこまでが性格なんでしょう?


わたしはキャラになりきったらそんな迷いも終わると思ってました。中途半端に性格や性質であるところが残っているから、ひとりきりになって誰にも見られていないときでも自分の内省がわざとらしく思えて、まるで不誠実な演技をしているんじゃないかと迷ってしまうのだと思いました。すべての所作が考えるまでもなく自明であれば、パターン通りに過ごせたら、ことはシンプルで、わたしはシンプルで、だからそうあろうとしましたが、ボロが溢れそうです。

 いかに自分が安っぽいのか、ぺらぺらな自分に対してわたしが一番うんざりしているとせめて胸を張って言いたいけれど、薄っぺらさに平気な顔して今日も生きていられるということはわたしはそれに甘んじているのです。

 はじめることは簡単です。終わることは難しいです。飛び降りることよりも着地することのほうが難しいのです。


 まだ、空を飛んでいる。

 地に足つけず、どこにも腰を下ろさず、何も了解していない未分の状態にいる。

 どこにもいたくない

 どこにもいないでいい

 どこにもいない。

 すすんでバグに成り果てればスクリプトはわたしを離れるでしょう? ルールを守る気なんてないから、庇護を破ることが自由と同義であるなら、ほっといてください。どこにもいない。


 


 だからバグという意味で虫の名前なのかと思っていました。


「いや、テキトーな名前しかないよ。呼ばれているのがおれだと分かればいいんだから、場所が変わればニックネームも変わる」

『まえは別の名前だったの?』

「何度か変わった」

『もっと、ずーっと前はなにをしていたの』

「ネタバレになるよ」


 苦々しく言ったのかなんでもないふうに言ったのか真意はわからず、でもわたしにはこれ以上のことは語られないというのは確かです。


『どうやったらおしえてくれますか』

「セレスタ。これは等価交換じゃない。誰にとっても異質なんだ」

『わたしのこと知りたくないですか。わたしの、なまえ、こえ、ほんとのこと』

「きみは切り売りされない」


 なにかが私の頬に触れて、耳に触れて、髪の毛に触れました。


「おれはきみを買わない。きみはひとりだ。きみは減らない。そういうことを、ここまで綴ってきたんだ」


 力強くも、悲しそうに聞こえたのでした。

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