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これは物語ではない  作者: 山川 夜高
act.4 知らない人々
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預言者(1)

 帰路、音楽を聴きながら歩いた。アルバムの七曲目。雰囲気はいいのだけれど、どことなく不穏な感じがする。でも聴きほれてしまう。このところ三日に一度は聴いている。

 駅前に弾き語りの男がいた。ほんの少し、歌詞に耳を傾けてみたけれど、あまり好きになれそうな感じではない。


 どんなにきみが くたくたに疲れても

 朝日がぼくらを照らす 明日が待ってる ……


 こんな感じ。どうしてもこの手のものには疑いを覚えてしまう。かといって別に悲観的で鬱っぽい、涙を誘うような曲が好きな訳ではないんだけど。

 駅前には弾き語りもいればアクセサリーの露店もあり、占い師も小さな机を出して座っている。どれも見覚えのある面子だった。毎週何曜日の何時といったふうに定期的にやっているらしい。ああいうものは儲かるのだろうか。どうも露店というのは、少しでも気にする素振りを見せたら、妙な好意を持たれたりいいカモにされそうで敬遠している。

 音楽を聴きながら、その占い師をちらりと覗いた。初老の男で、妙にうさん臭い顔立ちで、服の丈も長く、いかにもという感じを体現している。占い師というより手品師っぽいが、机の上には「運命鑑定」と書いてある。誰か客がいるところを見たことがない。うさん臭えなあと思いながら通りすぎる。音楽はアウトロに近づき、リズミカル、跳ねるようなギターのメロディ。ボイチェンしたウィスパーボイス。「待ちなさい」と聴こえた気がする。

 ……いや、肉声である。

 占い師が手招きしている。それも、かなりしつこく。人通りは露店を避けて流れ、つまり占い師の目の前には僕しかいなく、未だ音楽は鳴りやまない。次の一曲への橋渡しのクライマックス。ゆるやかにフェードアウトしていく直前、ボリュームダウンし、代わりに聴こえる野音は、


「まあちょっと座りなさい。そこへ」


 何言ってんだこのオッサン。プレイヤーを見ると、アウトロ終わるまであと二十秒。もどかしいなあと思いながら待つ。好きな曲も好きじゃなくなっていくように思えてそれがくやしい。何をしているんだ、「ほら、座りなさい」と占い師は何度も僕を呼ぶし、周囲の視線も痛い気がするし、何だこれ。

 余韻が終わりまで響き渡る前に一時停止を掛ける。イヤホンを片耳外し、話だけは聞いてやる態度をとる。逃げ出してもよかったが、興味がない訳ではなかった。ただし商談になったら有無を言わさず逃げるつもりでいる。そんな僕の態度を見透かしたらしい。


「金の心配をしているならそれはいらない。私は、視たい人しか視ないのだよ、本来はね。私から君を選んだのだよ。だからこの会話で私は何の金銭も要求しないし、何も買わせないことを誓おう。どうか雑談だと思って、肩の力を抜いて、私の話を聞いてくれないかね」


 限りなく、うさん臭い。


「それ、誰に対しても同じこと言ってんじゃないですか」

「とんでもない。私は人を選ぶ。私は、本当に必要な者しか視ない。その者に出会う為にこうして張り込みをしているようなものだ。時には、頼まれて視ることもあるが、多くは何も視えない。何も持たないのだから視える筈がないのだ。そのときは仕方なく手相や人相や姓名を見るがな、本当に視るべき者は、見なくても、視えるのだ」


 ……これは、アレかな。アレな人かな。入院病棟ならT川沿いにありますよって教えてあげるべきなのかな。


「そういうことだ。まあ座りなさい。なるべく手短に終わらせよう」


 詐欺師から電波中年男性に格上げされたその男に従い、僕はイヤホンを外して正面のパイプ椅子に座った。

「さて」、男は紙とペンを出す。


「ところで君のことは何とお呼びしたらいいものかな?」


 仕方なく、ホズミ、と答えようとすると、男の言葉はまだ繋がっていて、


「ふむ、いかんせんフリガナを知らないものでね。これは、どのように読むのが君の意図なのか、文字の上では分からぬからね」


 そうして男は書きつけたのだった。何の迷いも無く。


『VIIII』と。


 ぞっと、冷たいものが腹に満ちる感じがした。はあ? なぜ知ってるんだ? 動揺が態度に表れているに違いないが、それでも冷静ではいられない。

「怖がらなくていい」と男は言った。なだめるというより、驚かれては心外だという風に。でも、冗談じゃない、なぜ、実在の八月一日夏生とネットのVIIIIが一致したんだ? 何がつながっているんだ? celestaでさえ――僕だって、celestaのことは――知らないというのに。


「……あなたは、誰なんです?」


 誰という語の中に、あのコミュニティが含まれ、その一員であることを明かすも同然だが、これよりマシな文句が見付からなかった。


「ああ、そうか勿論『ひとに名を尋ねる時はまず自分から』のセオリーが成立する。よかろう。それにね、私は君の本名、住所、電話番号、メールアドレス、その他のハンドルネーム等個人情報は全く知らない。全くだ。私が知るのは君の言語と思想の片鱗のみだ。君の身体に出会うのも今日が初めてだ。安心したまえ。私が名乗ったところで、君がかれ(机上のVIIIIを指差す)ではないと主張してもいっこうに構わないし、君の言い分を全面的に認めよう。話すことは何一つ変わらない。ともあれ私の名は、こういうものなのだが……」


 そう言って、男はVIIIIの隣に書いた。


『VIIII †』


 プラス? いや、続きがあった。


『†闇巫』


 う うわあ……


『†闇巫ノ騎士†』


 うっわあ………………


「〈ダーク・ナイト〉と申す。宜しく」


 頭上に隠しカメラがあってさ、しばらく経ったら看板持ったK缶が『ドッキリ大成功!☆』って出て来んの。大団円じゃん。やったあ~……


「敬遠しているようだが、これは魔除けの名だよ。勿論現代風にアレンジしてあるがな」


 ……いや確かに、悪魔や死神を退けるためにわざと邪悪な意味や汚い言葉を名前に使う風習はあるけれども、けどさあ。「現代風」のサンプリングにネット使っちゃ駄目でしょう。

 詐欺師、電波中年男性と来て邪気眼まで格上げされたこの男に対して、僕、VIIIIはどうすればいいのだろうか。


「……あの、特に読み方決めてないんです。ただまあ、自分では……ヴィー って呼ぶのが……そうですね、最近では」

「ふむ。それではヴィー君。つまりこれはオフ会ということだ。君の身体に初めましてを言おう。

 それではまず私が君の問いに答えなければなるまい。条例に触れない範囲で何でも訊いてくれたまえ。勿論運命判断もしよう。さ、何がいいかな」


 ツッコミ所は多々あるがそれは質問とは違う。


「あの、まず、なんでオレの名前を知ってるんですか。なんで見ただけでオレって分かったんですか」


 フム、と†闇巫ノ騎士†は顎をさすった。言動がいちいちうさん臭い。


「ヴィー君。それにはまず、私が視えるということを説明せねばならぬ。何、君もこの手の事象に抵抗はないだろう。私は、視える。そうとしか答えられないし、それだけで要項は掴める筈だ。もっとも身体的特性や住所や家族は、直接的には分からない。ただ私が君を視て、君にいくつかの質問をしながら推理すれば目星は付くだろう。それは情報量の問題であって誰にでも成せる探偵の業だ。そうではなく、私が大勢の中から君を見抜いたことであるが……」


 スッと人差し指を掲げる。


「それが、視えるということだ。分かると言ってもいいのかも知れない。ただし私は自由自在に全てを視渡せる超能力者ではない。時が要請するから、私に視えるだけなのだ。私が君を捜していたから視えた。私の目の前を君の身体が通ったから君が視えたのだ。私が君を自在に呼ぶことは出来ない。無いものを見ることは出来ないからね。見えたから、視えるのだ」

「それって、サトリとか、透視とかではないんですか」

「あれは見えないものを視る術だ。私には視えるものしか視えない。待ち合わせの相手がいるから見つけられる。探しているから見つかる。必要があるから視えるだけだ。だから私は君を無償で視ている。私が君を見つけ、呼び留めたからだ。それでは何故呼びとめたのか。求めるものを、君が持っているからだ。雨乞いをするから雨が降るのではないよ、雨が降りそうな雲や風を見出して雨乞いをする、だから雨乞いは成立する。君は、そう、非常にぐずついた空模様だ。降らないという方がおかしい。だから私は、君に傘を与えようと思う。その代わり雨が降るまでちょいとつき合って欲しい。なにせここらは長らく日照りでね。私は民衆のために雨乞いダンスをしたいのだがあいにく雨雲の気配がなかった。そこに雨男がやって来た。これはもう、踊るしかない。君も傘を差したいし、頭上の雨雲を取り払ってスッキリとした青空を拝みたいだろう? そういうことだ」

「あの、いいですか」

「何なりと」

「比喩が多過ぎて何言ってんのか全ッ然分かんないんですけど」

「ふむ。見えないものを語る話術が比喩というものだ。すまないな」


 全くもって訳が分からないが、少なくともこの男がマジということは分かった。


「とにかく利益は一致する。この辺りでは日照りが激しく、民衆は苦しんでいる。私、祈祷師は雨乞いをする。しかしそれには雨雲が必要だ。そこに今にも降りそうな雨雲を携えて雨男がやって来た。それが君だ。君は雨具を持っていない。そこで、傘をやるからちょっと降るまで付き合ってくれないかという話だ」


 紙にビミョーな図を書いて説明する。棒人間で「民」「祈」。雨男(僕)は頭上に雲をのせている。描かれた太陽はのどかなポカポカ陽気みたいだが、民に「日照り」の矢印を突き刺す。「祈」から「民」に向けて「雨乞い」の矢印。「祈」の手に「傘」。


「ここまで、分かるね?」

「まあ、なんとなく」

「質問があるだろう?」

「言っていいんですか?」

「勿論だとも」

「その、たとえ話の中の、傘は分かります。アドバイスとか、僕にとっての利益ですよね、何らかの」

「呑み込みが早くて嬉しいよ」

「雨と、雨雲。それから日照り。これは何なんです?」

「ふむ。雨雲は君が抱く障壁……言わば悩みだ。君の青空を覆い隠している。君の苦悩は、我々が直面する事態にとって大いに有用なのだ。我々は多かれ少なかれ苦悩するものだが、君の苦悩は雨雲だった。君の苦悩を晴らすことが、この瞬間に丁度よく適しているのだ。もしも民の悩みが日照りではなく洪水だったら……私は傘を貸すだけで、ここまで長話はしないよ」


 ふむ。

 つまり僕は利用されるらしい。

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