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これは物語ではない  作者: 山川 夜高
act.3 she/see/sea
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ポタージュ神社

 公園のことは避けて通っていた。駅へ向かうにもバイト先のファミレスに向かうにもこの道は通らなくてよい。バイト先と家をつなぐ道はいくつかあり、どれをとっても同じぐらいの長さで、もしかしたら公園の通りが一番近道かもしれない。そう思い立ったこともあって、そろそろほとぼりも冷めただろうしと、バイトの帰りに公園を見ていくことにした。夜も更けたから高田氏にも出会わないだろう。文字上のK缶は嫌な奴だったが、結局あれから互いに連絡は無く、色々と冷めてしまったせいで今はもう憎いとは思えない。文字でしか知らない相手が実在することに感動したのかもしれない、今となっては。あの人はあの人で何をやっているんだろう。そういう対象がちらほらいる。顔も名前も知らないひとが。

 空想しながら歩いているうちに公園の傍に着き立ち止った。夜になるとうっそうとしたのが際立って、一本しかない街灯と自販機だけがこうこうと明るく、何もしないでも悪い噂が立ちそうな場所ではある。蛾みたいに、街頭に引き寄せられる。勇ましい足取りとは言えない。ぐるりと見渡した僕の目は、ふと、ある一点に留まる。自販機の隣の暗がりに何かがあった。小さくはない四角い何かだ。以前には無かっただろうと思い、近づいて確かめた。

 おやしろだった。稲荷神を祭るような小さな祠だ。さすがに鳥居はない。見たところ新築だ。その隣には神社のいわれを記した看板が立つ。木目を模した偽物の素材で、観光地めいて安っぽい。


 その看板が、ヤバい。


『ポタージュ神社』


 八百万の神々ってこんなにアバウトなものなのか。氏神みたいなものか。ニュータウンの氏神か。平将門と同じ処理法ではないか。


“超常現象がお怒りだ。よし、祀ろう。”


 馬鹿だ。

 この民族は馬鹿だ。千年間も変わらない馬鹿だ。変態だ。これを祀る町内会も祀られている“ポタージュ様”も変態だ。暫く見ない間にこんなことになっていたとは。見なくて正解だったかもしれない。


 あきれ、立ち尽くしていた僕の背後で物音がする。心臓が跳ねあがり、反射的に振り返る。居たのは――男だった。通りすがりらしいサラリーマン風の男が、多少驚いたふうに僕に会釈した。驚かせてしまった僕もばつが悪くて会釈した。これでは無愛想だと思いなおし、「こんばんは」と声を掛けた。


「こんばんは」


 落ち着いた若い声だった。スーツで、偏見だが新卒っぽい。その人も数歩歩み寄り、やしろといわれの看板を見つめていた。近隣住民だろう。彼は首を傾げる。


「どういう事なのでしょうか」


 知らないのだろうか。あるいは知っていてからかっているのかもしれない。返答に気を使う。迷いながら、控え目な高校生を装いながら、


「ちょっと前に、この公園で色々変なことが起こって、ここの町内会がそれを祟りだって言って祈祷師呼んでお祓いをやってたらしいんですけど、多分それを鎮める為につくられたんだと思います」


 いかなる奇妙な業であったかは看板にあらましがある。もっとも、決定的事項だった痴漢事件は記載されていない。何故今更祀る必要があるのか分からない。町おこしという奴だろうか。ゆくゆくはゆるキャラと化しグッズを販売して女子供に愛されて、C駅前のあのテーマパークで猫と一緒にパレードするのか。……変態だなこの街は。


 新卒氏はカメラでやしろや看板を撮影していた。変なの写ったりして、と言いたくなったが、冗談が通じるほどの親しみやすさはこの空間には無い。そのうちに氏から話しかけられた。


「御神体はポタージュ缶でしょうか」

「それ、御利益とかあるんですかねえ」

「御利益があるのですか、これに」


 新築のやしろには威厳も神秘も無い。だいたいネーミングからして不純だ。新卒氏は携帯をライトにしてやしろを眺めた。扉の向こうの空間に真っ黒な影が落ちる。こうして見ると夜のやしろなんてなかなか怖いものだろうに、他人が居ると心強い。氏はやしろの格子戸の向こうへもライトを当てて覗いていた。いくら新築インスタント神社と言えどさすがに罰当たりな気がして僕には出来ない。


「賽銭がありますよ」おもむろに氏は口を開いた。

「そうなんですか」


 みんな、募金か貯金箱だと認識しているのではないか。


「この金額は町内会へ回るのですね」

「そう……ですよね。まあ、超常現象がお金持ってても仕方ないですよ」

「成程」と氏が呟いたきり会話は途絶え、ブウンと自販機が鳴った。無理にでも会話を繋げるべきかためらう。氏はやしろから離れ遠景で撮影した。僕も写真を撮っていなかったことに気付き、一枚正面から撮った。


 とうとう形を得てしまったこれについて考える。形無く噂でしか語られなかったものが公的にかたちを得てしまったことについて。当の“もの”はもうどこにも現れていないというのに建てられた(一応)祭事施設。やるせないものがある。好きなバンドがヒット曲を出した瞬間報道されはじめるような、漫画がアニメ化した途端にみんながファンになるような……いや僕はポタージュ様ファンなどではないが、内輪でひっそりと楽しんでいた方の人間であることは間違いない。小さい枠の中でいつかすたれることを知りながらこそこそ話をしていたというのに、無理矢理公衆の面前に引きずり出されたような……


 ともあれ形無く煙みたいに不確定なあれはこうしてやしろに閉じ込められた。勿論これは比喩だけど、やしろによって封印されたというか、土地に足枷でくくりつけられたような、とにかくこの一帯で“これ”は名前をつけて保存された。枷をつけたと言っても野放しであることに変わりはない。これは正体不明の獣を檻に入れたのではなく、ネームプレートをつけただけなのだ。そして当の“それ”は行方知れず。順番が、違うだろうに。


 思考ばかり増殖分裂させながら僕はまだここに立ち尽くしていた。馬鹿みたいに。もしかして僕は何かが現れるのを待っているのではないかと考えた。都合の良い話だ。待って現れるくらいなら、これに携わった誰もがもっと楽な思いをしてきた筈だ。等思いながらも僕はまだ立ち尽くしている。


 隣で小銭の音がして、自販機で飲料が一本売れた。自販機なんて割高だよく買える、と僕は社会人に称賛の目を向ける。


 ピピピピピピピピピ……ピ、ピ、ピ


 あ。


「同じのでいいですか」。発言にとっさに「はい」と答えてしまって、何が何だか分からないまま隣のその人を見ると、既にコーヒーの缶を二本両手に持っていて、片方を僕に差し出した。「どうぞ」。そこではじめて自販機のくじが当たったのだと気付いた。


 え、あ、「いいんですか?」

「ええ」


 小さく頷いて差し出された缶は微糖のアイスコーヒーだった。自分じゃ買わない。正直気分ではないのだが、奢られる身分で断ることも出来ず「ありがとうございます」と会釈した。氏はプルタブを開けて一口飲み、僕と同じくやしろの方を見ている。ここで飲みきってしまうのが礼儀だろう。タブを開け、不安に思いながらも口を付けた。飲めなくはない苦さだった。空きっ腹に酸味が沁みる。


「結局何を祀ったのでしょうか」と氏が呟く。結局やしろを建てて祀っても怪異は解決していない。正体どころか手がかりも無い。

「迷宮入りですね」

 わざとあきれた調子で返した。

「迷宮入り?」

「原因も結果も分からないで、でもこうやって記録として神社のモニュメントだけが残された……って、感じかなって、思ったので」

 苦みと酸味と甘みが口を満たす。

「解決」、氏は繰り返す。解決、そういえば僕は解決を目指していたのだっけ。氏は、ぽつりと言葉を零した。


「解決しない気がするんです」


 ……え?

 突然の言葉に立ち止まる。


「それは、どういう」

「失礼」

「いえ! ……あの、」

 氏はコーヒーに口を付け、何でもないという風にごく自然に、

「持論です」

 そう言われると黙るしかない気がする。


 氏はやしろの前に屈みこんで空になった缶を供えた。立ち、手を合わせ、祈る。僕はまだ飲み終えられない。酸味がきつい。氏は鞄を持ち直して、


「喋りすぎてしまいました」

「いえ、僕も、知ったかぶりしたみたいで、恥ずかしいです、なんか、すいません」


 氏は答えなかった。ただ小さく礼をして去ろうとした。


「あの」、僕はとっさに声を掛けた。氏が振り返る。


「あの。

 もしも、僕が、これのこと、自分なりに決着つけられたら、その時はお話したいんです」

「僕に、ですか」


 僕は頷く。氏は一瞬間動きを止める。


「僕でよければ」

「コーヒー、ありがとうございました」

「構いません」


 酸味がつらいけれども一気に飲み干して、同じように御前に並べる。二礼二拍手一礼。馬鹿らしいけれども正式な方法で祈る。具体的に願うことは無い。世界平和?

 振り返ると氏は待っていてくれていて、ありがたいと思った、この公園に独りはやはりつらい。公園を出るまでの数歩を何も語らずに歩き、それぞれ別方向だというのでそのまま会釈して別れた。名も連絡先も聞かなかったけれど、これは、それでいいと思う。

 空腹を引きずって帰る。コーヒーで胃が荒れそうだ。明日も学校なんだ。今日の所ところは変な結果に落ち着いてしまったけれども、紆余曲折の果てに結果らしきものにたどり着ける気がしないでもない。

 たとえ何一つ解決しなくても。

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