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これは物語ではない  作者: 山川 夜高
act.2 Day&Dream
12/76

timeline

6:10

 携帯のアラームが鳴る。男は床に潜ったままカーテンを開ける。薄暗い部屋に明かりが差す。

 男、アラームを止める。

 そして二度寝。毛布を頭からかぶりやすらかな一時。


6:18

「起きろよ」とドアの向こうから声。男、目を瞑ったまま答えない。

「起きろって」

「……分かってますよ」

「分かってるなら起きろよ」

「……」

「おーい」

「……眠い」

 あんまり頭が回らない。


6:21

 ようやく目を開ける。布団を出て服を選ぶ。ただしその選択肢は異常に狭い。端から見ればだいたいいつも同じ格好だった。

 そろそろ夏服を出すか、とぼんやり考える。男はまだすこし寝呆けていた。


6:25

 リビングにはすでに朝食が並んでいる。


・ご飯

・チーズオムレツ

・ハム

・生野菜サラダ

・味噌汁、とろろ昆布入り

・ヨーグルト


 色々と完璧であることに帆来くんは閉口する。

「おはよー」

 気の抜けた声がする。いつの間に住み着いた透明人間だった。帆来くんは眠いから答えない。洗面台へ向かう。


6:27

 時間をかけて洗顔する。実は睡眠に次いで洗顔が、彼のささやかなやすらぎだった。

 眠気を洗い流し、髪型も整える。


6:30

「食べないの?」

「朝食べられないんです」

 ザムザはと言えば、まだ手を付けていない。朝食はもう少し遅く作るべきなのかもしれない。


6:32

「前から思っていたのですが」

「?」

「なんで男と同棲しなきゃいけないんですか」

「おうちがないからです」

「……」

「同棲って言うとキモチワルイから“ルームシェア”って言おう」

「家賃払って下さい」

「……じゃあ“居候”で」

「……」

「“家事手伝い”でも可」

「……」

「セレスタがいるから、まだいいよ。まだキモチワルくない」

「……そうですね」


6:33

 会話を反芻し、もう自分がなんとも思っていないことにため息をつく。とんでもなく特異な状況にあることを頭では理解しているのに、日常は淡々と過ぎていく。自宅には透明人間が取り憑き、朝夕の食事を作っている。

 自身の適応力の高さに驚いている。慣れって、恐ろしい。


6:40

 チャイムが鳴る。ドアが開き(ザムザが開けた)いつもの服を着たセレスタが敬礼のポーズ。

「おはよーっ」

『good morning (・∀・)』

「おはようございます」

『良いお天気です』

 彼女は食卓についた。朝食を食べに来たのだ。帆来くんのとなりに座った。たぶん向かいにザムザが居る。

 手を合わせ、「いただきます」


6:59

 テレビの占い。牡牛座10位、天秤座11位、双子座最下位。


『今日もっとも悪い運勢なのは……

 ごめんなさ~い、双子座のあなた。

 対人関係に疲れてしまい、 ついつい相手を傷つけてしまうかも。

 冷静な行動を心がけましょう。

 ラッキーアイテムは海外文学。

 ラッキーメニューはハヤシライスです♪』


「今日の夕飯、ハヤシライスってことで」

「……どうぞ」


7:09

 ごちそうさまでした。

「量、多いですよ」

「うっそだー」

『ヨーグルトだけでいいかも』

「うーそだー!」

「なんで楽しそうなんですか」

「やだねえ小食は」


7:15

 歯を磨く。洗面台の歯ブラシがいつの間にか増えている。化粧品も置いてある。着々と私物が増えていた。

 もういいや、と帆来くんは思った。


7:26

 身支度を済ませ二人は家を出る。

「貴方は、何か予定ありますか」

「ちょっと出かけようと思う」

「帰りは」

「ああ大丈夫。合い鍵持ってるから」

「……は?」

 透明人間は(恐らくはポケットから)鍵を取り出した。

「セレスタと作ったんだよ、ねー?」

 ねー、と言わんばかりに、セレスタも鍵をちらつかせる。

「……勝手に?」

「無いと不便だろうと思って」

「いや、勝手に」

『不便』

「……」

 ザムザは手を振って見送ったが、二人にそれは見えなかった。見えないけれど、二人も手を振り返して家を出た。


7:27

 非常階段で一階まで降りる。

 セレスタは喋らないし帆来くんも喋らない。特に喋ることもないし、沈黙が気まずい訳でもない。

 今日は昨日より水が浅い。


7:30

 C駅までは徒歩20分の道程である。道は住宅地の中をくねくねと伸びて、その殆どが傾斜か階段になっている。T市が坂の街ゆえである。

 あまりに坂が多いためT市には橋も多い。橋の下に川があるという訳ではなく、幹線道路や住宅地の上を渡している。

 駅に着くまでに彼らは橋を三回渡る。


7:38

 ある橋のちょうど中程で、彼は立ち止まって橋の下を見た。どうしたのかとセレスタも立ち止まり、男の顔を覗き込んだ。「何でもありません」と彼はまた歩きはじめた。

 何でもない、なんて事がある筈ない。しかし彼が見たものを少女は知らなかった。


7:43

「昼食は買わなくていいんですか」

 コンビニの前を通る時、帆来くんは問いかけた。セレスタはNOを示した。あなたは? と言うふうに彼女は視線を返した。

「僕は学食使ってます」

 彼女は頷いた。

「給食とか学食はあるんですか」

 彼女は首を振った。途中で何か買っているんだろうと思った。


7:47

 駅構内で二人は別れる。C駅には二本の私鉄が走っていて、帆来くんは片方の上り方面、セレスタはもう片方の下り方面に乗る。

 彼女は鞄の内ポケットから何かを取り出し、帆来くんに手渡した。一粒のミルクキャンディだった。

「……ありがとうございます」

 少女はにこりと笑って親指を立てた。

 二人は互いに小さく手を振って、それぞれの改札へ向かった。また夕方に会おう、と。


8:15

 すし詰めになった車両の中、男は貰ったキャンディを口に含んだ。久しく食べていない味だった。彼は目を閉じ、車両の揺れに身を任せた。

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