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これは物語ではない  作者: 山川 夜高
act.1 無人の公園
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序幕:ポタージュ様

『ポタージュ様』

≪近所の主婦による証言≫


 ええ本当に不気味な話なんです。本当に怖いわ。私今すぐにでもこの家を売払ってしまいたいもの。いやね家が怖いんじゃないわ。家の隣の公園。ここね、絶対に、何・か・い・る・の・よ……そう、初めておかしいと思ったのは、ええと、一月の終わり頃だったかしら。

 私ずうっとあの公園からは嫌な感じがしてたわ。だってあそこ、夜も街灯一個しかなくて、暗いし、周りの木がうっそうとしていて、本当にジメッとした雰囲気なの。公衆トイレはあるんだけどそこも暗いしゴミやラクガキばかりで、自動販売機を利用する人もいないし、昼でも人影なくって、本当に悪い若い人達のたまり場になっちゃいそうでね、とにかく嫌だったのよ。

 でね、夜中に悪い事件がないように、私家の窓から時々公園を見はってたの。まあ不良とかはいなかったんだけどね(今時の子はやっぱり駅前の方にたむろしているのかしら)。


 ある日夜遅くに私が見てたら、ガコン、って音がしたの。誰か自動販売機で何か買ったんだわって思ったわ。だから一応自動販売機の方を見たのよ。そしたら――誰もいなかったのよ!

 そしたらピピピピピピーって鳴ってね。自動販売機のルーレットが回って、もう一本当たっていたの。めずわしいわ。私一回も当たったこと無いもの。それでも自動販売機の周りに人はいなくてね。私も販売機の誤作動かしらって思ったの。

 でもそれからも夜中に販売機が動くことがよくあったわ。息子が言ってたけど昼間にも動いてたことがあったって。それから夜中になんだか声が聞こえるようなこともあって、あれは男の声だったわ。私公園にホームレスがいるんじゃないかって思ったの。やっぱり迷惑でしょう。だからある日交番に相談してみたの。

 次の日に巡査さんが来たわ。巡査さんも一階公園を通りすがったとき、誰もいない公園からスリラーのカラオケが聞こえたことがあったそうなのよ。だからすぐ来てくれたのね。一番色々起きている、夜に来てもらったわ。

 私達懐中電灯を持って公園に行ったの。巡査さんは警棒も持ってたわ。それで何十分か一緒にくまなく公園を回ったわ。でもトイレにもどこにも人はいなかった。今日はいませんねまた来ましょうと巡査さん言って、私達帰ろうとしたのよ。

 そうしたらね、またもう、見計らったように、ガコンって、自動販売機が動いたの。私達が公園にいるときに動いたのははじめてだったわ。私、もう不気味で怖くなって、巡査さんの後ろにぴったりくっついていたわ(その巡査さん、まだ二十代で、顔立ちも幼い所があってカワイイのよ)。

 そしたら巡査さんが突然ウワーッて悲鳴をあげたの。かと思ったらガックンと、ひざから倒れちゃったのよ! 巡査さんがひいひい言って、泣きそうになりながら、

「ひ……ひ……ヒザカックンされた!!」

 それであたりを見たけれど誰もいない。私と巡査さんしかいないもの。

 こんなんだから私達いそいで公園から逃げたわ。私が巡査さんを背負って家まで走ったわ(立場が逆よね)。家で巡査さん、真っ青になって、

「これは我々の手には負えません。凶悪すぎます」

って逃げちゃったわ。

 手に負えないなんて言われても困っちゃうわよ。私当事者よ。怖いけど、このままに出来る訳ないじゃない。前にお友達から祈祷師さんを紹介されたことがあったの。その時は、何うさん臭いって思ったけれど、警察に頼れないんだから仕方ないわ。まず祈祷師さんに電話口で相談したの。

「それはポルターガイスト現象でしょう。おまけに相当上位の霊かもしれません。ううん一度行ってみましょう。ですが最初から夜に行くのは危険です。奴は夜に力を増す。まず昼に下見です」

 そうして祈祷師さんが来たわ。何だか長い服を着てあやしい人ね。その日はご町内の人も一緒に見てたわ。日本酒が必要って言うから町内会長が持ってきてた。お清めに使うみたい。

 祈祷師さんは公園に一歩入って、

「ふむ特別に強い霊気はありません。霊道もありませんし風水的には多少健康運が下降しているだけです、ご近所の奥様はお肌に気をつけると良いでしょう」

 そう言いながら祈祷師さんは問題の自動販売機の方へ歩いて行って、その前で立ち止まったわ。

「ここが問題の機械ですか。ふうん幽霊というのは機械と相性が良いんです。だからポルターガイストにも機械が影響されやすい。ですがここからは全く霊気を……」

 って、言い終わらないうちにね、その祈祷師さんの真ん前で、

「ピッ」

 って、自動販売機が点いたのよ!

 それだけじゃないの。誰も機械にはさわっていなかったのに、飲み物のボタンがおされたの! 缶のコーンポタージュだったわ。ガ、コンって缶は落ちてきた。そしたら取り出し口が勝手に開いて、信じられないでしょうけど、缶が空を飛んで出ていったのよ! 缶は祈祷師さんの隣までまっすぐ飛んでいって、パキンとプルタブが外れて、缶が傾いたの。当然中身は地面にこぼれる、と思ったら違ったの。空中のどこかに穴があるみたいに、コーンポタージュが空中になくなっていくのよ!

 真っ昼間からいきなり超常現象で公園はパニックよ。町内会長なんか一度気絶しちゃったわ。祈祷師さんもこれには真っ青で、口をパクパクさせちゃって、

「こ、こんな昼間から、ここまで強い霊力が、しかも、霊気を自在にあやつれるなんてウワァーッ!!」

 と言った瞬間、巡査さんみたいに倒れ込んだわ。

「この私に……ヒザカックンとは……これはとんでもない上級霊です……」

 祈祷師さんはがっくり倒れたままの格好で、

「この方を立ち退かせることは不可能でしょう。あまりに力が強すぎます。私の力をもってでもとても敵いません。それよりもご機嫌をそこなわない方を考えましょう。皆さんこちらに集まって」

 そう言って祈祷師さんはかばんから何か古い和紙を取り出したの。そこには毛筆で五十音が書いてあったわ。こっくりさんみたいなものかしら。

「いいえ、もっと上質のものです。この中でどなたか硬貨をお持ちの方はいませんか」

 町内会長が五百円玉を出したわ。祈祷師さんはそれを広げた和紙の上に置いて、祈祷師さんは真面目くさった顔でぶつぶつ唱えているの。さっきの缶に向かってね、

「ポタージュ様ポタージュ様どうぞお出で下さい」

 すると誰も触っていないのに五百円玉が動いたの。あっと皆声を上げたわ。硬貨は紙の上をなめらかに移動してね、

「い」「い」「よ」

 祈祷師さんがまたお祈りして、

「ポタージュ様ポタージュ様、先程は大変失礼いたしました。どうかお許し願います」

 また五百円玉が動いたわ。

「い」「い」「よ」

「ポタージュ様ポタージュ様、つきましてはお供えの品を差し上げたく思います。何が宜しいでしょうか。ポタージュスープでしょうか」

 五百円玉はちょっと動きを止めてから(何がいいかを考えたのかしら)

「び」「い」「る」

「ポタージュ様ポタージュ様必ずやお供えいたします。ポタージュ様これからは悪さをなさらないでいただけますか」

「い」「い」「よ」

「ああポタージュ様ありがとうございます。ポタージュ様ポタージュ様どうぞおもどりください」

「い」「い」「よ」

 そうして五百円玉は動かなくなったわ。祈祷師さんは五百円玉をふくろに回収して、

「この五百円玉は私の方で大切に供養いたします」

 と言って帰って行ったわ。でも祈祷師さんが公園を出てすぐに、また「ウワアーッ」て倒れ込んだ。またヒザカックンされたのね。それを見た町内会長達はビックリして一目散に酒屋さんに走って行ったわ。

 ということがあったせいで、公園から人はますます減ったわよ。まあゴミもラクガキもチカンも減ったからよかったのかしら。自動販売機にも実はお代はちゃんと払われていたし、それにポタージュ様は結局女性には手を出さなかったから、意外と紳士なのかもしれないわねえ。


 でも最近ね、ここだけの話なんだけど、公園からポタージュ様じゃない新しい声も聞こえるのよ。夜窓から覗くのは怖くなっちゃってもうやっていないんだけど、確かにもう一人いるみたいなの。

 これはいよいよ祠を建てて供養しなければって、町内会長が嘆いていたわ。

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