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頭脳担当の私と、戦闘担当の君

作者: くまたに
掲載日:2026/05/06

 その日──半年もの間、固く閉ざされていた研究室の扉が開いた。

 眠そうな少女が中から現れ、後頭部を掻く。

 腹は空いていない。体も汚れていない。それは──


「メイ。洗濯ありがと」


『頼まれていた家事は、すべて終了しています』


 桜庭愛の発明品──AI搭載家事ロボットのおかげだ。


「久しぶりの太陽! 美味しい空気! ああ、生きていてよかったッ!」


 両手を広げて深呼吸する。そこで初めて街の不穏な空気に気づいた。


「あれ……人、少なくない?」


 商店街のシャッターは半分以上が閉まり、同じ標語の張り紙が並んでいる。


「『争いは何も起こさない。今こそ統一を──』って、何だこれ」


 口に出して読んでみたが、馬鹿馬鹿しいスローガンに苦笑を浮かべる。

 何年も続く戦争のせいで、一部の人はおかしくなったのかもしれない。

 以前は少しだった警備ドローンも、今ではそこら中にいる。

 道行く人は笑っていないのに口角が上がっていた。


「それに──」


 愛は警備ドローンを睨む。

 手のひらに収まるくらいの球体のソレは、人を後ろからピッタリと追いかけ、常に監視しているように見える。


(あれ、怪しいな)


 それが正しいかは自分で確かめる──愛の中の発明家魂が疼きだした。


「サンプルを捕まえないと!」


 どういう仕組み? 私に制御できる? と、疑問が絶えず溢れてくる。

 虫取り網を片手に、愛は街中を駆け回った。


 数分後、網にかかった警備ドローンを地面に叩きつけた。

 四十代くらいの中年を監視していた個体だ。ドローンを引き剥がした瞬間、男は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。周囲の人間は、無表情で「統一」と呟くだけだった。


「もしかして──いや、もしかしなくても、私がやったの……?」


 周囲の視線が刺さる。次の瞬間、ドローンが一斉にこちらを向く。気づけば逃げ出していた。

 あまりにも衝撃が強すぎたせいで、冷静な判断が出来ずにいた。

 それでも研究対象は逃すまいと鞄に詰め込む。こちらもおじさんと同じで、全く動かなくなってしまった。

 まるで知らない場所に放り出されたかのように、愛は周りを警戒しながら研究室に逃げ込む。金属とオイルの匂いがした途端、胸の奥に張り詰めていたものが緩んだ。外の異様な空気とは違い、ここだけは変わっていない。

 愛は無造作に発明品の山へ手を伸ばす。冷たい感触に触れた瞬間、視界が滲んだ。


「……許さない」


 街を壊した何かに、怒りが込み上げる。

 やることは一つだ。捕獲したドローンの解体・解析。だが工具を握った瞬間、手が震えた。


「くそ……」


 思考だけが先走り、体が追いつかない。


『──ご主人様』


「メイ……?」


『私が解体いたします』


 顔を上げる。家事しか教えていないはずのメイド型AIが、真っ直ぐこちらを見ていた。


『ご主人様の作業を観察し、学習しました』


 その一言で、震えが止まる。


「……お願い」


『承知しました』


 メイは迷いなくドローンを分解していく。正確で、無駄がない。何もかもが上手くいっていた。はずだった──

 唐突に研究室の警報が鳴る。どうやら敷地内に侵入者が入ってきたらしい。


「どうして嫌なことが重なるの……」


 愛は泣き出しそうな声で、敷地内の監視カメラを使って侵入者の動きを追った。

 高校生くらいの女の子。肩甲骨辺りまで伸びた黒い髪が靡いている。

 どこで拾ったのか鉄パイプを握りしめていて、愛の作ったトラップを片っ端から壊していった。


「か、加減ってものがあってもよくない!」


 呆気なく攻略されてしまいそうで、焦りが込み上げてくる。


「この子運動神経良すぎでしょ……」


 どんなトラップも悠々と超え、確実に愛の元へ近づいていた。逃げ場は、最初からない。


『……全てを統一する。全てを統一する』


 侵入者の声がモニター越しに微かに聞こえた。ヤバい宗教に身も心も捧げたような、そんなオーラを醸し出している。


「ただの勧誘……じゃないよね?」


 そんな目的のためにここまで破壊したのなら、たまったもんじゃない。

 背後をドローンが追いかけていた。侵入者も洗脳されているようだ。

 またお前らかと、膝から崩れ落ちる。最強の頭脳を持っていたとしても、たかが一人──できることは限られていた。

 人が死の間際に走馬灯を見るのと同じように、愛の脳内には、たくさんの発明品の案が思い浮かぶ。

 どれも金銭的、人為不足で実現不可だが、死ぬ前に設計図くらい書きたかった。と後悔が残る。

 最後の切り札の神経毒。これが通用しなければ、もう終わりだ。

 プシューッ──侵入者が射程範囲内に入り、毒ガスが通路を埋め尽くす。だが──


「うッ──全てを……統一、する」


 毒ガスを自ら吸い込む。涙を流しながらも、立ち止まる気配がなかった。恐ろしいくらいに強い意志が感じる。

 鍵がかかっていたはずの扉は、いとも簡単に風穴を開けられてしまう。

 鉄パイプを振り回す彼女の姿は、まるで金棒を持った鬼のよう。全身の毛が逆立ち、背筋を撫でるような寒気がした。


「全てを統一する。全てを統一す──」


 侵入者は力が抜けたように倒れ込む。その光景を、愛は見覚えがあった。


『ご主人様。目標を撃破しました』


 先程の事故で使い物にならなくなったと思っていたメイは、ドヤ顔を浮かべて主張してくる。

 指先が銃口となり、侵入者の──背後のドローンを的確に撃ち抜いていた。


「め……メイぃぃぃぃ」


『く、くすぐったいです』


 安堵して抱きつくと、棒読みで言われてしまって恥ずかしくなる。それでも今は人間と同じ肌を持つメイにくっついていたかった。

 柔らかさの奥には、冷んやりとした硬さがある。そのせいで現実に引き戻された気がした。


「散々やってくれたな……今度は私の番だからね」


 ちなみに侵入者は手錠をつけて、ベッドの上で寝かせておいた。流石に洗脳されていた女の子を、牢屋の冷たい床に放っておくことはできない。

 死んでいるのでは? と怖くなるくらい安らかな表情で眠っている。

 途中まで頑張ってくれたメイとはバトンタッチして、今は愛が解体をしている。

 内部基盤には『UHC-092』と書かれていた。

 聞いたことのない略称。それに複雑な造りをしている。

 電源、遠距離通信、あとは……脳波同期用の共振装置。


「は?」


 愛は思わず腑抜けた声を漏らす。街の様子を見ていたから分かっていた。だが──


(本当に洗脳してたなんて……)


 実物を見ると現実味が湧いてきた。研究に没頭していた間に、なんて物が作られたんだ。と、一人だけ置いてけぼりにされている気がした。

 しかし目の前にあるのは、自分の知らない知識の結晶だ。学習をしないわけがない。

 胸の奥で、怒りと好奇心が同時に脈打つ。こんな外道な技術でも、未知であることに変わりはない。


「ふざけてる」


 モニターに映るデータを見て、愛は怒りが混じった声で言う。

 どうやら、ドローンは洗脳だけには収まらず、人の記憶を勝手に学習していたようだ。

 幸せ、初恋、イタズラをして怒鳴られた日。どれも情報として、ドローンのログに残っていた。更にデータを辿る。


「同期率74.8%……もしかして、この子の人格を上書きしてた?」


 それが何を表しているのかは分からない。100%──それは彼女が、彼女でなくなる数字。そんなもの、想像すらしたくなかった。


「こんな物、こうしてやる──接続の遮断」


 ドローンのプログラムを書き換えた。基盤のランプが、赤から青へと変わる。

 静寂。遅れてベッドから掠れた声が聞こえた。


「んんっ……あれ?」


 侵入者は、重い瞼をゆっくりと開ける。


「まだ安全確認が終わってない。急に動かないで」


 反射的に冷たい声が出た。さっきまで鉄パイプを振り回していた相手だ。警戒を解く理由はない。


「痛っ……この手錠……。あなたは、誰?」


「桜庭愛。君は自分が誰だかわかる?」


 彼女は眉を寄せ、こめかみに指を当てる。


「私は……朝霧日向です。あと少しで十八歳になります」


 はっきりした口調。視線も揺れていない。


(自己認識は正常……今のところは)


「これに見覚えは?」


 組み直したドローンを見せる。その瞬間、日向の瞳が大きく見開かれた。

 息が止まり、肩が震える。


「……やめて……それ。全てを──」


「もういい! 忘れて!」


 荒い呼吸。数秒の沈黙。やがて日向は、困惑した顔でこちらを見る。


「……ごめんなさい。今、何か言いましたか?」


 反射的に、愛はドローンを床に叩きつける。


(まさか……覚えてないのか?)


 同期率74.8%。数字が脳裏をよぎる。

 本来なら、まだ拘束しておくべきだ。再発の可能性もある。外部からの再接続だって理論上はあり得る。でも──


「安心して。君はもう大丈夫だ」


 自分でも驚くほど、声が柔らかかった。


「街のみんな……おかしくなって……」


「分かってる。全員助ける」


(本当に?)


 確証はない。それでも、そう言った。

 愛は数秒だけ迷い──そして、手錠を外した。金属音が、やけに大きく響く。


「……いいんですか?」


「自由に動けないと、不便でしょ」


 日向は手首をさすりながら、小さく笑った。


「ありがとうございます、愛さん」


 その笑顔は、間違いなく彼女自身のものに見えた。だからこそ──

 床に転がったドローンの中で赤いランプが光ったことを、愛は気づくことはなかった。


 研究室のシャッターがゆっくりと上がる。

 夕暮れの光が、金属とオイルの匂いを押し流した。


「外、静かですね」


 日向がぽつりと呟く。

 街は静かすぎた。笑い声も、怒鳴り声もない。ただ規則正しく巡回するドローンの羽音だけが、空気を震わせている。


「静かなのは好きだけど……これは違う」


 愛はそう言って、ドローンを地面に置いた。


「研究ってさ、他人がいるから意味があるんだよ」


「え?」


「一人で完結する発明なんて、ただの自己満足でしょ」


 そう言っておきながら、「まあ、私は一人でするのが好きなんだけどね」と付け足す。

 スマホを操作するとドローンを起動した。同時にスキャンが始まり、一つの座標が映し出される。


「そこに、全ての元凶があるんですね?」


「わからない。それでも、行く価値はあると思う」


「だったら行きましょう」


 日向はやけに乗り気だった。研究室に侵入してきた時と同じで、鉄パイプを握りしめている。しかし──


「私は行かないよ?」


「え?」


「私は頭脳担当。何事も適材適所が大事だからね」


 そもそも愛が行っても、邪魔にしかならない。これが妥当な選択だった。


「だったら……私が一人で行くってことですか?」


「いや、違うけど」


 愛はドローンを指さす。足元のドローンが小さな羽音を立てて、地を離れる。解体の後、研究室にある物で改造させてもらった。


「これ、大丈夫なんですか?」


 そう聞かれることも、全て分かりきっていた。だからこそ、愛は渾身のドヤ顔を浮かべる。


「もちろん。見た目は変わってないけど、中身はほとんど作り直したからね」


「それをあんな短時間で……?」


 もし日向に逃げられて、愛の素性がバレてしまえば、その時はこの国──いや、世界の終わりだ。それに比べたら、安い苦労だ。


「そうだね。なんたって私は──普通の人と違うから」


 その言い方は、妙に感情が薄かった。

 日向は何を言ってんだ。と目を細めるが、無理もない。だって目の前にいるのは、自分よりも数センチ小さな女の子だから。


「じゃあ……頼みます……よ?」


「うんうん。任せて。君は戦闘担当だ──ちなみに私が偵察担当ね」


 日向の動きは、努力で埋められる類のものじゃない。さっき身をもって知ったばかりだ。それなのに──


「私……戦えません」


 愛の眉がぴくりと動く。


「どういう意味?」


「戦ったことなんて、一回もないんですよ」


 当たり前でしょ。と言わんばかりの表情だ。それでも愛は引くことはなかった。


「それでも行ってもらう。これは日向にしか、できないことだから」


 そう言ってペンライトのような物を日向に差し出す。これこそ愛の発明品が一つ、自動伸縮サーベルだ。護身用に作ってみたものの、剣術の才能が皆無な愛には使いこなすことはできなかった。


「安心して。日向は自分で思ってるよりも、ずっと強いから」


「……」


 日向は納得のいかない顔で、サーベルを受け取った。初めから信用してもらえるなんて思っていない。大事なのは、ゆっくりと良好な関係を築くことだ。


「何かあっても……見捨てないでくださいよ」


「もちろん。日向は心ゆくまでサーベルを振り回していればいい」


「わっ、わかりましたって! やればいいんですね!」


 そう言う日向の手は、小刻みに震えていた。研究室を滅茶苦茶にしたことは、すっかり忘れているらしい。


(いや、忘れたままでいい)


「……生きて、帰ってきてね」


 自分でも驚くほど弱い声。愛は、日向の姿が見えなくなるまで、モニターを起動できなかった。


『本当にここになにかあるんですか?』


 インカム越しに日向の不安気な声が聞こえる。

 それも仕方がない。なんたって日向と改造済みのドローンが向かったのは、今は誰も寄り付かない廃校。落書きも割れたガラスも放置された、寂しい場所だ。


『なんか答えてくださいよ!』


「ごめんごめん。考え事してた」


『ほんと、ですか……?』


 研究室のモニターに大きく、可愛らしい顔が映った。恐る恐る周りを見渡しては、文句を言われる──それの繰り返し。

 一体どれだけ信用がないのか。と愛はため息を漏らす。

 ドローンの解析の結果──ここは倉庫として使われていることが分かった。もしかしたら、街を支配している奴らの親玉に関する情報を集められるかもしれない。


『愛さん。ここ、何もないですって。もう帰っていいですか?』


「仕方ないな。全部の教室を回ったら、いいよ」


『……いじわる』


 拗ねたような声が耳に残る。思わず溶けそうだった。しかし、レーダーに反応があったので、すぐに真面目な顔に戻る。


「あっ──次の角、右に曲がって十メートル先に敵の反応! 数は三体!」


『そ、そんなに……』


「私がドローンで注意を引く。その隙に倒せる?」


『む、無理ですって』


(また泣き言を……)


 うんざりして、愛は盛大にため息を漏らす。まさかここまでとは思わなかった。


「だったら置いてくよ」


『それだけは──が、頑張りますから、少しだけ時間をください』


「わかった。3秒ね」


 感情のない声に、日向は肩を揺らした。サーベルを伸ばして、しっかりと握りしめる。


「さーん、にーぃ、いーち──今だ!」


 掛け声を出すのと同時に、愛は研究室からドローンを操作する。敵の人型ロボットの頭上を通り過ぎると、作戦通り注意を引き付けられた。あとは──日向が一歩を踏み出すだけだ。


『やあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』


 力の籠った声が、インカム越しに響く。耳がキーンと痛くなったが、愛は気にせず操作に集中した。その表情は、少しだけ嬉しそうにも見える。

 ガシャン──と、金属の塊が崩れる音の後、荒い呼吸が残った。


「日向?」


『使いやすい……』


「え。なに?」


『このサーベル、すっごく使いやすいです!』


 鼻息を荒げ、その声は少し興奮気味だった。身の危機に瀕して一時的におかしくなっているようだ。


「当然でしょ。誰が作ったと思ってるの──でも、今回の勝利は日向のおかげだよ」


 それより先は返事がない。代わりに、鼻水を啜る音が微かに聞こえた。きっと張り詰めていたものと一緒に、気持ちも緩んだのだろう。

 愛はより一層気合いを入れ直す。何としてでも、日向には帰ってきて欲しい。そう思ったからだ。


「まだやれる?」


『はい!』


 その声は、今までとは比べ物にならないくらい、逞しかった。


「左、視界外から来る」


『見えてます』


 言葉が被る。

 ロボットの腕が空を切る。日向のサーベルが、その関節を正確に断ち切った。

 二人の連携は加速度的に深まっている。そして、日向の動きにキレが増してきた気がした。


「今の一撃、すごくよかった!」


『愛さんこそ、指示が適切でわかりやすいです!』


「このまま全員倒しちゃおー!」


 愛の声が弾む。こんなに気持ちよく誰かと繋がれたのは初めてだった。

 この程度の警備なら、奥も同じだろう。その時の愛は、そう結論づけていた。


「敵の反応はあと一つだよ。最後まで気を抜かずにいよう」


『はい。──今夜はパーティーですよ。ご馳走、用意しておいてくださいね?』


「勝手なことを……わかったよ。やるなら盛大に、だ」


『やった!』


 反応のする方へ移動しながら、無駄口を叩いていた。そんな余裕が、今の二人にはあった。敵の姿を見るまでは──


『威勢のいいガキが二人、か』


 無機質なロボットのカメラが二人を捉える。

 今までの雑魚とは違って、迫力があった。一回り──いや、二回りかそれ以上の大きさ。

 サーベルごときで倒せるのか。と思うくらい、ずっしりと分厚かった。

 ロボットの背後には重そうな扉が。あの中に何かがある──そう確信した。


「さっさと片をつけよう。…………日向?」


 愛の操縦するドローンの後ろで、日向は足を止めていた。


『無理だ……』


「また無理無理病か? 日向はできる子だよ。私が見てたんだ。保証する」


『でも……』


「今夜、一緒にパーティーするんでしょ?」


 そう言って、ドローンの機体で日向の背中を押す。


『そう、だね。このロボットを倒さないと、帰れないよね』


 日向は一歩前に進み、サーベルを握り直す。


『愛さん──お願い!』


「わかった!」


 ドローンでロボットの周りを動き回る。


(体が大きい分、少しでも注意を引けたら私達の勝ちだね)


 ロボットが釣られて背を向けた瞬間、日向が地面を強く蹴った。


『攪乱する気か──無駄だ』


 上半身と下半身の繋ぎ目で、ロボットは人じゃ考えられない曲がり方をした。


『俺はロボットじゃない──ガルドスだ』


『──ッ!』


 咄嗟だったので受け身を取れず、日向はガルドスの腕を正面から食らった。声にならない声を漏らして、数メートル後ろに吹き飛ばされる。


「日向ッ!」


(私のせいだ。私が急かさなかったら……)


 愛はモニターを睨みながら唇を噛む。痛みはなく、硬い感触だけが残った。


『危険度65%戦闘モード発動──お前から殺してやる』


 ガルドスは一歩ずつ日向に近づいた。動くたびに、地面が、空気が振動する。


「日向に手を出すなーッ!」


 こんなにも感情に任せて行動したのは、生まれて初めてだ。頭がカッと熱くなり、思わず叫んでいた。

 ドローンの機体を利用した、捨て身の体当たり。少しでも時間を稼がないと──その一心で、冷静な判断ができなくなっていた。


『温い』


 ガルドスは蚊を払うように、ドローンを跳ね除けた。省エネかつ単純。愛の策略は、始まる前に終わってしまった。

 モニターの画面は真っ暗になって、インカムから声が聞こえるだけ。二対一のハンデは、一瞬にしてなくなった。


「は……なんだよ、こいつ。こんなの、勝てっこない……」


『まだ──』


 愛が弱音を吐いたのと同時に、日向も声を出す。震える足を叩いて、黙らせた。

 まだ──立てる。

 日向はサーベルの先端をガルドスに向け、一度だけ深呼吸をした。新鮮な空気が体を満たすのを感じながら、動きやすいように腰を落とす。


『まだ終わってない!』


 その瞬間、愛は何かに殴られたような、そんな気がした。


(なんで諦めてる。私だけ安全なんて、虫が良すぎるだろ)


 壊れてしまったドローンとの接続を切った。もうないなら、増やせばいい。愛は、さっき日向が倒したロボットにアクセスする。

 頭が痛くなるような、複雑なプログラム。しかし、思考を止めない。


(日向が倒れても、私が戦い続ける)


 そう決意する。インカムの奥からは、日向の威勢のいい声が響いていた。


『今だ──!』


 二度目の攻撃。今度は、踏み込みがさっきよりも強かった。


『面白い』


 ガルドスは次々と拳を振り下ろした。日向はその動きを観察し、正確に避ける。

 床が轟音を上げて砕けた。それでも気にしない──むしろ、好都合だった。亀裂は見る見るうちに大きくなり、二階と一階を繋ぐ、大きな穴になる。

 重い機体が功を逸した。ガルドスはバランスを崩して、真っ逆さまに落ちる。

 二階から見下ろしていた日向は小さく笑う。そして、サーベルを構えた。


『くたばれ──このガラクタがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』


 体重と重力による一撃。死に物狂いで叫び、誓った──街の平和を脅かす奴らを根絶やしにすることを。


 剣先はガルドスの胸を捉えた。その時──


『学習した』


 ガルドスは空中に腕を伸ばす。サーベルに対して垂直。攻撃は手のひらに刺さり、衝撃が殺されてしまった。

 次の瞬間、もう片方の腕が日向の足首を掴む。ガルドスは振り子のように回転させ、廊下の壁を突き破って放り投げた。

 ガラスが割れる。空気が一瞬なくなる。

 気が付いた時には体育館の床で、全身を稲妻のような激痛が襲った。

 足音が近づく。


「死にたくない」

「死にたくない」

「死にたくない」


 肺が潰れたように息が出ない。呼吸を忘れる。


「日向、日向──!」


 愛は喉が枯れそうになりながらも叫ぶ。しかし、返事は一向に返ってこなかった。モニターに映るのは、敵のロボットとの『同期率82%』。まだまだ時間がかかりそう。


『危険度74%戦闘モード続行──無様な姿だな。最後に言い残すことはあるか?』


 まさかロボットに見下される時がくるなんてと、日向は歯を食いしばった。ガルドスの影が覆い被さる。


『お前が生まれた、あの日の実証実験は覚えているか……?』


『わから、ナイ』


 ガルドスの声にノイズが混じった。


『被験者番号D-17。 出資者だった。実験の最後に、被験体に転用された。朝霧誠──私の父親』


『ワカラナイ──お前の妄想だ。この世界の害となるものは、全て消す』


 ゴォー──と、激しい音を鳴らして、ガルドスは腕を振りかぶった。しっかりと日向を捉えている。


『終わりだ──』


 最後にそう呟かれた。ガルドスの腕が日向に落ちる寸前、パァンと、空気が破裂する音が響く。間を開けずに、金属同士がぶつかり合う音が鳴った。

 腕の軌道がずれ、顔の隣に落ちる。


『仲間……割れ?』


 思わず日向は声を漏らす。恐怖よりも、驚きが隠せずにいた。


「日向! 生きてる──?」


『愛……さん。もしかしてこれって……』


「そう。ハッキングした。これで私も戦える!」


 一滴、また一滴と日向の頬を雫が伝った。怖いに決まってる。それでも──


『ごめんなさい。あまり動けないかもしれませんが、全力を尽くします……』


 そう言って、サーベルを杖のようにしてゆっくりと立ち上がる。しかし、戦意はまだ残っている。


「戦闘開始だ!」


 掛け声に合わせて、いくつもの銃声が響く。外傷の少ない機体を次々と奪う。思考を分割し、並列で制御を奪取する。

 ロボットの持っていたライフルでは、ガルドスに致命的なダメージを与えることができない。だが、動きを鈍らせることはできる。


『無駄だ』


 ガルドスは日向、ただ一点を見つめていた。ロボット軍隊には少しの興味も示していない。


『危険度91%戦闘モード起動』


 雰囲気が一気に変わる。今までとは比にならない殺気を纏っていた。

 日向の攻撃で、ガルドスの片手は使い物にならない。だが、重い体からは考えられない素早い動きになる。


「左に避けて」


『ん』


 掠るだけでも致命傷になりそうな一撃だったが、その分反動は大きい。日向が避けたことで、束の間のほつれができた。

 そのチャンスを、愛は見逃さない。二対のロボットに捨て身で突っ込ませる。ドローンとは違って、確実にガルドスに効いていた。


「決めてッ──」


 日向はサーベルを両手で握り、分厚い胸に突き刺す。ガルドスは必死にもがき、サーベルを引き抜こうとする。


『…………っ、ああああぁぁッ!! 離すかぁぁッ!!』


 暴れるガルドスの動きが、少しずつ遅くなる。そして──

 大の字になって、仰向けで倒れた。

 愛のセンサーからも、ガルドスの反応が完全に消えている。

 他でもない、愛と日向──二人の勝利だった。

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