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第4回:審判と新生



「失礼、大浦専務ですね? 消費者庁の公益通報制度調査官、ならびに国土交通省の監査官です。本日は『公益通報者保護法』に基づく報告徴収、および『道路運送車両法』違反の疑いで、立入検査に参りました」


 応接室の扉を蹴破らんばかりの勢いで入ってきたのは、灰色のスーツを鎧のように着こなしたプロ集団だった。

 先頭に立つ女性調査官は、顔面蒼白で固まっている大浦専務の鼻先に、これ以上ないほど鮮やかな手つきで身分証を突きつけた。


「あ、いや、これは何かの手違いで……。私は今、不祥事を起こした社員の処分について協議していたところでして……」


「協議? 私の耳には『賠償額をまけてやるから土下座しろ』という、前時代的な脅迫が聞こえていましたが?」


 女性調査官の冷徹な一言に、専務の喉がヒュッと鳴った。

 彼女は部屋を見渡し、床に砕け散ったクリスタルの灰皿と、腰を抜かした中島部長、そして震える手でスマホを操作しようとする武田を一瞥した。


「武田さん。その端末を置きなさい。現在、本庁の別動隊が人事部、および品質管理部のサーバーを完全に封鎖しました。隠蔽工作を継続すれば、法人のみならず、あなた個人にも刑罰が科される可能性がありますよ」


「ひっ、はいぃ!」


 人事のホープ(笑)だった武田が、文字通りスマホを放り投げた。

 その様子を眺めながら、私は自分のデスクから持ち出したマグカップに残っていた冷めたコーヒーを一口啜った。……苦い。だが、これほど美味い苦みは他にない。


「佐藤君! 君、これはやりすぎだ! 会社を潰す気か!」


 中島部長が、汗でドロドロになった顔を振り向かせ、私に掴みかかろうとした。だが、その腕は屈強な監査官によって瞬時に制圧された。


「離せ! 私は部長だぞ! 専務、何とか言ってください!」


「中島君……君が、君が勝手にやったことじゃないか! 私は何も知らん! 全部この男が独断で行ったことだ!」


 大浦専務が、迷うことなくトカゲの尻尾切りを開始した。

 一分前まで「手続きだ」の「浄化だ」のと威張っていた男が、今や部下に全責任を擦り付けようと必死に喚いている。

 その醜態こそが、私が最も見たかった「情報の報酬」だった。


「専務、それは無理筋ですよ」


 私は、カバンから一冊の古びたノートを取り出した。

 辺境アーカイブセンターで岡庭さんから託された、十年前からの『裏金とデータ改ざんの指示系統図』だ。


「これには、あなたが常務時代に中島部長へ出した指示メールのプリントアウト、さらには今回のボルト偽装を『利益優先で黙認する』と決議した役員会の議事録(原本)もしっかり綴じられています。……アーカイブセンターを、単なるゴミ捨て場だと思っていたのがあなたの敗因です」


「な、なぜそれを……あれは十年前の引越しで破棄したはずだぞ!」


「『破棄したことにした』だけですよ。岡庭さんが、いつかこの日が来るのを信じて、十年間カビの匂いに耐えながら守り抜いたんです」


 大浦専務は、崩れ落ちるように椅子に沈み込んだ。

 彼のゴルフ焼けした顔は、今や賞味期限切れのレバーのような色をしている。


「……終わったな、帝都重工」


 誰かが呟いた。

 窓の外では、報道ヘリのローター音が響き始めている。

 翌朝の新聞一面は、この巨大企業の凋落を報じる文字で埋め尽くされるだろう。


 一ヶ月後。

 季節は巡り、春の柔らかな日差しが降り注いでいた。

 私は、超高層ビルのオフィス……ではなく、下町の古い雑居ビルの一室にいた。


「おい佐藤、その資料の並べ方がなってない。法律の解釈より先に、整理整頓を覚えろ」


 ボサボサの白髪を掻き回しながら、岡庭さんが怒鳴る。

 そこには、新しく設立された『佐藤・岡庭コンプライアンス法務事務所』の看板が掲げられていた。


「いいじゃないですか。うちは『整理整頓』がウリのアーカイブセンター出身なんですから」


「ふん、屁理屈だけは一人前だな」


 岡庭さんは毒づきながらも、満足そうに新しいノートPCに向き合った。

 帝都重工は、大規模な行政処分と課徴金、そして主要役員の総退陣により、現在は解体的な出直しを余儀なくされている。

 中島部長と武田は懲戒解雇(今度は本当の不祥事だ)。大浦専務にいたっては、特別背任の疑いで捜査の手が伸びているという。


 一方で、私は会社を相手取った『不利益取扱いの無効』と『損害賠償』の訴訟で、完全勝訴を収めた。

 支払われた賠償金は、住宅ローンの完済と、岡庭さんの新しいPC代、そして……最高級の全自動コーヒーメーカーに化けた。


「……さて、今日の依頼人は?」


「ある大手IT企業のエンジニアさんですよ。残業代未払いと、バグ隠蔽の強要に悩んでいるとか」


 私は、ピカピカに輝く六法全書を手に取った。

 この本は、もう「お守り」ではない。

 理不尽な世界と戦うための、最も鋭利な「剣」だ。


「よし、行こうか。……法律を魔法だと思っている勘違いした経営者たちに、本物の『魔法』ってやつを見せてやらないとな」


 私はオフィスを出て、明るい街並みへと歩き出した。

 風は少し強いが、足取りは驚くほど軽い。

 公益通報者保護法。

 それは、たった一人の勇気ある人間が、巨大な悪を討つために与えられた最強の切札。


 もし、あなたが今、暗い窓際で絶望しているなら。

 もし、あなたが正義を貫いて追い詰められているなら。

 思い出してほしい。

 法という名の盾は、常にあなたの手の中にあるということを。


「さあ、勝ち確定の戦いを始めましょうか」


 私の物語は、ここからまた新しく始まっていく。


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