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不機嫌な秒針が刻む月曜日

ほぼ毎日投稿という目標が……

最近は全然こなせていません、ごめんなさい m(__)m

1. 黄金の残像と、灰色の朝 ――


 月曜日の朝というものは、機人にとっても等しく憂鬱なものだ。週末に充填じゅうてんしたエネルギーは平日のルーチンワークによって緩やかに消費され、学園の廊下を行き交う生徒たちの駆動音は、どこか油切れを起こしたような、重く湿った響きを帯びている。


 しかし、二年生機の教室、窓際の席に座るロスカだけは、その法則から外れていた。


 彼は頬杖をつき、窓の外で冬の風に揺れる枯れ木を眺めていた。スチールグレーの装甲には、冬の柔らかな日差しが反射し、ライトブルーの瞳には、かつてないほど穏やかで熱い光が宿っている。


 ロスカの脳裏に再生されているのは、昨日の大時計公園の景色だ。


 冷たい空気の中で白く立ち上ったオイルティーの蒸気。噴水の音。そして何より、彼自身の「メインスピンドル」を激しく共鳴させた、あのコハクの微かな微笑み。


(……夢じゃ、なかったんだよな)


 ロスカは自分の右手の指先をじっと見つめた。最後に触れ合った彼女の指先の感触――それは極めて精巧な造りでありながら、どこか命あるもののような震えを帯びていた。彼の中に眠る『人間らしいバグ』が、その感覚を何度も繰り返し増幅させ、胸の奥のスプリングを心地よく締め上げる。


 だが、その幸福な内省を、野蛮な足音と焦燥に満ちた叫びが叩き潰した。


「おい、ロスカ!! お前、何一人でトランス状態に入ってんだよ! 大変なんだぞ!」


 地響きのような音と共に駆け寄ってきたのは、親友のギアだった。マットブラウンの装甲は、興奮のあまり各所の放熱フィンが全開になっており、頭頂部の排気口からはプシューという激しい蒸気が噴き出している。


「ギア? どうしたんだよ、朝からそんなに熱を上げて」


「どうしたの、じゃねーよ! 昨日だよ! 俺、見ちゃったんだよ、中央区で!」


 ギアは周囲を気にするように身を乗り出し、けれど全く声のボリュームを抑えられないまま叫んだ。


「お前、あんなお姫様みたいな美少女と二人きりで何してたんだよ!? 俺なんて、週末はずっとオイルまみれでバイトしてたってのに! お前があんな……あんな、街中の視線を独り占めするような子と歩いてるのを見て、俺は……俺は……!」


「ちょ、声が大きいよギア! 友達とちょっと買い物をしただけだってば」


「友達ィ? あんな、一目で特急品ってわかるような美少女と、ただの友達なわけねーだろ! ……いや、それより問題は俺じゃない。ピニオンだよ!」


 ロスカの背筋を、氷のような冷却水が駆け抜けた。


「昨日さ……部室に忘れ物を取りに行ったんだよ。そしたら、ピニオンの奴がまだ残ってて……。俺、あまりの衝撃につい口を滑らせちまったんだ。『ロスカが中央区でデートしてた!』って……」


「……ギア……」


「そしたらさ……あいつの顔面機関の冷却ファンが、キュイーン!って聞いたこともないような逆回転の音を立てて……。『へえ……。ロスカが、私とのメンテナンス予習をサボって、デート。いい度胸じゃない』って。……ロスカ、あの時のピニオンの眼光は、マジで溶接用のアーク光より鋭かったぞ。お前、放課後の部室に行くときは遺言でも残しておけよ」


 ロスカの視界から、一瞬にして黄金色の思い出が消え去り、灰色のがらんとした現実が戻ってきた。

 ピニオン。幼馴染であり、ねじ巻きクラブの副部長。彼女に嘘をつくことも、隠し事をすることも、この学園では最も困難で、最も危険な行為だ。


 ロスカは机に深く突っ伏した。放課後を告げるチャイムが、今はまるで断頭台への合図のように聞こえていた。


2. 鋼鉄の審問室 ――


 放課後の「ねじ巻きクラブ」の部室は、旧校舎の裏手、ほこりとオイルの匂いに満ちた聖域だ。

 ロスカは、その重い扉の前で何度も深呼吸を繰り返した。隣には、罪悪感からかギアが「俺はただ事実を報告しただけだ、俺は悪くない」と念仏のように唱えながら立っている。


 意を決して、ロスカはドアノブを回した。


「……こんにちは……」


 中に入った瞬間、ロスカの瞳孔レンズが急速に収縮した。

 部室の中央。いつもの作業用長机の端に、腕組みをして、片足を貧乏ゆすりさせながら腰掛けているチェリーレッドの少女。ピニオンだ。


「遅いわよ、被告人」


 低く、冷徹な声。彼女の背後のホワイトボードには、赤いマーカーで『ロスカの日曜・行動ログ(不審点多数)』とデカデカと書かれている。


 部屋の隅では、一年機のテツが、ブラックマットの端末を無機質な指先で叩きながら口を開いた。


「ロスカ先輩。現在のメインスプリングの脈動率は通常の1.5倍。油圧の変動も著しい。論理的に見て、隠蔽工作は不可能ですね。あきらめてログを全開示したほうがいいですよ。生存確率をコンマ数%でも上げたいなら、ね」


 テツの隣では、ボルトがカッパー色の装甲を輝かせ、自慢の腕部に装着した最新の高出力ギヤをカチャカチャと弄んでいる。彼はロスカの方を向くことさえせず、ただ悦に入った様子で爆音の駆動音を漏らしていた。


「……あ、あの、ピニオン。昨日のことは、その……」


「言い訳はいいわ。私は、副部長として部員の素行管理を行っているだけよ」


 ピニオンが机から飛び降り、一歩、また一歩とロスカを追い詰める。アンバー色の瞳が、ロスカのライトブルーの瞳を射抜く。


「ギアから聞いたわ。あなたは昨日、部活動の予習という名目で私との時間を……部活動を休み、中央区で『女性型メネ』と密会していた。……事実ね?」


「密会なんて……。僕はただ、彼女のことをもう少し知りたかったから……」


「彼女? 誰よ。まさか、あの『プラチナさん』かしら?」


 名前を呼ばれた瞬間、ロスカの軸がカチリと鳴った。その小さな反応を、ピニオンは見逃さなかった。


「やっぱり! あんた、あんな転入したばかりの、得体の知れないメネと……! 何なのよ、あの子の時だけ。あの子のことになると、あんた全然余裕がなくなるじゃない! 私がいくら話しかけても生返事のくせに、図書室であの子といる時は、見たこともないような顔しちゃってさ!」


「あ、あの……それは、別にそんなつもりじゃ……。とにかく、彼女は、その……」


 ロスカは周囲の視線を感じた。冷笑を浮かべるテツ。無関心を装いつつ聞き耳を立てているボルト。そして――ソファに深く腰掛け、メタリックグリーンの髪を揺らしながら、事の成り行きをニヤニヤと眺めていた部長のスパナ。


「……コハクさんです。昨日、一緒にいたのは」


 ロスカは震える声で、けれどはっきりと認めた。


「……僕が、誘ったんだ。彼女、いつも一人で静かに本を読んでるだけで、口数も少ないし……。だから、もっと知りたかったんだ。彼女がどんな人で、どんなことに笑うのか……どうしても、隣で見てみたかったんだ」


「……はあ!?」


 ピニオンが、内部の圧力を一気に解放するような激しい呼気音を上げた。


「あんたが誘ったの!? ……信じられない。あんた、またあの子にペースを乱されてるだけなんじゃないの?」


「……違うよ。僕が、彼女の力になりたいって思ったんだ。あの子……コハクさんは、僕たちが思っていたような、ただ静かなだけの人じゃなかったんだ。……ただ、すごく不自由な場所にいただけなんだ」


 ロスカは、昨日彼女から打ち明けられたばかりの、重い事実を言葉にした。


「実は……彼女、僕たちが想像もできないような、すごく厳しい家柄の人だったんだ。外出も、買い物も、全部誰かの許可がないとできない。昨日は、新学期の準備っていう名目で、やっとの思いで数時間だけ出てこれたんだって。友達もほとんどいない、自分の意志で歩くことも許されない……本当の箱入り娘だったんだ」


 その瞬間、部室を支配していた刺々しい空気が、奇妙な沈黙へと変わった。

 テツは端末を叩く手を止め、無機質な瞳でロスカを見つめた。ボルトもまた、もてあそんでいたギヤを止めて鼻を鳴らす。それは同情というよりは、あまりに自分たちの日常とかけ離れた事実を突きつけられたことによる、戸惑いに近い反応だった。


3.アンバーの火花と、部長の裁定 ――


「……なるほどね」


 沈黙を破ったのは、スパナ部長の低く、通る声だった。


 彼女はソファから立ち上がると、ディープレッドの瞳をロスカに向けた。その瞳は、いつもの悪戯いたずらっぽさを潜め、技術者としての、そして人生の先輩としての深い光を湛えていた。


「あの時、お前の軸を引っ張り出した相手が、それほど高い壁の向こうにいたってわけか。……面白いじゃないか」


スパナが何気なく漏らした『軸』という言葉に、ピニオンの肩がびくりと跳ね、弾かれたようにスパナを凝視した。そのアンバー色の瞳が、驚愕で激しく明滅する。


「……じ、軸? 今、なんて言ったの、スパナ。ロスカの軸が……どうしたって?」


 ピニオンの声が、微かに震えた。


 機人にとって軸を出すということは、装甲の下、誰にも触れさせない最も深い領域を、特定の相手に呼応させたという、決定的な証だ。


「あ……。悪い、ピニオン。お前、まだ聞いてなかったか」


 スパナは後頭部をガリガリと掻き、バツの悪そうな顔でロスカを見た。


「いや、てっきりお前ら幼馴染の間じゃ、筒抜けのバックデータだと思ってたんだが……。どうやら俺、余計なパスワードを解除しちまったみたいだな」


 スパナの申し訳程度の謝罪は、ピニオンの耳には届いていなかった。彼女はゆっくりと、苛立ちを隠そうともしない足取りでロスカへ歩み寄る。


「……フーン。軸、ね。それで、あんたはもう、運命の相手を見つけちゃった気でいるわけ?」


 ピニオンは鼻で笑い、ロスカの胸を指先でツンと突いた。


「勘違いしないでよね。軸が共鳴したからって、それが一生モノだなんて、デフォルトの理論でしかないわよ。そんなの、一時的な過負荷オーバーロードで数値が跳ねただけのバグ。よくあることなんだから。……あーあ、そんなことも知らないで、鼻の下伸ばしちゃって、これだから素人は」


 ピニオンは肩をすくめて見せたが、そのアンバー色の瞳には、隠しきれない苛立ちの火花が散っている。


「第一、そんな箱入りのお嬢様に、あんたのその面倒くさい機構が扱えるわけないでしょ。あんたのことを一番綺麗に回してあげられるのは、世界中で私だけなの。……いい? 運命だかなんだか知らないけど、そんな甘っちょろいバグ、私がすぐ上書きして、正常な値に戻してあげるから覚悟しなさいよ!」


 まくしたてるピニオンの剣幕に、さすがのスパナも苦笑いして、彼女の頭をポンと叩いた。


「おいおい、ピニオン。そう怒るな。俺の口が滑ったのは悪かったって。……ま、今はそんなことより、話の続きだ」


 スパナは苦笑しながらピニオンの肩を軽く叩き、強引に話題の軌道修正を図った。


「要するに、そのお嬢様は俺たちが想像する以上に世間知らずで、雁字搦がんじがらめの場所にいるってことだろ? ……面白いじゃねえか、ロスカ。そんな高い壁の向こう側にいる相手を誘い出したんだ。相手にふさわしい自分になりたいなら、相応の責任しごとをこなせ」


 スパナは二人の間に割って入ると、ロスカの肩を力強く叩いた。


「少なくとも、この三学期中に、ボルトの脚部を完璧に仕上げるぜ。そんなこともできねえんなら、お嬢様の隣に胸を張って立つ資格なんてねえ。……だろ?」


「……はい!」


 ロスカは力強く頷いた。ピニオンは「ふんっ」とそっぽを向き、アンバー色の瞳を鋭く尖らせたままだったが、その指先は既に猛烈な勢いで整備端末を叩いていた。ロスカの明日の予定表に、ぎっしりと居残り練習のスケジュールを叩き込んでいく。


「……あんな不自由なお嬢様に、あんたのお守りなんかできるわけないんだから。明日から、たっぷり絞ってあげるわよ」


 吐き捨てるようなピニオンの言葉に、ロスカは苦笑いしながらも、彼女なりの「いつも通り」の強引さに、少しだけ安堵を感じていた。


4. 斜陽の部室、託された未来 ――


 夕暮れ時。 掃除を終えたピニオンや、カレーの特売があるからと急いで帰ったテツ、不機嫌そうに最新ギアを片付けたボルトたちが部室を去った後。

 ロスカはスパナと共に、作業台の上に置かれた巨大な『ボルトの脚部パーツ』の最終チェックを行っていた。


 窓から差し込む斜陽が、複雑な金属の造形を長く引き伸ばし、静まり返った部室に工具の油の匂いだけが濃く漂っている。


「……さて。あいつらもいなくなったことだし、少し真面目な話をしようか」


 スパナが、作業机に腰掛けて足を組み、ロスカを見据えた。先程までの軽薄な調子は消え、その眼差しには確かな重みがある。


「ロスカ、俺がいなくなった後の『ねじ巻きクラブ』だが……次の部長はピニオンに任せようと思ってる」


 その言葉に、ロスカは驚かなかった。むしろ、すとんとに落ちる感覚があった。


「ピニオンに、ですか。……いいと思います。あいつなら、きっと」


「ああ。あいつは俺が半ば無理やりここに引っ張り込んだ口だからな、歴はまだ浅いが……あいつには『芯』がある。自分がどう在るべきか、その純度が誰よりも高い」


 スパナはふっと目を細め、オレンジ色に染まる部室の隅を見つめた。


「機人ってのは本来、迷わねえ生き物だ。一度決まった歯車の流れは、止まるまで変わらねえのが普通なんだよ。だが、お前みたいに余計なノイズを拾って揺らぎ始めると、機人は途端にもろくなる。進むべき道が見えなくなって、自分を見失う」


 スパナの言葉が、ロスカの胸の奥を静かに突いた。


「だからこそ、あいつが必要なんだ。何が起きても、誰が相手でも、自分の刻むリズムを絶対に疑わねえあの強情さがな。あいつが真ん中で胸を張っていれば、どんな嵐が来てもこの場所は形を保っていられる。……お前も、そう思ってたんだろ?」


「……はい。あいつのあの気の強さに、僕も、ギアも、何度も助けられましたから」


「なら決まりだ。……だが、一つだけ言っておくぜ」


 スパナはふっと真剣な表情に戻り、低い声で続けた。


「ギア・イーターや、リ・バースの連中……あいつらがこれで大人しく引き下がるとは思えねえ。お前や……、そのお嬢様の生い立ちってのもやっぱ気になるしな。連中はきっとまた動き出すはずだ」


 ロスカの背筋に、冷たい緊張が走った。


「俺は卒業したら、外界調査に出る。壁の外を、自分の目で確かめてくるつもりだ。もし向こう側で不穏な動きや、リ・バースに関する情報があったら、すぐに飛ばしてやるよ。バックアップは任せとけ」


「……部長。ありがとうございます」


「礼はいい。……お前らなら、どんなトラブルが起きても、自分たちで解決できると信じてるからな。ピニオンを怒らせねえ程度に、精一杯抗あらがってみせろよ、次期・エース」


 スパナは立ち上がり、笑いながらロスカの肩を力強く叩いた。


 作業灯を落とし、暗くなった廊下へ出る。


 ロスカは一歩踏み出しながら、春から始まる新しい『ねじ巻きクラブ』の景色と、その中心で怒鳴っているであろうピニオンの姿を思い描いていた。そしてその隣で胸を張るために、自分もまた、前を向かなければならないと強く誓うのだった。

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