決戦
試験会場。光のペン先は、魔法がかかったかのように次々と難問を解き明かしていた。
(……見える! 数式が、歴史の年表が、英単語のスペルが、黄金の道となって答案用紙に吸い込まれていく!)
中間テスト最終科目、数学。
あと数問解き終えれば、学年トップの瀬戸さんに並び、そして追い越す。
だがその時、校長室から中庭を監視していた校長(魔王)の脳裏に、ある不吉な予感がよぎった。
(……待てよ。もし光が本当に1位を取ってしまったら? 余は約束通り、ルナとの交際を認めざるを得なくなる。そうなれば、娘とあの男が……あんなことや、こんなことを……。ぐぬぉぉ、エレイン、余はどうすればいい!? 娘を嫁に出す心の準備が、まだできておらんのだぁぁ!!)
親バカの暴走。それは理性を焼き尽くし、禁断の術を発動させた。
「――『全呪文解体』ッ!!」
校長が窓から放った不可視の魔界波動が、教室にいた光を直撃する。
「……えっ?」
光の手が止まった。
脳内に構築されていた完璧な知識のデータバンクが、凄まじい勢いで消去されていく。ルナがかけた「精神加速」も「不眠不休」の魔法も、そして瀬戸さんと必死に覚えた公式までもが、真っ白な霧の向こうへと消えてしまった。
「あ、あれ……? 二次関数……? サイン、コサイン、……タンバリン……??」
頭の中が、新品の消しゴムでこすった後のように真っ白になる。
答案用紙の後半はまだ白紙。残り時間はあと10分。
「(う、嘘だろ……。思い出せない。瀬戸さんのノートの内容も、ルナさんの教えてくれた魔導計算も……何もかも思い出せない……!)」
冷や汗が滝のように流れ、視界が滲む。
校長室では、魔王が「ハハハ! これで平均点に逆戻りだ! まだ娘はやらんぞぉ!」と高笑いしていた。
「……光くん?」
隣の席の瀬戸さんが、異変に気づいて光を心配そうに見る。
廊下の窓の外では、ルナがステルス魔法で浮遊しながら、絶望する光を見て顔を真っ青にしていた。
(お父様の魔力!? なんて卑怯なことを……! でも、今の光様に魔法をかけ直しても、デスペル中では効果がない……!)
光は拳を握りしめた。
このままでは1位どころか、最下位転落だ。そうなれば、ルナとの恋愛は禁止。瀬戸さんとも疎遠になる。
(……ふざけんな。お義父さん……あんた、愛妻家なんだろ!? 女一人のために世界を敵に回すのがあんたの美学じゃないのかよ!)
光の脳裏に、知識ではなく、二人のヒロインとの「思い出」が蘇る。
深夜まで一緒に起きていてくれたルナの冷たい手の感触。
一生懸命作ってくれた瀬戸さんのサンドイッチの味。
魔法で得た知識は消えた。だが、**「あいつらをがっかりさせたくない」**という根性だけは、魔王のデスペルでも消せなかった。
「……うおおおおおお!!」
光は再びペンを握りしめた。
論理ではない。記憶でもない。
「きっとこうなるはずだ」という、野生の勘と、がむしゃらな計算。
魔法が消えたなら、普通の高校生に戻って、自力の泥臭さで解いてやる!
ガリガリガリ! と鉛筆を折らんばかりの勢いで、光は白紙の答案用紙に挑み始めた。




