飴とスパルタ
光の部屋。机を囲んで、右には魔王令嬢ルナリエル、左には委員長の瀬戸結衣。
挟まれた光は、あまりのプレッシャーと芳しい香りに、ペンを握る手が震えていた。
「さあ光様、まずはこの『暗黒代数学』の基礎を……」
「待ってルナさん、光くんが受けるのは普通の数学よ。光くん、この公式を使って解いてみて?」
瀬戸さんが優しくノートを指差す。その指先が光の手の甲に触れ、光の心臓が跳ねた。
「は、はい! えーと、これを代入して……」
「甘いですわ光様! 集中力が散漫です。『精神加速』!」
ルナが光の額に指を当てた瞬間、光の視界が真っ白になった。
脳細胞が通常の10倍の速さで回転し始め、教科書の文字が弾丸のように頭に叩き込まれていく。
「うおおお!? 分かる、公式が数式が……記号が踊って見えるぞ!」
「いいわ光くん、その調子! はい、次は英語の構文ね」
瀬戸さんが応援のつもりで、光の肩にそっと寄り添う。
天国だ。好きな女の子の体温を感じながらの勉強。これなら1位も夢じゃない。
だが、それを見たルナの瞳がスッと細まった。
「……結衣さん、光様の左肩が重そうですわ。私が**『重力軽減』**をかけて差し上げます」
「えっ、ちょ、ルナさん!? 光くんの体が浮いてるわよ!?」
「あわわわ! 天井にぶつかる! 瀬戸さん、離さないでぇ!」
光は瀬戸さんの腕にしがみつき、瀬戸さんも必死に光を引き寄せる。
結果、光は瀬戸さんに抱きしめられる形になり、鼻腔を彼女のシャンプーの香りが突き抜けた。
(て、天国だ……ここが極楽浄土か……!)
「光様ぁぁぁ!! 何をニヤついていらっしゃるのですかッ!!」
ドォォォォン!!
ルナの嫉妬の魔力が爆発し、部屋のペン立てが消し飛んだ。
「お父様の監視の目が光っているのですよ! ほら、あそこを!」
ルナが窓の外を指差すと、そこには校長の顔をしたカラスが、血走った眼でじっとこちらを凝視していた。
『……光よ……。余の妻エレインは、勉強中に他の女とイチャつく男を最も嫌うぞ……。今すぐその手を離さねば、明日のテスト範囲を「古代魔界文字」に変更してやる……』
カラス(魔王)の声が脳内に直接響き渡る。
「ヒィィィ! すみませんお義父さん! 瀬戸さん、一旦離れて!」
「お、お義父さん……!? 光くん、校長先生とどういう関係なの……?」
瀬戸さんの不信感、ルナの猛烈なヤキモチ、そして魔王の殺気。
光の脳は、魔界の英知と現代の知識、そして乙女たちの情念が混ざり合い、沸騰寸前だった。
「光様、寝てはいけませんわ! **『不眠不休』**の呪文を追加します!」
「光くん、お夜食にサンドイッチ作ってきたから、これ食べて頑張ろう?」
一睡も許されない魔界のスパルタ教育と、瀬戸さんの手作り弁当という究極の飴。
光は白目を剥きながら、叫んだ。
「……勝つ。俺はテストに勝って、この修羅場を生き残ってやるんだぁぁ!!」
その夜、光の部屋からは、怪しい紫の光と「英単語の絶叫」が夜明けまで響き続けた。




