学校へ行こう
翌朝。魔王城の食堂は、右半分が煤で黒焦げになっていた。
静まり返った空気の中、食器の触れ合う音だけがやけに大きく響く。
「……光と言ったな」
「は、はいっ!」
魔王ガリウスが、昨夜の爆発などなかったかのように、ドラゴン肉のレアステーキをナイフで切り裂きながら口を開いた。隣ではルナリエルが、何事もなかったかのように優雅に紅茶を啜っている。
「昨夜、余の配下が何名か消し飛ばされたようだが……何か知っているか?」
「え、いや、それはその……」
「お父様。光様は関係ありませんわ。私が、少しばかり『蚊』を払っただけです」
「……あ、そう。蚊、か。……なら良い」
魔王が娘に甘いのは助かるが、その代わりに突き刺さる俺への視線が「お前、娘に何させようとした?」と無言で語っていて、生きた心地がしない。
「ところで光様。今日は、光様の世界の『がっこう』という場所へ行く日なのでしょう?」
「え? あ、うん。そうだけど……。悪いけど、ルナさんはここで待ってて……」
「何を言っている」
魔王がドスンとワイングラスを置いた。
「ルナを一人で残して、貴様だけ元の世界に逃げるつもりか? 貴様が、娘を連れて行くと言ったのだぞ」
「いや、連れて行くって、そういう意味じゃなくて……!」
「安心してください、光様。準備は整っております」
ルナが指をパチンと鳴らすと、メイドのスケルトンが恭しく「ある物」を運んできた。
それは、どこからどう見ても俺の高校の女子制服――を、さらに豪華に改造したような、フリルたっぷりの衣装だった。
「……え、何それ。どこで手に入れたの?」
「父に頼んで、昨夜のうちに光様の記憶から読み取り、魔界最高の仕立屋に作らせました。これなら、光様の世界でも浮きませんわね?」
「浮くよ! めっちゃ浮くよ! そもそも転校生の手続きとかどうすんだよ!」
「フン、その程度、余の暗黒魔法で教職員の記憶を少し弄れば済む話だ」
魔王は不敵に笑うと、俺の肩を再び脱臼しそうな勢いで叩いた。
「いいか光。ルナを泣かせてみろ。貴様の世界ごと、余が直々に消滅させてくれるからな。……行け。デートの続きとやらを、その『がっこう』で楽しんでくるがいい」
数時間後。
「……光様! 見てください、これが『じはんき』ですか! 鉄の箱から飲み物が出るなんて、どんな高等魔法なのですか!?」
「あぁもう、ルナさん! あんまりはしゃがないで! みんな見てるから!」
俺の通う、至って普通の県立高校の正門前。
そこには、明らかにこの世のものとは思えない美貌と、魔界のオーラを隠しきれていない銀髪の美少女。そして、胃に穴が開きそうな顔をした俺。
「……お、おい。あいつ、神林だよな?」
「隣の超絶美少女、誰だよ……」
「コスプレ……? いや、あの放たれている気迫、タダモノじゃないぞ……」
クラスメートたちのざわめきが、津波のように押し寄せてくる。
「一生大事にする」という誓いの代償は、俺の平凡な高校生活の完全崩壊だったらしい。
「光様。私、あなたの隣の席がよろしいです」
「……あの、ルナさん。俺の学校には『魔王の娘専用席』なんてないんだよ」
「では、作ればよろしいのですね?」
ルナが瞳を怪しく光らせた瞬間、俺は彼女の手を引いて、全力で教室へと走り出した。
恋の戦場は、魔王城から教室へと移ったのだった。




