花火
魔王城の客室。
客室と言っても、そこら辺の高級ホテルが霞むほど豪華な天蓋付きベッドと、怪しく光る魔法の燭台が置かれている。
「……死ぬ。間違いなく、寿命が数十年は縮まった……」
俺はベッドに大の字になった。
つい数時間前まで、俺は数学の宿題の心配をしていたはずだ。それが今や、魔王の義理の息子候補。人生の難易度がバグりすぎている。
(……でも、ルナリエルさん。可愛かったな……)
あの真っ赤な瞳で「嬉しい」と泣かれた時のことを思い出すと、顔が熱い。
その時。
――コン、コン。
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。魔王が「やっぱり殺す」と言いに来たのかと思って、飛び起きてドアを凝視する。
「光様、起きていらっしゃいますか……?」
「え、ルナリエルさん?」
扉が音もなく開き、隙間からルナが顔を覗かせた。
彼女は、昼間のドレスではなく、薄いシルクのような、少し透け感のある寝巻き姿だった。
「夜分に失礼いたします。……その、お一人だと寂しいかと思いまして」
「いやいやいや! 全然! むしろ興奮して寝られる気がしないくらいですから!」
「ふふ、左様ですか。……お隣、よろしいでしょうか?」
ルナは返事も待たずに、すり足でベッドの端に腰掛けた。
ふわりと、夕暮れの果実のような、甘くて少し冷ややかな香りが鼻をくすぐる。
「……光様。改めて、私を見つけてくださってありがとうございます」
「あ、いや……俺こそ。あんな場所(魔王城)で、いきなりあんなこと言って、驚かせたよね」
「驚きました。でも、嬉しかったのです。私はずっと、この城から出ることを許されず、父の庇護の下だけで生きてきました。……私を『魔王の娘』ではなく、一人の『女』として欲してくれたのは、あなたが初めてです」
ルナが潤んだ瞳で俺を見つめる。距離が、近い。
彼女の細い指が、おずおずと俺のシャツの裾を掴んだ。
「……光様。魔族の求婚は、言葉だけでは完成しないのです」
「え?……それって、どういう……」
「心と体を繋ぎ、魂の刻印を刻む。……父に見つかれば、光様は本当に殺されてしまうかもしれませんが……私は、もう後戻りしたくないのです」
ルナは俺の胸に顔を埋めるようにして、吐息を漏らした。
ドキドキと、俺の心臓の音が彼女に伝わっているのがわかる。
「あの……ルナさん、早すぎませんか!? 俺たち、まだ出会って数時間だし、俺は普通の高校生で……」
「『一生大事にする』。その言葉に、偽りがあったのですか?」
「っ……! 偽りはない、けど!」
上目遣いで、少しだけ悲しそうに、でも期待を込めて見つめてくる魔王令嬢。
俺の理性が、魔王の威圧感よりも恐ろしい勢いで崩壊しそうになった、その時。
『――光様ぁぁ!! 夜食の「ドラゴンステーキ」をお持ちしましたぞォ!!』
爆音と共に、部屋のドアが勢いよく蹴破られた。
入ってきたのは、エプロンをつけた骸骨の給仕兵たち。
「あ」
「あ」
俺とルナ。そして、お盆を持ったまま固まるスケルトンたち。
「……光様。父が、見張りを付けていたようです」
ルナは氷のように冷たい微笑みを浮かべ、指先から紫色の魔力をバチバチと放ち始めた。
「……お父様の、バカ」
その夜、魔王城の一部が謎の爆発によって消し飛んだ。
俺の「初めての夜」は、文字通り火花が散る展開になったのだった。




