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義父と俺

魔王城の謁見の間。

そこには、生物としての本能が「逃げろ」と叫び出すほどの圧倒的な圧があった。

玉座に深く腰掛け、鋭い角を天に突き立てた巨躯の男。彼こそがこの世界の支配者、魔王ガリウスだ。


「……勇者よ。貴様、今なんと言った?」

低く響く声だけで、城の石床が震える。

俺、神林光は、ルナリエルに手を引かれたまま、ガチガチと歯を鳴らして立っていた。


「ひ、ひぃ……。い、いえ、その……『付き合ってください』と……」


「お父様! 騒がないでくださいませ。光様は、私を一生大事にすると、この魔王城のど真ん中で誓ってくださったのです!」

ルナリエルが俺の腕にギュッとしがみつく。柔らかい感触に鼻の下を伸ばしたいところだが、目の前の魔王の目が「殺意」から「複雑な困惑」に変わったのを見逃さなかった。

「……ルナよ、少し下がっておれ。これは男同士の話だ」

「嫌です! お父様が光様をいじめるなら、私、もう二度と晩餐には出ませんから!」

「ぐぬっ……! そ、それは困る……。分かった、手出しはせん。約束しよう」

魔王は苦虫を噛み潰したような顔で娘を下がらせると、ゆっくりと立ち上がった。

一歩。彼が踏み出すたびに、俺の心臓が止まりそうになる。

「……さて。勇者、神林光よ。貴様に問う」

魔王は俺の目の前まで来ると、その巨大な手で俺の肩を掴んだ。骨が砕けるかと思った。

「貴様は、我が娘ルナが『魔王の娘』であると知って、その言葉を吐いたのか? それとも、我が軍を無力化するための、卑劣な甘言か?」

「……ち、違います。俺はただ、普通の高校生で……その、告白する場所を、ちょーーっと間違えただけで……」

「ほう? 間違えて結界を破り、間違えて近衛兵を全滅させ、間違えてこの聖域に辿り着いたと? 貴様、余を愚弄するか」

「いや本当に! 気がついたらここにいたんです! 殺意なんて一ミリもありません!」

俺の必死すぎる形相を見て、魔王はふっと目を細めた。

その眼光が、俺の魂の奥底まで見透かすように鋭くなる。

「……嘘を吐いているようには見えんな。貴様の瞳には、野心も、正義感という名の傲慢さも無い。あるのは……純粋すぎる『怯え』と、娘への『一目惚れの残滓』か」

魔王は肩の手を離し、深いため息をついた。

「光と言ったな。貴様の真意を確かめる。……貴様は、ルナリエルを連れて人間界へ戻り、そこで彼女を『化け物の娘』として隠し通して生きる覚悟があるのか? それとも、この魔界に骨を埋め、次期魔王として修羅の道を歩む覚悟があるのか?」

「えっ、どっちか選ばなきゃダメですか?」

「当たり前だ! 貴様が差し出した手は、それほどまでに重いものなのだぞ!」

魔王の怒鳴り声に、俺はビクッとして背筋を伸ばした。

……正直、何が起きてるかサッパリだ。

でも、さっき俺の手を握って泣いて喜んでくれた彼女の顔だけは、頭から離れない。

「……俺、難しいことは分かりません。でも、あんなに嬉しそうに笑ってくれた人を、ガッカリさせるのは……男として、一番カッコ悪いと思うんです」

「…………」

「だから、どっちの道が正解か分からないけど、彼女が笑っていられる場所を、俺が作ります。……それじゃ、ダメですか?」

静寂。

魔王は黙って俺を凝視していたが、やがて「フン」と鼻を鳴らして背を向けた。

「……気に入らん。貴様のようなひょろりとした軟弱者に、娘は任せられん」

「お父様!?」

「だが!」

魔王は振り返り、牙を剥き出しにして笑った。

「その『覚悟』が本物かどうか、余が直々に試してやろう。今日から貴様は、この魔王城での居候だ。ルナに指一本触れてみろ、その瞬間に貴様の魂を地獄の業火で焼き尽くしてくれるわ!」

「……え、これって、実質的な婚約……ってコト!?」

こうして、俺の「間違えた告白」から始まる魔界生活が幕を開けた。

隣ではルナリエルが「光様、お部屋へ案内しますね!」とはしゃいでいるが、背後から突き刺さる魔王の視線が、とにかく痛い。

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