折れない心
試験終了のチャイムが、処刑場の鐘のように響き渡った。
光はペンを握ったまま、魂が抜けたような顔で天井を仰いでいた。
翌日。職員室前の掲示板には、中間テストの順位表が貼り出された。
そこには、残酷なまでの「現実」が記されていた。
1位:瀬戸 結衣(500点)
:
135位:神林 光(381点)
「……あ」
光の膝が笑った。
数学以外の科目は、ルナの魔法と瀬戸さんの指導で満点に近い。だが、デスペルを食らった最後の数学……そこだけが、**「0点」**だったのだ。
解答欄は埋まっていた。だが、記憶を消された状態で殴り書きした計算式は、どれも微妙に数値を間違え、公式が混ざり、採点した教師が首を傾げるほどの「怪文書」に成り果てていた。
「……光様」
「光くん……」
左右からルナと瀬戸さんが駆け寄る。二人の顔は、悲しみと憤りで震えていた。
「……ごめん。二人とも。俺……ダメだった」
「違います! 光様は悪くありません! あれは、お父様が――」
「神林くん」
背後から、冷徹な声が響く。
校長(魔王)が、腕を組んでゆっくりと歩み寄ってきた。その目は、掲示板の順位を冷たく見下ろしている。
「約束は約束だ。学年1位以外は認めんと言ったはず。……381点。話にならんな」
「校長先生! これはあんまりです! 光くん、あんなに頑張っていたのに!」
瀬戸さんが校長の前に立ちはだかる。だが、校長の中の魔王は、無機質な視線で彼女を退けた。
「結果が全てだ。……神林光。貴様には本日この瞬間より、**『恋愛禁止令』**を発動する。ルナとは二度と口をきくな。瀬戸結衣、貴様もだ。次に接触しているところを見つければ、この男を強制退学……いや、『消去』する」
「……お父様、本気なのですか?」
ルナリエルの周囲に、これまでにないほど禍々しい「絶望の魔力」が立ち昇る。
だが、魔王は動じない。彼は確信していた。これで娘は自分の元へ戻り、不届きな人間との縁は切れるのだと。
「……分かりました」
光が、静かに口を開いた。
「恋愛禁止……守りますよ。校長先生」
「なっ……光様!?」
「光くん、本気なの!?」
「その代わり」
光は真っ直ぐに、校長の眼球の奥に潜む「魔王」を見据えた。
「『恋愛』がダメなら、**『主従関係』**ならいいんですよね? 勉強を教わる『師弟関係』ならいいんですよね? 俺、諦めるなんて一言も言ってませんから」
「……何?」
「俺は、あんたに認めさせるまで何度でも這い上がってやる。魔法を消されたって、記憶を消されたって、俺の心にある『二人の笑顔が見たい』って気持ちは、あんたの魔法じゃ消せなかったろ?」
光の瞳には、0点を取った男とは思えないほどの、鋭い光が宿っていた。
「……フン。負け惜しみを。……いいだろう、ルナを『家庭教師』として置くことまでは禁じぬ。だが、指一本触れることは許さん。……行こう、ルナ」
魔王は娘を連れて去っていく。
一人残された光。だが、その隣には、彼を見捨てなかった瀬戸さんがいた。
「……光くん。私、もう一度ノート作り直すね。次は、魔王……じゃなくて校長先生にも邪魔させないくらい、完璧なやつ」
「……ああ。頼むよ。俺、次は絶対に負けない」
無情な採点結果。だがそれは、光と二人のヒロインとの絆を、より「共犯者」に近い、強固なものへと変えてしまった。
校長室に戻った魔王は、自室の鏡を見て、少しだけ顔を引き攣らせていた。
(……なんだ、あの小僧の目は。まるで、かつての余がエレインを口説き落とした時のような……いや、まさかな。……あぁ、エレイン、やはり今すぐあやつを消したほうが……)
ガリウスは エレインの写真を見ながらこぼした。




