第三十一話『名もなきネクロマンサー』
「まさかここに、ネクロマンサーが訪れるとは。……とても懐かしいです。」
やはり、このネクロマンサーの話には感情の起伏が見られない。フリージアは、懐かしいという言葉に若干の違和感を覚えた。
「懐かしい……ですか?」
「ええ、以前もネクロマンサーが訪れたことがあります。」
「どのような?」
フリージアはこのネクロマンサーの顔を完全に捉えることはできなかった。ネクロマンサーとは探り探りで会話をするしかない。
「幽霊と話すネクロマンサーです。」
フリージアはそのネクロマンシーには覚えがあった。アレントも同じネクロマンシーを持っていた。その言葉でフリージアは確信を得ることになる。
「名前は確か……アレントと。」
フリージアは目を見開く。アレントのことを知っている人物がいたことに驚きを隠せなかった。以前、出会ったネクロマンサーがアレントのことを知らないだけで、アレントのように旅をしていたネクロマンサーと会うことはあったのだろう。
「不思議なネクロマンサーで、名前を持っていたので、よく覚えています。」
「名前を持っていることが不思議……ですか?」
「ええ、ネクロマンサーはネクロマンサーという呼び名だけで事足りますから。」
フリージアは納得した。世界に十人しかネクロマンサーがいないのであれば、わざわざ自身の名前を持つ必要などない。しかし、フリージアはそれはなんとも悲しいことなのだろうかと思った。名前があれば、自身がフリージアとしてこの世界に存在できる。ネクロマンサーという存在を介さなくとも自身の存在を証明できるのだ。
フリージアの悲しそうな顔をそのネクロマンサーはとらえた。
「もちろん、私にも名前はありません。あなたにはあるのですね。」
「はい、フリージア、と言います……。」
「そうですか。」
何もやはり感情を示さなかった。フリージアはその会話にどのように切り出せばいいのか分からなかったが、彼女から話が繰り出された。
「フリージア、覚えておきます。……私は記憶が不安定なので、覚えられないかもしれませんが。」
「そうなんですね。」
その発言でまた会話が途切れる。フリージアは何か言葉を紡ごうと焦るが、そこまで時間が立たないうちに彼女が言った。
「こちらの方を殺したのはあなたですね。」
そのことを確信したかのように話しかけられ、フリージアは体が跳ね上がり、体温が一気に抜け落ちるような感覚に襲われた。しかし、予想外な言葉が彼女から発せられた。
「ネクロマンシーが使われたようでしたので……。しかし、あなたが気に病む必要はありません。フリージア。私は先ほど、彼らの死者に関わる記憶を全て消したので。」
「”消した”?」
「ええ、なので、あなたが殺してしまったことも、その死者の記憶ごと消しました。」
「どういうことですか……?」
フリージアは理解ができなかった。記憶を消すという行為が理解できなかった。そもそもなぜこのネクロマンサーが記憶を消したのかも全く理解できない。フリージアはただ、彼女のことを眺めた。
「私は、死者を介して、生者の記憶に介入することができます。死者に関する記憶を完全に消すのです。」
「……どうしてそのようなことを……?」
「なぜ?なぜって?」
彼女は苦しそうに言った。初めて彼女が感情を出した瞬間だった。溢れ出る泉のように彼女から恐ろしいほどの言葉が溢れ出る。
「私は、早く死にたいのです。早く、早く!ナイフで心臓をいくら刺そうが、首を絞めようが、火炙りにされようが、水に溺れようが、毒を飲もうが、いくら高くから飛び降りようが、体を引き裂かれても死ななかった。……死ねなかった!」
その魂からの叫びにフリージアは驚く。フリージアの手を引っ張り、彼女の心臓にフリージアの手を当てて、彼女はさらに話した。
「あなたに、心臓からいくら魂を抜こうとしても死なないのですよ……?」
その苦痛に耐える声はフリージアの心をひどく揺さぶった。
「私のネクロマンシーはなんの役にもたたない!すぐに使えるものでもない!……私たちネクロマンサーには大人しく寿命を迎えるか、ネクロマンシーを使い切りとっとと死ぬかの二択しかないのです!寿命なんて待っていられない!」
だから死者の丘でずっとネクロマンシーを使い記憶を消し続けていたのかとようやくフリージアは理解したが、早く死にたいという彼女のことを簡単に理解することはできなかった。
「あなたと同じネクロマンシーを持つ者にも会ったことがあります。二人ほど。」
「二人……?」
「ええ、そうです。彼らは幸運でした!早く死ぬことができた!ネクロマンシーの使いすぎで、二百年たたずで死んでいった!……とても羨ましいのです。……どうすれば、私が早く死ぬことができるのか分からないのです。」
フリージアは言葉を失った。自身と同じネクロマンシーを持つネクロマンサーは早くに死んだらしいことを初めて知った。フリージアはそれが自身の運命となることはないと思いながらも、恐ろしいことであると思った。
(死ぬことは怖い……。)
フリージアにとって死というものはまだ恐怖の対象であった。




