第二十九話『葛藤』
アルトは、軽く自身の服の袖で涙をぬぐい、その場からゆっくりと立ち上がり、
「先を急ぎましょう。」
と言った。レオポルトはそのことをひどく心配し
「本当に、大丈夫なのかい?」
と尋ねた。そのことにアルトはニカっと笑い、
「大丈夫っすよ。」
と空元気に笑って見せた。レオポルトは作り笑顔を見抜いたが、それ以上は何も言わなかった。アルトは船の上でノアのことをゆっくりと横にして、上に布を被せた。フリージアは船に乗ってはいけないような気がした。自身だけが知っている死の真相を話すわけにはいかなかった。
(ネクロマンサーだとバレる。……でも、嘘をついている気がする。ダメだ。言わないと。でも、)
フリージアは頭の中で言うべきと思いながらも、言葉にすることができなかった。アルトは今回のことでひどく心が消耗しているはずであると確信していたが、フリージアはいうことができなかった。アルトが船に乗らないフリージアを見て、
「行きましょう。」
と声をかけたことにフリージアは驚いて肩を揺らすが、アルトはすぐに船の先端へと目線を移したので、フリージアが動揺が気づかれなかったことにホッとして息を漏らした。
(……ホッとした。なんで。)
そのまま、死者を二人も乗せた船の旅が始まった。アルトは休むことなく、太陽がのぼり、沈み、星々の輝きが増す時間帯であっても船を止めることはなかった。食事も取らず、ただまっすぐ進むことだけを考えていたアルトには、先ほどの軽い口調を発することもなくただ沈黙を貫いていた。
フリージアもまるで食事が喉を通らず、眠る気力さえも起きなかった。しかし、フリージアは船を漕ぐ技術はないため、ただひたすら何かに魂を吸い取られたかのように船を漕ぐアルトを眺めていた。レオポルトは、歳による体力の低下から眠ることが多かったが、何か言葉を発することもなかった。
死者の丘へは太陽が二回沈み、太陽が三回目の顔を出す頃についた。長い旅路であったとフリージアは心の中で感じた。アルトは船を止め、縄でくくりつけ、棺桶を船から下ろした時にはすでに立てなくなるほど疲れ果てていた。
ゆらりとアルトの体が傾いたのをフリージアは急いで駆け寄り、支えた。アルトは、
「申し訳ないっす。大丈夫ですから……。」
と言い、自身の足で立とうとしたが、やはり立つことはできなかった。死者の丘には、他にも死者を弔いに来た者を泊めるための宿場があるようで、そこのオーナーらしき人物が出てきて、
「こちらに!」
とアルトの危険な様子を見ていった。フリージアはアルトに肩を貸し、静かな声で
「行きましょう。」
と言うと、アルトは静かにうなづいた。レオポルトは心配そうに二人を眺めながら、その後ろをついていった。アルトは、
「でも、棺桶が……。」
と後ろを見て、心配した様子であったが、宿のオーナーが、
「心配なさらずに、休んでください!長旅、ご苦労様です。……ここは死者の丘に一番近い宿ですから、必然的に死者とともに旅路を供にするものが多いのです。宿には死者を休ませておく場所もございます。そちらに運びますから、お気になさらず。」
と言った。それを聞いて、アルトは少し微笑んだ後、フリージアにさらに体重をかけてきた。フリージアはその重みに驚いたが、なんとか必死にアルトをベットまで運ぶことができた。レオポルトは言った。
「フリージア、大変なことになってしまった……。すまないね。でも、アルトのせいではないのだよ。だから、彼から、ノアの死を遠ざけるように動いてほしい。」
「遠ざける……?」
「ああ、思い出させないようにするだけでいい。彼は責任感の思い青年だ。」
レオポルトがそう言ったのを聞いて、フリージアはうなづいた。フリージアが殺してしまったその感情をアルトも同じように背負っているのだ。彼自身の責任感は計り知れないものであった。フリージアはアルトには話すべきかもしれないと思った。アルトの責任感は少しは軽くなるはずだと考えたのだ。
しかし、疲れ果てたアルトの寝顔を見て、フリージアはいう決心ができなかった。
(彼は、なんて言うだろう……。私が殺してしまったと言って信じるのだろうか。私がネクロマンサーだと言えば、また刃物を向けられるのだろうか……でも、それだけのことをしてしまった。)
フリージアは自身のネクロマンサーの証を隠している手袋を見つめた。マルーテンがくれた手袋の下には決定的なフリージアがネクロマンサーであると言う証拠があった。フリージアがこれを必死に隠しているのは、人と平穏に暮らすためだ。人との共存を図るためだ。
しかし、そのことを隠せたとしてもネクロマンシーを使ってしまった以上は誤魔化しても意味がない。フリージアは心の中で、
(なかったことにしたい。)
と思った。現実はそうはならないと知っていても。フリージアはしばらく、魂が抜けたかのようにアルトの寝顔を見た後、レオポルトに肩を叩かれ、
「フリージア、君も寝ないと。」
と言われた。フリージアは、その言葉にうなづき、与えられたと聞いた部屋の鍵を開け、中へと入り、そのまま着替えをせずにベットへ体を沈め、ゆっくりと目を閉じた。
心の中ではなんとも言えぬ感情が不規則に動くベビのように、絡まり振り解けないものへと感情が変貌していくのを感じ、フリージアはその不快感から、目を閉じても眠ることができなかった。




