第二十七話『美貌の魔女』
『魔女の民族童話』より「第七章〜美貌の魔女・サフラン〜」
それはそれは昔のお話。ある森の奥に魔女が潜んでいた。魔女は大変美しい美貌を持っていた。魔女の名前は”サフラン”と呼ばれていたそうな。
その魔女は人を騙すのだ。特に麗しき若き男を。
どんな男でも魔女を見ただけで、皆恋に落ち、魔女に心臓を捧げた。
魔女の美貌はそのためにあったのだった。
ある若き狩人が森の中を彷徨っていた。森には人の気配はなく、動物の気配も見当たらない。すでに当たりが暗くなったところで、狩人は一軒の大きな屋敷を見つけた。手入れがされていることが分かる屋敷であった。
狩人はドアを叩き、言った。
「誰か、いませんか。」
すると、上から声がするではありませんか。とても、小鳥の囀りのようにとても耳障りの良い声で、若い女が答えた。
「こっちにいますわ。早く、こちらにいらして。私を見つけてみて?」
その言葉に狩人はうっかり罠にハマってしまったのであります。狩人はその言葉に弓矢を投げ捨て、急いで古めかしい階段を駆け上がり、その声の主の元へと向かいました。
するとなんということでしょうか。まるで女神がこの世に舞い降りてきたのではないかと見間違えるほどの麗しき女性が立っていました。美しき白のベールを身にまとい、その間から除くアメジストの瞳がなんと美しいことか。その狩人はすっかりその女の虜となってしまったのです。
その女は綺麗な笑顔で言いました。
「お疲れでしょう。ご飯を用意しますわ。」
その献身的な言葉に狩人は心を打たれてしまったわけであります。その用意されたご飯はこれまで食べてきたものとは比べ物にならないほど、頬が溶け落ちてしまうのではないかと錯覚してしまうほど、とても素晴らしいものでした。
狩人は、一週間ほどその屋敷に滞在しましたが、狩人は村の皆のことを思い出し、
「私は帰らないとならないのです。あなたのような美しい方は、私がここを離れると、天使に天国へと戻されてしまうのでしょうか。」
と名残惜しそうに言った。その女は、
「私は、ずっとここにいますわ。あなたの帰りをここで待ち続けますわ。」
となんとも悲しそうな表情でいうのです。狩人はその言葉をすっかり信じ、村に戻った後もその言葉が離れずにいました。
狩人には村一番の可愛らしい恋人がいましたが、その恋人の比にならないほどの美しい女性を見つけてしまったのです。狩人は、狩人としての職をまっとうできないほどに、その恋に溺れてしまいました。周りの人々はそのすっかり様子の変わった狩人に心底呆れましたが、狩人はその麗しき女について周りに話すことをしませんでした。狩人は別の人にその女を取られることをひどく恐れたのです。あるものは魔女に幻覚を見せられたのではないかと言いましたが、狩人の耳には届きませんでした。
狩人は結婚し、子供ができ、孫ができ、狩人の仕事ができなくなった年になっても、その女を忘れることができませんでした。いつも、会いに行きたい一心で狩人は森の奥へと足を踏み入れましたが、そこまで辿り着くことができなかったのです。
しかし、妻に先立たれた日。彼は森の中を歩き回っていると、急に霧が出始めたではありませんか。霧が晴れるところまで、老いぼれた彼は歩き続け、ついにずっと恋焦がれてきた屋敷に辿り着くことができました。
その屋敷の扉を叩くと、初めて会った時と同様に美しい声で
「私はここよ。」
という声が耳に響いたのです。その言葉に彼はあの時の燃えるような恋心を思い出した。その自身の魂が燃え尽きるほど、彼は屋敷の中を探し回るが一向に見つからない。彼が諦めかけたとき、あの時となんら変わらない、若かりし時に出会った時と同じ、美しい美貌が彼の目に飛び込んだ。
「ああ、美しい人。私の魂があなたを欲しているんだ。」
そう彼が言った時、女は彼の頬を優しく撫でていった。
「私に魂を捧げてくれますか?」
「ああ、捧げるとも!あなたに魂を捧げたい!あなたでなければ!」
彼がそう言った時、女は妖艶な笑みを浮かべ、彼をたちまち宝石へと変えてしまうのだった。
その物語をフリージアは声に出しながら、読み切った。ポツポツと呟く程度であったが、船に乗った他のものにも聞こえたようであった。
「まるで、ファム・ファタルだねえ。」
とレオポルトが言った。フリージアはその言葉が理解できずに聞いた。
「ファム・ファタル……?」
「ああ、男を破滅の運命へと導く女性のことだよ。」
レオポルトは言った。フリージアは破滅の運命という言葉は、その物語に出てくる狩人には似合わないものであると感じた。最終的に宝石にされたのであるから、結局は永遠の輝きとして彼女のそばに入れたのではないかとも考えた。そうすると、フリージアにとってはそれは”破滅”ではなく”美しい”運命であるように感じられたのだ。
アルトはその物語を聞いて、
「そんな、森の中に美しい女性がいて、最後までその若さを保ってたって、そんな人に騙されるもんっすかねえ?」
と言った。フリージアは、そのことを頭で考え、確かにと心の中でうなづいた。しかし、レオポルトは言った。
「恋は、人を惑わすんだよ。」
「……そういうもんっすかね。」
「そういうものだ。恋をすれば、分かる。」
アルトは人生の大先輩である、レオポルトの言葉に少し首を傾げながら、納得いかないという顔で船を漕ぎ進めるのであった。




