第二十四話『契約執行』
ツバキは、フリージアと別れた後、夜になってからボスマン家の屋敷へと足を運んだ。ツバキはボスマン家の門を正面から入ろうとした。しかし、門番が止めに入る。二人の門番は勇敢に立ち向かっているのように見えるが、手が震え、立っているのもやっとであるのだとツバキは悟った。ツバキはその二人に言った。
「お前たちは、どうやったらうまく繋げられるだろうね……?」
ツバキがそう言ったのを聞いて、その二人の門番は職務を放棄し、怯えた顔でその場を走り去った。
「開けて欲しいんだけど……。」
ツバキは呆れたように、走り去った二人の後を眺めた。ツバキの目的は彼らではなかった。ツバキは門の鍵を手でこじ開けるようにして、金属部分を捻る。バキッという大きな音がした後、金属部分が地面に落ちる鈍い音がした。ツバキはその鍵とは呼べなくなった金属のかけらを確認した後、門を開けて堂々と中へと入っていった。
屋敷の中では、合奏団を呼んでいるようだった。やけに大きな金管楽器の音がツバキの耳にも入ってくる。そして、人々の騒ぐ声がまるで昼間にいるかのように聞こえてくる。ツバキはその音に心底嫌悪を感じ、顔を歪ませた。
ツバキは、そんな賑やかな屋敷の扉をこじ開けた。先ほどとは違い木片が飛び散る音が聞こえる。ツバキがその扉を開けて中に入った時にはすでに雑音とも思われる音は消えていた。ツバキはその中に堂々と足を踏み入れる。ツバキの登場に、賑やかにしていた人々が視線をツバキに向けていた。
何者なのかと疑う視線、品定めをする視線、顔を見てうっとりする視線、そして、ボスマン家の関係者は違った。ボスマン家の人々は青ざめた顔でツバキを見た。怪物を見る目線だった。しかし、カタリーナだけはただ知らない人が入ってきたとツバキの方を見ていた。
カタリーナの父は言った。
「一体、何用で……?」
おそれおののくようなその口調はこの屋敷の主人である者から発せられるようなものではなかった。ツバキは
「俺たちの契約の話ですよ?忘れたんですか?」
と言った。カタリーナの兄であるバルトは妹であるカタリーナを自身の背後へと庇うように移動させた。ツバキはそのバルトの方を見た。フリージアが治したであろう腕を見て、目を細めた後、
「本当に、直してしまうんだね。……でも、契約上には反している。そうだろう?」
とカタリーナの父に圧力をかけるように言った。カタリーナの父はようやく状況を理解したかのように、さらに顔を青ざめた。ツバキは言った。
「お前の権力誇示のために、この家の紋章と同じペガサスを作った。一週間が限界って俺が言ったけど、お前は一ヶ月持たせてくれって言ったよね?だから、その代償は高く付くって。」
その話を理解できないのはこの祝いに参加した人々、そしてボスマン家の中だけであれば、カタリーナだけであった。
「しかし、一度はあなたの元へ腕が言ったではありませんか!」
カタリーナの父はそう言い返す。しかし、ツバキはその滑稽さに笑って言った。
「契約上には、その腕の所有権は一生、俺のものになるって書いてあるよ。お前はそれに同意した。」
そう言ってツバキは筒状に巻かれた紙を取り出して、カタリーナの父の目の前にかざした。カタリーナの父はさらに言い返すように言う。その行為は子供を守りたいという一心の現れなのだろう。
「しかし、ネクロマンサーが介入してきたのです……!」
「知っているよ。」
「では、なぜ。」
「それは、彼女も契約を果たしただけだ。だから彼女にはなんら関係はない。……それに、ネクロマンサーはお前たち人間と違って、同族同士で争わないから。」
そのネクロマンサーと言われる言葉に周囲の人々は後ろに隠れるように移動した。逃げ場が完全にないと悟ったカタリーナの父は後ろの倒れ込んだ。ツバキはそんなことは気にせず、バルトとカタリーナの方へと足を運ばせた。バルトはカタリーナを庇いながら言った。
「持っていくのであれば、もう一度僕の腕を持っていけ!」
「なぜ、お前に命令されなきゃいけないんだ。」
ツバキはバルトを見下ろすようにして睨む。
「俺が欲しいのはその後ろのやつの腕なんだけど。」
そうツバキは目線をカタリーナの方へと動かした。バルトはツバキを止める。
「お願いします!」
「無理だよ。だって、そもそもこの契約はそこのやつの腕だったはず。でもお前が介入して、お前の独壇場でその契約を書き換えた。……もう一度契約を書き直すつもりはない。それに、そこのやつを提示したのはお前の父のはずだけど。」
その言葉にバルトは父の方を見た。父は目を逸らす。カタリーナだけは恐怖でその場から動くことができなかった。バルトは父に言った。
「なぜ、カタリーナを売りに出すようなことを!」
「……バルト、お前の方が大事なんだ。お前はこの屋敷を継ぐものだ。バルトがいなくなってから多くの使用人が辞めたのは、この屋敷が不気味だと思われたのと同時に、この屋敷に仕える意味がなくなったからなのだよ。分かってくれ、我が息子よ。」
バルトは怒りを隠せなかったが、ツバキはそのような会話にはうんざりしていた。
「もういい?」
その言葉にバルトはツバキの目の前に出たが、屋敷の主人の思いに答えるように、使用人たちがバルトを抑え込んだ。
「待ってくれ!」
バルトは必死に叫ぶが、使用人たちに押さえ込まれ、動くことはできなかった。カタリーナは、その場に膝から崩れ落ちる。腕のない死体になることを悟ったのだ。
「もう十分待ったよ。」
そう言ってツバキはカタリーナの腕に手をかけた。
屋敷の宴は全て台無しになった。得た代わりに失ったのだ。パン屋の店主が、奥さんに呟いた。
「最近、ボスマン家の嬢ちゃんが来なくなってねえ。あの子の笑顔が見れないのは悲しいね。」
パン屋の店主は金で揉み消された事実を知ることはなかった。




