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夢を見た。
お母さんと一緒に料理をしている夢。
アリアがどうでもいい事で話しかけてお母さんはそれに笑いながら返事をしてくれる。
一見私が邪魔しているように見えるがそうじゃない。
アリアだってしっかり手伝っている。
お母さんほどでは無いが料理はかなり得意だ。
きっかけは無理矢理手伝わされたのが始まりだが続けているうちに上達した。
そうして出来上がった料理をお母さんとお父さんとで一緒に食べる。
料理を口に運ぼうとしたところで現実に引き戻された。
気付けば自分の部屋のベットの上にいた。おかしい、両親の部屋の床にいたはずなのに。
それになんだかいい香りが鼻腔をくすぐる。
これはシチューだ。お母さんがよく作ってくれた料理。
その香りが家の中を漂っている。
でも誰が?
確認するために向かったキッチンにいたのはあの人だ。
あの子をこの家に送り込んできた女性。
その人はアリアに気付くと温かい笑みを浮かべてこう言った。
「ようやく目が覚めたか。しかしひどい顔だ、よっぽどの目に遭わされたようだな」
「なんでいるの?」
「帰ってきたあの馬鹿者に話を聞いてな、それで少し心配になって来てみたら床の上で安らかに眠るお前を見つけてまだ生きてるようだったからわざわざベットまで運んでやったというわけだ。そのついでにこうして料理までしてやってるんだ感謝してくれるのは構わんが不法侵入だの何だのという非難は受け付けん」
それだけ言って女性は料理に戻る。
お鍋の中を覗いてかき混ぜるだけ、もうほとんど終わっているようだ。
いつものアリアなら出て行ってとそれだけ言って部屋に引きこもっていただろうが今はそんな気分になれない、あの後では何もかもがどうでもよく思える。
顔見知りとはいえ他人だ、そんな人が勝手に家の中で料理しているのに・・・・感覚は少しおかしくなっているのかもしれない。
それでも強いて一つ文句を言うとしたら「汚い」だ。
女性が使用したであろうキッチンは荒れていた。
野菜の残骸があちらこちらに散らばって使用した調理道具はそのまま放置。
アリアが指摘すると女性は悪びれる様子なく開き直った。
「仕方ない事さ、私は料理は得意ではない、普段やることもないからな」
「じゃあなんでこんな事?」
「気まぐれさ」
気まぐれね‥‥まあいいや。
アリアは見るに耐えないキッチンの片付けに取り掛かる。
よくもまあここまで汚せるものだ、お母さんとはまるで違う。
違うのにどうしてもその女性とお母さんの姿を重ねてしまっている。
さっきあんな夢を見てしまったせいかもしくは自分が弱っているせいか。自分を殺すという歪んではいたがかろうじて自分を支えていた芯をあの子に取り除かれた。今はもう何も無い目標も無い抜け殻、だから何でもいいから心の拠り所を求めているのかもしれない。
「どうした?」
女性が不思議そうに聞いてくる。
すっかり手を止めて女性をじっと見てしまっていた。
「別に・・・」
すぐに視線を外し片付けを再開する。
そうして片付けも終わり出来上がったものを女性と二人机に向かい合って食べる。
「どうだ?」
自信満々といった表情で女性は聞いて来た。
「美味しくない」
人を気遣うなんていう優しさも余裕もすっかり無くしてしまったアリアはあっさり本音を漏らす。
しかし女性は一つも動じない。アリアの言ったことは単なる嘘だと捉えたようだ。
「そんなはずはない、お前の母親から教わったレシピ通り作ったんだ」
そう言って女性もスプーンですくって口に運ぶ。
散々口の中で味わってやがて口から出たのは「失敗だな」という潔い結論。
「しかし何故だ? 完璧にレシピ通りに作ったはずだが何が違うというんだ・・・・・」
「心じゃない」と思ってもない事を言ってみる、すると女性は唐突に笑い出した。
「まさかお前の口からそんな言葉が出るとはな」
「何よ、私が言ったらおかしい?」
「ああ可笑しいさ。人の心も、ましてや自分の心さえまともに見ようとしなかった奴の言葉とは思えない」
「別に私は‥‥‥」
「じゃあ答えてみろ。どうして私がここに来たと思う?」
「そんなの決まってるじゃない。あなたが勝手によこして来たあの子が私を殺そうとしたからそれを謝りに来たんでしょ」
「ハズレだ。言っただろう私はお前が心配だから来たんだと」
嘘だ。心配なんかしてるはずない。この人も他の人と同じ、最悪の不幸に見舞われた人間の物珍しさに惹きつけられてるだけ。
「嘘ばっかり」
「ほらな、お前は人の心を見ようとしていない。勝手に決めつけて勝手に傷ついて何とも悲観的な生き方だ、お前の両親は自分の子にまともな生き方すら教えなかった愚か者なのか?」
女性は冷ややかな笑みを浮かべた。
「やめて!!」
叫ぶように言いながら机を激しく叩いて立ち上がった。
そのせいでコップは倒れて水が溢れ、シチューも飛び散った。荒れ放題、しかしそんなもの目にも入らずに女性だけを刺すように鋭く睨みつけた。
「適当なこと言わないで」
声は怒りで震えていた。
「分かってるさ、お前の両親は立派だよ、会ったことがあればそれは分かる。だがな何も知らない人間はお前を通してお前の両親を見る、先程私が言ったような事を思う人間もいるかもしれないぞ」
「そ・・そんな事・・・」
「何故お前が生き残ったと思っている?」
「それは・・・・呪い」
「呪いか、物は考えようだな。確かにお前の立場からすればそれは呪いに近いのかもな。その年で親をいっぺんに失うのは酷だろう、一緒に死ねたらどれほど楽かと思うのも仕方ない。だが、そろそろ逃げるのはやめて向き合う時間じゃないか? 一瞬にして絶望のどん底に突き落とされれば心は壊れる、それを防ぐ為にお前はあの瞬間の記憶を曖昧にして自分を守ったんだろう。もうそろそろ思い出すべきだ。お前を苦しめる呪いをかけたのがだれか」
女性の言う通り曖昧だ。血塗れでぐったりした身体、その結果だけが頭に焼き付いてどこにどんな風に銃弾が当たってどんな表情をして死んでいったかは曖昧。
覚えていないわけじゃない、思い出そうとしていないだけ。
だって過程に意味なんて無い、あの残酷な結果だけでアリアを絶望に叩き落とすには十分すぎる。
思い出したところで無意味どころか余計な傷しか作らない。
一瞬女性から目を逸らしてまた戻す。
女性はずっと黙ってこちらを見続ける。
急かすでも強要するでもない、その眼は真剣そのもの。
だからか分からないけどアリアも思い出さなければいけないように感じてゆっくりと過去を探った。
残酷で嫌な経験こそずっと消えずに残り続ける。
対処方法は完全に蓋をして見ないようにすることだけ。
時々溢れてくるそれに傷つけられながら死ぬまで過ごす。
その記憶の蓋を今自分で開ける。
そこには激毒が満ちているかの様に少し覗いただけで目からは涙が溢れ出る。
顔を背けたい、蓋をして一生隅に仕舞い込んでいたい、けれど残酷な記憶は奥へ奥へと追いやっても痛み出す、どれだけ逃げたところで楽にはなれなかった。
きっと飲み干すしかない。
毒を薬に変えるみたいに向き合って自分を強くするしかなかったんだ。
ゆっくりとずっと自分を苦しめてきた記憶の毒を掬って取り込む。
心が焼け爛れていく、けれど堪えてあの日を見続ける。
そしてアリアは思い出した。
この呪いの出どころを。
激しい銃弾の嵐が降り注いだ時にお父さんが私の前に立ち塞がって、お母さんが私を胸に抱いて守って死んでいったんだ。
「思い出したか?」
タイミングを見計らったように女性は聞いてくる。
当たり前か、これほど顔に出ていれば。
目の端に溜まった涙は次の涙に押し出されるように一雫ずつ溢れていく。
今日は泣いてばかりだ、本当に情けない。自分が情けなさすぎて嫌になる。
大事な記憶に蓋をして、死ねもしないのに何度も馬鹿な事をして、それをよく知らない子に叱られ、今更になって気付かされた。
ただの抜け殻だと思っていたけど私には生きる意味があった。
助けられたこの命を無駄にするなんて最悪の親不孝だ。
生きなきゃいけない。
「呪いか奇跡かその両者はどちらも偶然の結果でしかないからな。自分に都合のいい方が奇跡で悪い方が呪い。つまりさ親の想いを呪いにするか奇跡にするかはお前次第というわけだ。どうせだったら美化して受け取ってやれ、その方が報われると思わないか?」
「・・・うん、うん・・・・」
涙交じりの声で返事をした。




