第六話:消えかけるモッコリウス
静かな夜だった。
誠司は、古本屋の閉店後もカウンターに残り、
開いたままのノートPCに向かって、ひたすらにキーボードを打ち続けていた。
タイトルはまだ「無題_仮ver」。
でも、中身はすでに“俺だけの物語”になり始めていた。
「今日、僕は夢を見た。
あの頃、まだ“名前”を持たなかった僕が、
夜の図書室で――」
書き進めながら、誠司はふと、あの声が聞こえてこないことに気づいた。
あのバカでうるさい、
パンツ星の勇者。
「……モッコリウス?」
PC画面は、静かなままだった。
翌朝。
誠司はいつもどおり、カタスミ書房のシャッターを上げて出勤した。
永田さんがいつもより少し早く来ていた。
「おう、おはよう誠司くん。顔色……良くなったな」
「え?」
「知らんけど、“ちょっと立ってる顔”しとる」
「……言い方どうかしてますよ」
「誉め言葉じゃよ」
午後になって、客が来ない時間。
誠司はPCを開いたまま、ぼんやりとモッコリウスのことを思った。
書き出してから、あいつの声を聞いていない。
あんなにいつも勝手に出てきては騒いでいたのに。
そして、ふいに画面がぼんやりと白く揺れた。
現れたのは、いつものマント姿――
だけど、その輪郭は、いつになく淡く、にじんでいた。
「先生……」
「モッコリウス……?」
「どうやら……そろそろ……お別れの時のようだな……」
「おいおい、急にしんみりすんなよ。
つい昨日まで“出せェェ!!”とか叫んでたくせに」
「出したから、だ。
貴様が……“本当の物語”を、書き始めたからだ」
「もはや我が力は、必要あるまい……。
貴様はもう、“我が名に頼らずとも”、物語を紡げる」
「……そうかよ」
モッコリウスは、ふと笑った。
「だが先生よ。ひとつだけ忘れるな――
我ら“バカな一発”があったからこそ、
今の貴様が“本気”で書けておるのだと!」
「……うるせぇな。ほんとに」
誠司は、PC画面に手を伸ばした。
モッコリウスの輪郭が、指の動きに合わせて、
やわらかく、淡く、溶けていく。
「ありがとうよ……先生。
俺は誇りに思うぞ……貴様が我が“創造主”であったことを……!」
そして彼は、
画面の中で、まっすぐに敬礼した。
マントが、静かに舞った。
そして――
完全に、消えた。
そのとき、誠司の目から一筋の涙が落ちたのを、
本人だけが知らなかった。
ノートPCのカーソルが、カタカタと点滅していた。
続きは、待っていた。
つづく