結成!治安維持隊!
初登場なのでどうか温かい目でお願いします。あとこの小説は一応青春ものですがあまり恋愛は出てこないと思います。書くかもしれないけど。
子供は誰もが変人である。皆が己の心を無垢に曝け出すからだ。だが、成長するにつれて人は礼儀を、節度を、自制を覚えていく。いつしか人は幼心を忘れ、幼心を未だに捨てていない人を、軽蔑の意味を込めて「変人」と呼ぶのである。
僕は、それを捨てられなかった。
高校一年生になると、周りは皆新たな環境に向けて、新たな自分を偽り出した。だが、僕はそうしなかった。外見に全く興味を持たず、寝癖のまま登校し、有名スポーツ選手の名前は知らずとも、葉緑体の細かい構造は知っていて、テストは好成績を出す優等生かと思いきゃ、不満があれば教師との口論も厭わない。そんな僕のことをどう形容するか困った周囲は、「変人」という解決策を発見した。僕が変人であり、周りを気にも留めないという妄想にかこつけて、彼らは僕に好き勝手言うのだった。
「頭がおかしい」「気違い」「サイコパス」「気取り野郎」などなど、挙げればキリがない。
やがて僕は痺れを切らして、彼らから離れた。孤独の良さと、それに蝕まれる心の痛みを同時に知った。
僕だって人間なのだ。
孤独を喫していたな夏、僕は1人ではないと知った。僕は2人の変人に出会った。
1人は、同じバトミントン部の男だった。これまで気を殺していたかのような彼は、夏になって突如僕の前に姿を現した。それまで同じ部に存在していたことすら知らなかった。彼が変人だと分かったのは、何か特別変なことをしたからではない。彼の放つ浮世離れした空気が僕にそう思わせた。そしてそれは向こうも同じだったらしい。
「君、こういうものに興味はないか?」
初めて出会った部活帰りに彼はそういった。彼が見せたスマホに画面には、大量に商品のリストが表示されていた。それらは、サバイバルナイフや防刃ベスト、エアガンやグローブなど、物騒なものばかりだった。
「こんなもの買って何に使うんだ?」
「戦闘だ。来たるべき戦争に向けで個人で訓練するのさ。」
「それにしても、ナイフは危なすぎる。」
「そのための防刃ベストだ。」
僕は少し戸惑ってからいった。
「訓練で死んだら元も子もないだろ。」
「死ななかったらいいのかい?」
彼はまじまじと僕を見た。
三日後、僕たちは新品のボクシンググローブとゴムナイフを携帯して、公園で殴り合った。訓練とは言い難いような揉み合い合戦で、お互い拳によるダメージはほとんど無いに等しかった。試しにナイフを装備して戦ってみたところ、これまた同じだ。ナイフが本物なら、2人とも5回は死んでいる。
暗くなったので、近くのスーパーでペヤングを二つ買った。彼はペヤングの蓋を押さえながら言った。
「いやはや、君のせいで顔に擦り傷ができてしまったよ。」
「そういうお前こそ、俺の股間に2回もクリティカルヒットしやがって。」
睾丸を含む下腹部が、まだヒシヒシと痛む。
彼はお湯を近くの芝生に捨てて、ソースの袋を開けた。土と水蒸気と、焼きそばの匂い。
「お前ってさ、なんか羊みたいだよな。」
からかうつもりで言ったが、彼は特に反応するそぶりを見せず、「そうだな、私もそう思う。」とだけ言った。
「じゃあ、僕のことも動物に例えてみてよ。」
彼は少し考えてから言った。
「牛だな。」
それ以降、僕と彼はお互いをそれぞれ羊と牛と呼ぶようになった。
夏休みが終わり、まだ残暑が幅を利かせていた頃、僕たちが放課後などにしょっちゅう殴り合っているという噂が飛び交い始めた。殆どの生徒が僕らから距離を取る一方、1人だけ僕らに近づく者がいた。
彼は僕らの『ファイト・クラブ』に興味があるらしく、そんな彼の経歴を尋ねたところ、空手の黒帯で、過去には全国大会で優勝した経験もあるという。流石に大きな魚だったので、逃すまいと、僕と羊は喜んで彼を迎え入れた。
そんな彼は、普段は優しく温厚なのだが、自分の信条に反する出来事には、まるで人が変わるように凶暴な暴れ馬へと変貌する。おまけに冷静さに欠けていて、衝動を抑え込めない。僕と羊は、そんな彼を敬意を込めて、馬と名付けた。
馬が誠心誠意僕らに空手を教えてくれたおかげで、僕たち素人の動きは空手に似た何かへと成長を遂げた。部活で気に入らなかった輩を成敗したことで、如実に強くなっていることもわかった。身体の傷と筋肉は、日に日に増えていった。
二年生になった時、奇しくも僕たち三人は同じ二年六組に編成された。進級に乗じて部活をやめたおかげで、僕たち三人を分断する壁がなくなった一方、クラブとクラスを分断する壁はどんどん厚く高くなっていった。
始業式から2ヶ月ほど、クラスカーストも確立したある日の昼休み、僕達はクラブの名前について議論していた。
「『ファイト・クラブ』って正直安直じゃ無いか?だってファイトするクラブだぜ?」
そう切り出したのは馬だった。
「分かりやすくて良いじゃないか。」と羊。
「『ファイト・クラブ』という映画があると何回も言ったはずだが。お前らもそろそろ観てくれないかね。」
僕は苛立たしげに言った。
「映画のパクリじゃオリジナリティが無ェな。もっと独創的なやつを…コブラ会!とかどうだ?いや、動物の名になぞらえて、動物園会とか、桃太郎会とか…」
突然、教室に大きな音が響いた。皆が振り向いた先には、床に溢れた弁当と、俯いている男がいた。
「あっゴッメーン野崎ちゃん。許してくれるな?な?」
また始まった。この光景にもそろそろ慣れつつあった。サッカー部の村上と、その取り巻き2人が起こすいじめ。村上はニヤニヤしながら野崎の机にもたれかかっている。
一瞬の静寂が覚めた後、皆がそれぞれ自分の生活へと戻ろうとした。ただ、馬はそうではなかった。
「おい」
馬が一喝する。
「やめろよ。」
教室の空気が再び凍てついた。
「あ?んだよテメェ?」
村上はものすごい剣幕でこちらにこちらに詰め寄る。取り巻き2人もそれに続いた。危機を察知した僕と羊は立ち上がり、相手方を睨んで見せた。向こうはこちらが奇人三人組と気づいたらしく、少したじろいだ様子を見せた。村上は「後で殺してやんよ」と捨て台詞を吐いてから2人を連れて出ていった。
「こ、怖ぇー!!」
僕は暴れる心臓を抑えながらいった。羊は平気そうな表情を偽っていたが、顔から血の気が引いているのがわかる。
「何なんだよ、あの野郎!」
再び席についてから、馬は青筋を立てて言った。全く恐れている様子を見せていない。
「ご存じ、サッカー部の村上君さ。」と羊。
「チクっても無駄だぞ。サッカー部は大会で実績を作るから、それが唯一の取り柄であるこの学校は不祥事を揉み消すに決まってる。」
僕は噂に聞いた話を誇張して言った。
「何だそりゃ」馬は息を荒くした。
「お前こそどうしたんだよ。これまでは特に反応してなかったろ。」
「もう我慢ならねぇんだよ、ああいうチマチマしたイジメはよ。」
馬が苛立たしげに足をゆする。
「じゃあやり返すか?」と羊。
「我々が訓練しているのは、こういう時の為ではなかったか?」
羊は今までそんな動機を一度も口にしたことはなかったが、この時の僕達は妙な正義感にあてられていた。僕と馬はお互いの目を見た。
「よぉ野崎くん、調子はどうよ?」
馬は滑り込むように野崎の目の前に現れ、適当にティッシュで床を拭いて見せた。
「聞きたいことあんだけど、時間いいか?」
「1ヶ月くらえ前、村上くんから話しかけてきて…仲良くなろうと思ってカードとかゲームの話したら、オタクじゃんって言われて…それからそのことでからかってくるようになって…それがどんどんエスカレートして…」
屋上前の階段で、野崎は泣きながらメロンパンを齧った。
「パン代後で返せよ。」僕は馬に念を押した。
「我々は君に代わって報復したいと考えているが、余計なお世話だというなら、そう言ってくれて構わない。」
羊の言葉に、野崎は少し考えてから言った。
「どうせ僕1人じゃ何も変わらないから…」
彼は気まずそうに笑った。
「理解した。あとは任せてくれ。何かあったらこれを。」
羊はそう言って、彼に電話番号の書かれた紙切れを渡した。
「それで、どうするんだ?」
野崎が戻ったあと、僕は羊に尋ねた。すると羊は言った。
「私に考えがある。馬、痛いのは我慢できるかい?」
馬はニヤリと笑った。
「ああ。そういうのは慣れてっからよ。」
「あ、来たぞ!」
僕と羊は急いで馬の後ろの草むらに隠れた。薄暗い夕空が校舎裏をかろうじて目視できるほどに照らしている。奥からうっすらと、村上とその取り巻きが見えて来た。
「令和に果し状か。」
村上は微笑を浮かべていった。
「粋なことするねぇ。」
「おい!タイマンなのに取り巻き4人連れてきてるぞ!」
僕は小声で言った。なんて度胸のない野郎だ。
「昼は散々殺すとか息巻いてたのに、タイマンひとつ張れねえとか。」
馬は鼻で笑いながら言った。
「可愛いトコあんじゃん。」
「おー言うねぇ。囲め囲め。」
村上とその取り巻きはあっという間に馬を包囲してしまった。
「こっからどーするかな?お嬢ちゃん。」
「なぁ羊、あいつ本当に大丈夫か?」
「あぁ、馬は強い。」
「…そうだな。」
僕の不安は少し和らいだ。そして既に、羊の作戦は始まっている。僕は羊の言葉を思い出した。
『まず、馬にはとびきりの弱者を演じててもらう。わざと負けるのさ。どのみち相手は多人数で来るだろうから、真面目に戦っても損だ。』
馬は囲まれながら冷静に状況を分析し、刹那、目に見えない速さの突きを村上めがけて放った。その突きはあまりにも速く、そして、あまりにも弱い‼︎
「イッテー!!」
村上たちが反応する間も無く、馬はそう叫びながら自分の拳を痛々しく抑え、蹴ってくださいと言わんばかりにしゃがみ込んだ。あまりに一瞬なので、村上達は五秒ほどフリーズしてから、時間差でやっとゲラゲラ笑い出した。
「こいつ弱ェーぞ!!」
村上とその取り巻きは一斉に馬を蹴り始めた。先の攻撃に反応できなかった事に憤っているかのように。
「村上、お前鼻血出てるぞ…」
取り巻きの1人が言った。村上は鼻を拭ってから、何とか取り繕うようにニヤついて見せた。
「な、何でもねーよ。それよりお前、明日からは覚悟しろよ。」
村上はまたもや捨て台詞を吐いてから、取り巻きを連れて去っていった。
「馬!大丈夫か!?」
僕と羊は馬の元へ駆け寄った。
「平気よ。奴らもボール蹴ってるからか、ちったぁ効いたがね。」
「牛、怪我の様子はどうだ?」
僕は馬の服を捲った。
「打撲がひどい…これを毎日続けるのか?」
「現役の方が辛かったぞ。」と馬。流石にこれには苦笑が漏れた。
「念のために取っておいた写真だが…」
僕はスマホを取り出した。
「どうも暗くて顔が見えない。」
「それでいい。」と羊。
「これで奴らは終わりさ。」
それから、村上はいじめの標的を馬に変え、いつしか野崎には絡まなくなった。僕達は村上が馬に近づきやすいように、あえて教室では馬と距離を取った。羊の目的はどうやらこれらしい。野崎よりも面白いおもちゃをでっち上げて、村上を釣り上げたのだ。
「馬がとんだ雑魚だと知った村上は、少人数で絡むようになる。そこで、奴が1人になるようにうまく誘導するんだ。」
それから数日、村上からの避難先の屋上で、羊はそう言った。
「そこでボコすんだな!?」
馬は嬉しそうに拳を振り上げた。
「動くな馬。包帯が巻けない。」と僕。
「違うな馬。君が村上に嬲られているところを工藤先生に目撃してもらう。」と羊。
「工藤先生って、今年入った美人な新人教師?なんで彼女なんだ?」
僕は尋ねた。
「まあ分かるさ。」
羊は意味深に言った。
その二日後の昼休み、村上は1人だけ取り巻きを連れて馬に絡んだ。これを好機と見た羊は馬に合図を送った。そこで馬は「一人でイジメも出来ねーのか。」と挑発する。
「テメェは消えろ。こいつは俺一人でブチ犯す。」
見事に釣られた村上は、取り巻きを追い払って、馬を連れて教室を出た。
「私は村上を追跡する。君は工藤先生を呼ぶ準備をしたまえ。」と羊。
「ラジャ」
僕は職員室前でスタンバイし、羊からの連絡を待った。五分ほどして、通知が鳴った。
『旧校舎2ーB教室』
「了解」
「工藤先生いますかー!」
僕は尋ねた。
「はい、何でしょうか。」
どこからともなく工藤先生が現れた。
「僕、イジメを見ました!場所は…」
僕はスマホを見た。通知の上に表示されていた時計は、昼休みが残り五分を切っている事を示していた。
まずい、時間が…
「旧校舎2ーB教室かしら?」
工藤先生がそう尋ねた。
「はい、でも時間が…」
「間に合うわ。」
そう言うや否や、工藤先生は疾風の如く僕の横を走り去った。
「速ッ!!」
それが口に出た時には、すでに彼女は見えなくなっていた。
息を切らしながら2ーB教室に辿り着いた時、全てが終わっていた。真っ先に羊が目に入った。
「どうだったよ?」僕は羊に尋ねた。
「いやはや、全くの傑作だったよ。これが見れなかったとは、君は惜しいものを逃してしまった。」
羊曰く、馬は村上にナイフで脅されていて、かなり危なかったらしい。そこへ高速で駆けつけた工藤先生が村上を目撃するや否や、強烈な回転キックを喰らわせて制圧したという。
「これで分かったろう、牛よ。村上が時間ギリギリに最も人気がない場所に来ると考えた時、間に合うのは工藤先生だけだけなのだ。彼女は元陸上部で、情熱も正義感もまだまだ有り余る。他の教師と違って、イジメと聞けば率先して動くのさ。」
「だからって…ハイヒールだぞ‼︎」
ハイヒールで蹴られた村上のことを考えて、少しゾッとした。
「ここで問題なのが、どう工藤先生を使うかだ。彼女はエネルギーはあっても、もし村上達が集団だったら、その圧に負けてうまく言いはぐらかされていただろう。だから1人で誘き出したのだよ。」
「お前、それを全部計算して…?」
「何、運が良かっただけさ。」
工藤先生は慌てながら馬を手厚く看護していた。馬はまんざらでもなさそうに頬を赤く染めている。あの火照り具合じゃ、むしろ出血が増えそうだ。
僕と羊は、気絶しながら床に倒れ込んでいる村上を一瞥しながら、静かにグータッチした。
後日、延々と続いた全校集会の、大して抑止力にならないいじめについての文言を耐え切って後、僕達は満足げに学校掲示板を見つめた。そこには退学告示という文字と、数人の名前が記されている。当然、村上の名前も入っていた。
「羊はとんだ策士だな。三人も退学に追い込むなんて。」
「そうだよ!俺なんかちんぷんかんぷんだったぜ。」
「そんな事はないさ。取り巻き2人を逃してしまったからね。」
そう言っておきながら、羊はかなり得意そうだった。
「あの!」
後ろから声がした。振り向くと、野崎がいた。
「ありがとう!その、助けてくれて。」
「どういたしまして、とだけ言っておくよ。」
僕はそう言った。
「お前ら、行こうぜ。」
「ま、待ってくれ!」野崎が叫ぶ。
「僕も、『ファイト・クラブ』に入れてくれないか!?強くなりたいんだ!」
僕たち三人は互いに見つめあった。
「残念ながら、『ファイト・クラブ』はオリジナリティの欠如により解散した。」
「そう…か…」
「それで?新しい名前はどうするんだい?」
羊と馬は僕を見ている。やれやれ、名付け親という重大な役を僕に回しやがって。
僕は少し考えてから呟いた。
「そうだな…『学校の治安を維持したい』…」
僕は咳払いし、姿勢を治した。
「今この場より、新たな隊を結成する。名は『学校の治安を維持し隊』、略して『治安維持隊』。メンバーは暫定四名である。」
僕はそう言ってから微笑み、静かに手を差し伸べた。
「『治安維持隊』へようこそ!」
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