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第3話 ヴィンセント辺境伯様は「魔王」の嫡子?

 お父様の言葉の意味が分からず、私は唇を震わせた。

 ヴィンセント辺境伯様と我が家に深い繋がりなどなかったと思うんだけど。そんな方が、私を預かる?


「……どういうことでしょうか?」

「ヴィンセント辺境伯は気を遣って下さったのだ。魔女の烙印を捺されたお前が、王都で生活するのは息がつまるだろうと」


 突然の話に、私は耳を疑った。

 ヴィンセント辺境伯家は、北の辺境地にある迷宮(ダンジョン)の管理を任されている名家。王都にはあまり訪れず、先代の夫人も社交界に姿を見せないで有名だ。

 そもそも、王都からヴィンセント辺境伯領まで、どんなに速い馬を走らせても十日はかかる。貴婦人を乗せた馬車での移動ともなれば、それ以上だから、来るのも一苦労だろう。


 距離があったことも、先代ヴィンセント辺境伯が王都に寄り付かなかった理由なのかもしれない。それだけならまだ良いのだけど──その全身には魔物と闘って負った傷が無数あり、風貌は悍ましかったと聞く。その風貌ゆえに、宮廷貴族から「魔物飼いならしている魔王」と噂されていた。


 だから、その「魔王」がある騒動で命を落とした時、宮廷貴族たちは祝杯をあげたと聞くけど。当時、幼かった私はあまりよくは知らない。


 今思えば、人の死に祝杯をあげるって、なかなかひどい話だと思うけど──私が死んだら、同じようになるのかしら。

 胸の奥に重たい感情が渦巻いた。そこに、ジュリアン様とポーラが笑っている姿が浮かぶ。


 張り裂けそうな胸を押さえることも叶わず、私は俯いて唇を噛んだ。


「お前も先代の話は知っているだろう。現当主はその嫡子だ」


 お父様の声にハッとして顔をあげる。その表情は緊張しているようだった。横に座っているお母様なんて顔面蒼白だわ。


 我が家も宮廷貴族になるから、あまり辺境の実態は知らないし、多分、お母様は野蛮だとすら思っているのだろう。

 本当なら、関わりたくない。二人の顔にそう書いてあるようだった。


「ヴィンセント辺境伯がどういう意図でお前を保護するといったかは分からない。あるいは、魔女となったお前をいいように使う気かもしれん」

「……お父様、私に選択肢があるのでございますか?」


 私の問いに、お父様は口を噤んだ。

 選択肢なんてないのだ。


 王都にいてはお父様の邪魔にしかならない。もしも、現ヴィンセント辺境伯が先代と同じように闘う日々を送り、私を魔女として扱き使うことになったとしたら……それこそ、お父様としては離縁の口実が出来て願ってもないことでしょう。

 

 そう。この屋敷にも、私の居場所はない。


 分かっていた筈なのに、お母様の表情をちらりと見て後悔する。それはまるで汚物を見るような眼差し。実の娘にも、そんな目を向けられるのですね。

 胸の中を隙間風が通り抜けたようだった。


「お前のこれまでの努力は分かっているつもりだ。ただ、感情のまま魔力を暴走させるのは、危険極まりないことでもある」

「はい、お父様……北の地で反省し、静かにすごします」

「出発は一週間後だ」


 お父様は、私に優しい言葉をかけることなく退室を促した。


 扉を静かに閉ざすと、お父様の執務室からはお母様のヒステリックな悲鳴が聞こえてきた。

 どうしてあの子は、どうしてレドモンド家から魔女が──責める言葉から逃げるように、私は自室へと駆けていった。


 魔王の住む辺境の地に行くことよりも、両親の冷たい態度の方が心に昏い影を落としていた。


◆◇◆◇◆◇


 一ヶ月後、私はヴィンセント辺境伯領にいた。


 家から運び出したものは、数日分の着替えとお気に入りだったティーセット、読みかけの本くらい。罪人が着飾るなんておかしいからと、ドレスやアクセサリーなどは全てお母様に取り上げられた。


 そのことに不満なんてなかったし、当然のことだと思った。ヴィンセント辺境伯様だって、罪人が着飾って現れたら気分を悪くされるでしょう。


 保護されたといっても、その言葉は上辺だけのことだろうし。


 冷遇されたり、屋敷の外に出ることも許されずに軟禁されるかもしれない。でも、どんな扱いをされても文句の言えない立場だ。むしろ、陰湿な塔に押し込められて暮らした方が、迷惑をかけずに済むかもしれない。

 二度と魔力暴走なんて起こさないためにも、私は静かに生きていくしかないのだから。


 そう思っていたのに──


 馬車を降りたら拍手喝采で、ヴィンセント家の皆様に笑顔で歓迎された。

 何が起きたのか分からなかった。それでも、精一杯の淑女の挨拶を披露すると、大きな薔薇の花束が差し出された。


 花束を持っている長身の男性がフェリクス・ヴィンセント辺境伯様。三つ編みに結ばれた長い銀髪は、肩から前に下ろされ、日差しを浴びてキラキラと輝いている。身に纏う紺の礼服を彩る銀糸の刺繍は派手すぎず、とても品が良い。


 王都に住んでいる宮廷貴族はごてごてと飾り立てるのが好きだから、彼らなら辺境伯様の装いを地味だというかもしれない。けれど私の目には、彼の立ち姿が宮廷貴族よりも洗練されて美しいものに見えた。


 フェリクス様の姿に見とれていた私は、ハッとして、差し出された薔薇の花束を受け取った。だけど、想像していた出迎えとの違いに、頭は追い付いていない。


「あ、あの……これは、いったい……」

「薔薇は好きでなかったか?」


 堅牢な屋敷を背にしたフェリクス様は、眉間に少ししわを寄せる。私が慌てて首を振って、いいえと返せば、少し日に焼けた綺麗な顔を子どものように輝かせて喜びをあらわにした。


「……こんなに歓迎されるとは思っていませんでしたので」

「大切な客人の出迎えだ。当然のことだろう。祝砲を挙げてもいいくらいだ」

「しゅ、しゅくっ!? そ、そのような、私には不相応でございます」


 罪人に祝砲なんて聞いたことがない。

 あまりのことに驚いて声がひっくり返ってしまった。混乱と羞恥に目眩すら感じるわ。


 フェリクス様の後ろに立っていた執事だろう男性が「だからお止めしたのです」と呆れるように呟いた。それが聞こえていないのか、フェリクス様はにこにこ笑って私を見ている。


 気のせいかしら。何だか、距離感がおかしいわ。

 今にも私の両手を握りしめそうなほど近づかれ、微笑むことしか出来ない私は、内心顔をひきつらせた。


「アリスリーナ、謙遜することはないぞ」

「いいえ、謙遜とかではなく……」

「フェリクス様、近づきすぎですよ」


 私たちの真横に立った男性が、こほんっと咳払いをすると、フェリクス様はそうかと首を傾げつつ、少し距離をとってくださった。

 ほっと安堵すると、男性は無駄のない佇まいで挨拶をした。


「アリスリーナ様、ようこそヴィンセント家へ。執事のブライアン・リースと申します」

「リース様、どうぞよろしくお願いいたします」

「私のことはブライアントお呼びください。ちょっとズレた主が迷惑をおかけすることもあるかと思います。その様な時は、遠慮せずに私をお呼びください」

「ブライアン。ずいぶんな物言いだな?」

「フェリクス様がズレているのは事実でございます。そもそも、祝砲なんてあげたら、町の者たちが驚いて祭りと勘違いをしてしまいますよ」

「良いではないか。そうだ! いっそうのこと、アリスリーナの歓迎の祭りを開いてはどうだ?」


 どうだ妙案だろうと言わんばかりに、フェリクス様は満面の笑みだ。


 待って待って。祭りを開くなんて、とんでもない!

 町の人が驚くとか、そういうことじゃなくて。魔女の烙印を推された私が歓迎される訳ないでしょう!?

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