第2話『エアーコンディショナー』
(寒い―)
まるで過冷却された様に、少しでも動けばそのまま凍ってしまうと思えるほど…。
「さぶい…」
毛布の中でガタガタ震え、歯をガチガチと鳴らして悶える。
(もう泣きたいっ。なんなら涙も凍るっ…)
こうなったのには理由がある。遡ること数時間。ルームメイトである熊野のカバンに、誤ってエアコンのコントローラーがダイブイン。そしてカバンの揺れで、リモコンが押されて冷房が発動。俺が声をかける間もなく、彼は気づかずにそのまま外出した。あまりに急いでいたのだろう。癖で鍵を閉めて颯爽と走り去って行った。
その結果、ただいま俺はクリぼっちなだけでなく…命すら危うい。
「そうだっ、で、でん、わ…」
意を決して2段ベッドから降り、極寒の部屋で身悶えしながら第一歩を踏み出した、その瞬間。
「ィっっでェェェッ―」
(アッノヤロォォォ~。な・ん・で・こ・こ・にレゴブロックばら撒いてんだよっ―)
生まれたての子鹿然とした足取りで、再び歩き出す。
「ハァーハァー」
(家ん中だよな、ココ…。息が…白い—)
スマホまで、あと、少し。冷たいフローリングをつま先立ちで進む。
「やっと…やっと辿り着い―」
―ゴッ
「ピギャァァァァ—」
タンスの角に小指をぶつけた。それも極寒で冷えた小指。レゴを踏みつけた足。これは確実に靭帯切った。
「ゔぅ…」
這いつくばって、やっとのことでスマホを手に取り電話をかける。すると、タンスの下から着メロが流れた。
「なっ—」
『運命』—ヴェートーベン作
(マジでアイツのスマホかち割ってやりたいっ…)
彼のスマホを確認すると、ロック画面の通知には、なかなかに蜜月なメッセージが数件。
—とまぁ…俺の記憶はここで途切れている。起きたら、ぽつん、と真っ白い空間にいた。
(え、これ死んだん?まじ?)
「なぁ熊野。ヒトって同居してるだけで死ぬんだな…」
「目ぇ覚めたか!大丈夫そうで良かったぁ」
どうやら俺は死んでなかったみたいだ。どこをどう見たら大丈夫なのか甚だ疑問だが。だって記憶が途切れて、ギリ死んでなくて、真っ白といえば病院だろ?
「重症じゃねぇか。あれだろ?彼女との待ち合わせに遅れそうで、急いだ結果が殺人未遂だろ?ヒト族に毛皮がないのに、エアコンは獣人族用が一般的とか致命的だよな」
「まぁ…。俺らだってそれなりに苦労してるぜ?夏は毛皮剥ぎたいレベルで地獄だぜ?」
「そっか…。大変だなお互い」
—初日から二人の忘れられない思い出になった。
余談ですが、三途の川すら凍って見えたとの事です。